第1章 第7部 第12話
翌日になる。
鋭児は目を覚ます。そして、自分の腕には、アリスが頭を寄せている。
彼女は健やかに眠っている。なぜ彼女は自分をそこまで信用し、また、ここまで懇意にしてくれるのか?という疑問が無いわけではない。ただ、その寝顔には嘘は無い。何となしに、その頭を引き寄せて、撫でてみる。
すると一瞬アリスと視線が合う。
「あ……」
と、鋭児が声を上げると、アリスは再び目を閉じて、狸寝入りをするのである。
「起きてたんですか?」
「頭を撫でられたから、起きたのよ」
そう言ってアリスは、もう一つ体を密着させて、頭も鋭児の方に寄せる。
「やっぱりいいわね。腕枕……」
どうやら、アリスは鋭児の腕枕が気に入ってしまったらしい。もっとも現在の密着度は、腕枕とは言い難い。
ただ、二人の温もりがベッドの中に隠っており、それが心地よいのは確かな事だ。
「寝付けないっていうから……」
アリスは試合をしなければならない。そのためにはコンディションを整えなければならない。だからこの状況にあるのだが、抑も彼女は本当に試合で緊張などしているのだろうか?と、前日の聖とのやり取りを思い出して鋭児は、少し考えてしまう。
「なんで、先輩はそんなにオレに良くしてくれるんですか?」
この状況がそれに当て嵌まるかは、考え方次第だが、からかわれつつも、確かにアリスは決して鋭児を困らせるような事はなく、いや厳密には困らせられてもいるが、焔が倒れたと知ったときの彼女の目が忘れられない。
自分に確りしろと言った彼女の目が忘れられないのだ。あれは間違い無く親身になっている人間の目である。
「フフ。ハーレムの一員としては、当たり前の事よ」
そう言ってアリスは鋭児の胸元に頭を馴染ませて、再び寝ようとしている。
寮などとは違い、空調も確かなこの部屋では、抑も毛布を被ってしまわなければならないほど、室温が下がりきっているわけではない。
人肌が恋しいのは季節柄のせいではあるのだが、そうし続けなければならない理由はない。
だが、鋭児も結局そこから動くことが出来ずにいる。
明らかにそれはアリスのはぐらかしではあるが、同時に冷やかしでもある。
「チャラ男……上手かったな」
何故そんな考えに至ったのかというと、鋭児自身は数多の女性に慕われるほどの器でもないと、彼自身が思ったからだ。ましてやそんな器用な生き方を出来る人間でもないと。
鋭児は、結局何の整理も付かないままに、心映りばかりしているだけなのかもしれないとも考える。
加えて昨日の焔との試合である。
基礎的な運動量などは圧倒的に焔の方が勝っていたにも拘わらず、彼は距離感を間違うことなく、それに対応していたし、あれほど落ち着きのないような性格に見えても、気の乱れも心の乱れも一切感じられなかった。
確かにチャラ男に思えるが、そう見ると、ハーレムなどと言うものは、彼みたいな人間が築き上げそうに思えるものだ。
「それでも、結構際どいのよ?焔もああ見えて賢いもの」
「解ってる」
性格上の賢さとはまた別の意味である。知性とも異なる。聡いと言うべきだし、感覚的に処理能力の高い人間なのだ。会話だったり空気だったり、そんなものが不思議と一つに繋がる瞬間がある。そういうセンスに掛けては、焔は指折りといって良い。
それで風雅を倒せるわけではないが、善戦することは出来ると、焔は読んだのだ。だが、それこそ善戦であり、結果は見えている。
風雅はそれをつまらなく思ったのだ。焔は挑戦者ではなく、一人の皇なのだから、それに相応しい戦い方をしなければならない。その理屈にあわないのだ。
「もう少し……寝ていたいわ」
アリスは再び目を閉じるのであった。
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