第1章 第7部 第16話

 大地の部屋にて――。

 「信じられるか!?あの女、服を着てなかったんだぞ!?」

 「何を言っている。アリスはちゃんと服を……」

 「アレは服じゃないんだよ!アイツが気で編み込んだ、外装だよ!」

 「え?」

 漸く鼻血が収まった。大地は馬鹿げた敗北に、未だ取り乱している。

 それを聞いた藤は目が点になってしまうのである。

 「つまり、アイツは!ずっと全裸だったんだよ!」

 大地が黒い半球対で見せられたのは、一糸まとわぬアリスの惜しげも無い、生まれたままの姿だったのだ。

 藤は少し頭を悩ませた。

 「いや、お前まさか……それで、本気か!?」

 彼が言いたかったのは、まさかそれがが原因で動けなくなったのか?ということだ。

 「お前、全裸の女をどうしろっていうんだ!」

 大地は懸命に力説している。

 「あ……いや、うん……」

 藤も言葉を失ってしまう。だからといって、負けるとは思わないが、もし負けたとき、アリスはどうするつもりだったのだろう?と別の不安が脳裏に浮かぶ。

 そして大地は、余すところなく綺麗に手入れされたアリスの白く美しい肢体を思い出し、再度鼻血を出してしまうのである。

 「確かに、お前にはそっちの修行も必要かもしれないな……」

 藤はそれに対して頭を悩ませるのであった。

 

 ただ、それを知っていてそこまでするアリスがまた、信じられない様子でもある。

 要するに、大地はアリスにとって格好の遊び相手だということだ。こういう反応をしてくれる人間が、彼女にとって、尤も面白い素材なのである。

 

 加えて言うと、鋭児もまた、部屋に戻った後に、アリスがそう言う状態だったと言うことを、知る事になるのである。

 

 その日の第三試合は、焔対吹雪であるが、吹雪は試合開始になっても姿を現さなかった。焔は、舞台の上で天井を見上げはっと溜息をつく。実に吹雪らしい選択肢と言えただろう。

 彼女は自分がまともに戦えない状態であると言うことを知っている人間の一人である。

 そんな人間を相手に、吹雪が戦えるわけがないのだ。それは彼女が自信家だとかそういった類いのものではなく、彼女の性格が抑も人を傷つける事に向いていないのだ。

 戦いであるならば、せめて五分以上であってほしいと思う。そして勝負であるなら、形になるものであってほしいのだ。

 吹雪が焔に対して遠慮が無かったのは、彼女が親友であり、ある意味自分が本気であって良い相手だからこそである。

 そして、本来の焔がどれだけ強いのか、彼女は十分知っている。

 これはある意味、焔が自分の状態をひた隠しにしてきた理由の一つでもある。

 そして吹雪もまた、焔のラストマッチの相手は、自分ではなく鋭児だと思っているのだ。

 そして、その前に聖との対話がある。その余力を少しでも残すために、自ら身を引いたのだ。

 吹雪の試合放棄は、後に問題となるのだが、それはもう少し後の事である。

 

 余りに形にならない試合に、場内は騒めくが、コレばかりは当人同士の考えである。いかんともしがたいのだ。

 

 あっけなくはあるが、これで三日目の試合が終わる。

 

 この度の六皇戦は、少しおかしい。

 どの程度であるかは別として、少なくとも互いを避けるようなことはなかったのだが、なぜかこの六皇戦に於いては、彼等が向かい合おうとしないのだ。

 ただ、抑もこの戦いに於いて、彼等には余りメリットはない。ただ、自分達の中で誰が一番強いのか?という履歴にはなるが、抑もそれ自体が無意味で、特にアリスと聖にとっては、あまり相性の良い形式ではないのだ。

 相性の良さと言えば、炎系と風系の能力者がまず上るし、守備的な布陣といえば、大地系と水系の能力者に部があることになる。

 要するに分野が異なるというのに、その中で一番を決めたところで、何の意味もないのである。ただ周囲に絡む大人達の事情がそこに含まれている。

 何れ名家に入る彼等がどれだけの逸材であるのか?という評価は、ある意味この場で決まると言って良い。

 そう言う場でもある。

 それでも彼等は、他系統の能力者と切磋琢磨することそのものは嫌いではないし、互いの対処法に対する研鑽という意味では、この戦いは、全く無駄ではなく、そういった意味で、彼等にとって本気で戦う良い機会ではある。

 審判という客観的な判断もある。

 よって、本来は彼等にとっても祭の場ではあるのだ。

 ただ、今回ばかりは少し異なる。

 その理由の殆どは、焔にある。彼女がどうかしていることは、皆知っているし、聖と焔の関係が最悪であることも、理解している。

 そして更に言えば、抑も一光が何故聖に殺されたのかという所も含めて、誰もが薄々感づいているのだ。

 いや、アリスに至っては、言われずとも確信を知っているのだが――。

 それは一光の意思により、決して彼女彼等の口から、焔に言い渡されることはない。それは聖が焔に伝えなければならないことなのだ。その権利があるのは聖だけなのである。

 だが、焔はすでに知っている。

 それを知らずに、この戦いは進められているのである。

 焔と聖の舞台を作るに至っても、焔が完全な状態であれば、まだ戦いも前向きに行えようものだが、初戦の風雅戦が全てを物語っており、それに感づいた大地は、完全に決め手を失った焔を慌てることなく押さえ込んでしまった。

 あとは、事情を知っている吹雪とアリスである。ましてや二人は焔と懇意だ。

 六皇の中ではほぼ、先が見えてしまっている。

 あとは、聖が焔と同向かい合うかだけの問題でしかなくなっている。そんなぎこちなさが、見え始めた日だった。

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