第1章 第7部 第17話

 試合は四日目となる。

 第一試合は、風雅と吹雪となるが?

 「吹雪ちゃん」

 「なんですか?」

 ニコニコとしている風雅に対して、吹雪の笑顔は硬い。完全に社交辞令の笑顔である。そう言う吹雪は、雪女といわれても何ら不思議ではないほどの作り笑顔だ。

 「一回デート……」

 「イヤです」

 「いや……」

 「イヤです」

 風雅はガクリと膝を落とす。

 「ひょ、ひょっとしてオレの事、嫌い……とか?」

 「嫌いじゃないですよ?」

 そう言っている吹雪の笑顔は崩れることはない。

 試合開始直後から、この展開であり、身振り手振りオーバーアクションをする風雅に対して、吹雪は真っ直ぐ姿勢を崩さず、淑女のような佇まいで、殆ど間髪を入れず、風雅の誘いを、迷いなく断っているのである。

 「なにやってんだあの人は……」

 これには鼬鼠も頭を痛めてしまうのである。

 観客としては、六皇同士の次元を越えた戦いを楽しみにしているというのに、舞台の上でナンパをし出す風雅に誰もが呆れている。

 だが、これはとても彼らしい。一部の人間は苦笑しながらも、彼らしさにそれを憎めずにいる。ただ、後輩達の前でこれはないだろうと、本当に頭を悩ませている者達もいて、鼬鼠はその最先端にいる。

 「だったら……ね?」

 「イヤです」

 「強い!強い男だよ!?オレ!」

 「知ってます。風雅さんは六皇一強いです。尊敬してます」

 吹雪は本当に涼やかに、そう答えるのである。そしてそれ自体には嘘は無いのだが、表情のせいか言葉が冷たく風雅に刺さる。

 要するに、風雅は勝負をして、自分が勝てばという事を言いたいのだが、それでは当然風雅が勝つため、端から勝てる勝負で、吹雪をモノにしようとするも卑怯な話で、それを遠回しに言いたいのである。

 「あ……でも……」

 吹雪が何となく思い出したように、人差し指を下唇あたりに当てながら、少し上の方に視線をやりながら、そんなことを口にする。

 「え?なに?」

 風雅は期待する。彼にはマイナス思考はない。文脈からしても、肯定的な言葉の後にあるその接続詞には、プラス要素は含まれないはずなのだが、それでも吹雪からの積極的な言葉に、期待を寄せるのである。

 「私諄いアプローチって、余り好きじゃないです」

 吹雪は再びニコリとして、そんな言葉を口にする。

 この一言に風雅は完全に撃沈してしまう。自分の熱烈なアプローチを、諄いの一言で終わらせてしまうのだ。

 完全に愕然として、舞台に跪いている風雅の姿は、何とも痛ましい。

 「しょ、勝者雹堂吹雪!」

 事もあろうに、これを完全に戦意喪失と見做した審判が下した判断がそれである。

 それでも風雅は、床に向かって、ブツブツと何かを呟いたまま、頭を上げようとしない。

 「でも、風雅さんは女の子に優しい人だってことは、よく分かりました」

 吹雪が舞台からの去り際に、風雅に向かって、先ほどまでの人形のように作られていた笑みとは違い、普段の彼女の柔らかな笑みが向けられるのであった。

 それはもう風雅から見れば天使級の眩しさである。いや、風雅でなくとも、吹雪のその笑顔に、解けてしまう男子は数多といったところだ。

 「それじゃぁ!」

 「ないですよ」

 吹雪は、再びニコリとしながらそう言うのであった。

 「あ……そ……」

 再び愕然とする風雅である。

 

 その後の舞台裏。

 「アンタホント何やってんですか!」

 流石の鼬鼠もご立腹である。風雅の胸ぐらを掴み、しこたま吊り上げにかかる。

 勿論普段の二人の関係なら、こんなことはあり得ないのである。鼬鼠の目は完全に殺意に満ちている。

 「や、やだなぁ鼬鼠ちゃん。女の子だよ!?二つも下の可愛らしい女の子だよ!?」

 幾ら氷皇と呼ばれる吹雪でも、自分から見ればそうであると、風雅は言いたいのである。

 「そういうところが、イヤだって、氷皇さんは言ってんじゃないっすか!?ああ!?」

 鼬鼠は、再びヘラヘラとしている風雅を、吊り上げて、前後に揺さぶっている。

 しかし、その瞬間風雅のヘラヘラが消え、マンジリと自分を吊り上げている鼬鼠を見つめてしまう。

 「鼬鼠ちゃんが……女心を……語った……」

 しその風雅の一言の後、鼬鼠のこめかみから、ブチリと何かが切れる音がするのであった。

 

 その直後、風雅の叫び声が、通路から会場に飛び出したのは、言うまでもない話である。

 

 そして、次の試合で異変が起きる。

 舞台の上で待ち構える焔に対して、反対側の通用口から姿を現したのは鋭児のみで、アリスの姿はなかった。

 そんな鋭児は困った表情をしている。

 そんな困った鋭児の表情を見た焔も、舞台袖に駆け寄り、しゃがみこみ鋭児と視線を合わせる。

 「どうした?」

 「ああ、焔さん。なんかアリス先輩寝ちまって、起きねぇんすよ」

 「ああ」

 焔はそう言うと、鋭児の頭をクシャリと撫でて、一度審判の方へと向かって行く。そんな焔はいつも以上に、鋭児に対して柔らかだった。彼女が鋭児に示す愛情は、何ら変わっていないのだ。寧ろいつもより幼い扱いを受けた鋭児は、少々照れくさい。

 だが、こう言う焔は決して嫌いではない、いや寧ろ彼の好きな焔の一面である。

 暫くすると、六皇の面々が舞台の近くにまで姿を現す、その中には当然聖の存在もある。その時に、焔は聖に対して一瞥をくれるが、それでもことこの件に関して、この場での啀み合いなどはないのだ。

 「黒夢アリス選手が、棄権のため、日向焔選手の勝利と致します!」

 それが審判の判断だった。というより、六皇で出した決断なのだ。本来は審判一人で出せば良い決断で、単純にアリスがそこに現れなかったというだけの判断で良いのだが、どうやら彼等には、そこになにか思い当たることがあったのだろう。

 すると、鋭児に近づいてきたのは大地である。

 「アイツは、色々考えると、急に電池が切れたように眠ってしまうんだ。多分二日か三日ほどのことだが……」

 色々考えるというのは、彼女が思案を巡らせるという、と言う次元の問題ではないのだということは、鋭児も薄らと解った。

 「まぁそういう訳で、恐らく明日も寝ているとは思うが、黒野君は、一応代理として、今日と同じ事をしてくれれば良い。ひょっとして起きるかもしれないしな」

 アリスがどのくらいの期間眠っているのか?は、どうやらその時次第らしい。

 ただ、どうやら今更のことらしい。

 「授業中に寝たまま起きなくなったりとかもあったしな」

 そんなタイミングで寝てしまうのかと、鋭児は思う。人の事をを言えた義理ではないが、授業中に寝るというのも、どうかしているが、恐らく眠たくなってしまうのだろう。

 アリスのことを口にする大地は、なんだか彼女が小憎らしくて仕方が無いようだが、そこには、彼の態度ほど、嫌なものは感じなかった。

 なにより、大地はからかい甲斐があって面白いというのは、アリスがいっていたことだ。

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