第1章 第7部 第32話

 そして静音もまた、優勝を決めていた。

 彼女の戦いは全てにおいて長期戦となる。相手がどれだけ手を尽くしても、彼女の防御を取り崩せない所に、その勝因が生まれるた理由だ。

 そしてそれは静音が十分自分を理解している証拠でもある。

 そして、日々吹雪との訓練である。つまり本来鋭児と割いていた時間の分、静音を扱いた成果の現れということになる。

 余り良い表現ではないが、吹雪としてもその喪失した時間の分だけ、静音に強くなって貰わなくては困るということで、時折吹雪が、頬を膨らませて怒っているのを、静音も苦笑いしていた。そしてそんな彼女と晃平の薬指には、おそろいの指輪が光っている。

 

 焔の状態に関しては、余り誰にも聞こえてこない。

 

 そして属性戦の日。

 

 つまり、それは焔と鋭児の炎皇戦ということになる。

 場所は一月ほど前に、六皇戦が行われた学園内の施設となる。それだけこの戦いは重要なものに位置づけられているのだ。

 

 その存在が強すぎるため、挑む者はごく少数となり、更に今期においては、挑戦者はあって一名、挑戦者すらないという事になる。

 挑戦者がいないのは、聖、大地、アリス。

 挑戦者あるいは継承者がいるのは、吹雪、風雅、焔となる。

 ただ、どの組み合わせに於いても、ほぼ師弟関係の位置となり、吹雪が大河から皇位を奪い取ったような状況にはない。

 そして、静音と鼬鼠においては、恐らく今期の勝ちはほぼないだろうと、すでに誰もが予想していた。

 少なくとも風雅に関しては、大学生活を二年残しており、皇位在籍はあと一年と考えられている。吹雪の方は、まだ高等部であり、最長在籍期間はあと三年となっている。

 ただ、彼女がこの時期で、静音を指名しているということは、彼女がそこまで六皇に在籍していることはないのだろうと、誰もが噂するところだ。

 焔と鋭児は解らない。

 二人が本気の炎皇戦をしようと常々口にしていることは、三年の間では、すでに知れ渡っていることで、特にその話を潜めて持ち込まれるのは、反焔であった、赤羽と緋口である。

 ただ、二学期以降彼等の関係は良好であり、あの二人は本気でやるだろうと、迷い無く返事を返していることから、その噂はほぼ確証めいたものになっている。

 皇と挑戦者の本気の戦いは、一体どうなるのだろうと誰もが思う。

 六皇戦で見せた、聖対風雅、風雅対大地のような戦いを誰もが望んで居る。

 

 この度の属性戦は、昼の最中から開始されることになる。

 まず始められるのは、吹雪対静音である。

 静音は舞台の上で緊張の面持ちで待つ。勿論吹雪に勝てるとは思ってはいない。

 ただ、自分の全力がどれほど彼女に通用するのかを試すためにこの場にいると言って良い。恥ずかしい戦い方だけは出来ないと、そんな重圧が彼女の表情を引き締めた。

 そんな静音の腰元には、革製のバッグが据えられている。そして彼女とバッグを繋ぐ革製の帯には、梵字が刻み込まれており、術的な強化が施されている。

 それは静音にとっての命綱でもあるのだ。

 呪符を使うと言うことは、それ相応の準備が必要である。それは静音の勤勉さが示すものだ。彼女はここまで日々の準備を怠りはしなかった。

 吹雪との特訓も含めて、彼女はこの日のために、必要な準備は全て整えた。

 そして、吹雪が舞台の上に姿を現す。彼女は機嫌が良さそうにニコニコとしている。余裕と言うよりも、静音の成長を楽しみにしているようだ。

 「お待たせ」

 そう口にした吹雪は、制服姿である。勿論静音も制服姿である。

 彼女たちにとっては、これが正装である。勿論鋭児達にとってもだ。

 「それでは、お願いします」

 吹雪が審判に軽く会釈をすると、審判もそれに答えるように、コクリと頷く。

 距離は互いのどうしが、ふれ合うものであり、二人は立ち位置を変えない。

 特にその距離からのスタートが得意な訳ではない。距離を置くと言うことは、遠距離攻撃を仕掛けるか、距離を嫌うか、という選択肢を選んだことになり、至近距離での打ち合いの可能性を捨てることになる。

 水属性の彼女たちの戦いは、鋭児や焔のように瞬発力を主体としたものでは無い。

 炎の属性であれば、ある程度の距離は、吹雪達のような選択にはならない。どんな距離からでも一瞬にして、詰めらられるからだ。

 「始め!」

 審判の開始の合図で、静音が速攻を仕掛ける。

 それは普段使い慣れた呪符ではなく、手刀や蹴りによる肉弾戦である。この流れに関しては、貴歩でもあるといえた。吹雪は大地の時のように、圧倒的な力で、静音を抑えこんだりはしない。

 この戦いは、静音にとって一つの通過儀礼である。

 特訓の延長線上であり、実戦でもある。多くの人間が静音の戦いを見ており、彼女はその視線を感じながら戦わなければならないのだ。

 吹雪はそれに応えるように、静音の技を受け、自分の技を返す。丁寧に一つずつ、受けて躱し、いなして反撃をする。

 静音の攻撃をある程度受けた吹雪は、力を強め、吹雪の静音の攻撃を払い退けると、一つ強く踏み込み、えぐるような手刀を彼女に向けて放つ。

 静音はこれを咄嗟に躱し、数歩退くのである。

 それを見越した吹雪はもう一つ踏み込み、もう一度右手の手刀を静音に放つのだ。そして静音が引こうとした瞬間、腰の捻りを利かせた、柔らかい上段蹴りを静音の側頭部に向かって放つ。

 何ともしなやかで柔らかい踏み込みだ。静音はこれを受けて、身体を流す。

 吹雪の蹴りの威力は半減し、静音は一つ二つと、前に出て吹雪と同じように、手刀を放つ。

 吹雪は上げていた足を、削がれた威力に逆らわず、静音の受け流した方向に合わせつつ、くるりと回り、そのまま体を捻り、完全に身体を宙に浮かせた状態で、右足を飛ばす。

 吹雪の動きは、非常に軽やかで流麗だった。そして蹴りは撓る鞭のように、相手を襲い、インパクトの瞬間に、最大限の威力で放たれている。

 ただ静音も受けた衝撃を力に変えるようにして、数歩退きつつ、地に円を書き、その中に六芒星を描く。

 忽ち彼女の周囲を包むように、水柱が立ち、吹雪に対しての守備力を上げるのである。ただその分、視界が遮られ、静音からは吹雪の立ち位置がわかり辛いものとなる。

 一方吹雪からも静音の正確な位置は解らないが、彼女がその水柱の中にいることだけは解っている。

 次の瞬間水柱が、放射状に飛散する、散弾となる。無数の散弾は、何かを目標に定めているわけではなく、全方位に対する無差別攻撃だ。

 守備的な静音にしては、珍しく攻撃的な技にも思えるが、威力そのものが高い訳ではない。

 ただ、攻撃として意味を成さなくともよかったのだ。吹雪はそれを躱し、弾き落とす。静音には、その守備的な吹雪の動作こそが必要だった。

 水柱が全て散弾として、飛び散る頃には、静音の周囲には、十数枚の呪符が宙に浮かびつつ、彼女の周囲をグルリと囲んでいた。

 そして幾つもの呪符を両手にしている。

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