第1章 第7部 第6話

 三学期が始まる。

 始まると早々に始められるのが、六皇戦である。

 六皇戦は五日間にかけ、一日三戦行われ、合計一五戦行われる。それぞれがワンマッチずつの総当たりで行われるのだ。

 本来全ての試合で、互いの力を競うことが信条とされているが、事実はそうではない。

 六皇の中で、誰が最も優れているか?という事は、確かに名誉ではあるが、命あっての物種という言葉がある。彼等が本気で優劣を自らの手で着けようとすればするほど、そこに賭ける代償は大きなものとなる。

 よって、そこには大きな駆け引きが生まれてしまうのである。誰と戦い、誰を避けるか?何を望むのか。それは彼等の意図で決まる。

 

 そしてそれは、学業を終えた夕刻から、夜にかけて行われる事になる。

 場所は、学園内にある特別な施設で行われる。彼等は試合中は施設内で宿泊し、六皇戦が終わるまで、そこから出ることはない。

 そして一人だけ、セコンドを着けることが許されている。

 吹雪は、静音を選んだ。

 大地は、学友を選ぶ。

 聖は誰も選ばない。

 風雅は鼬鼠を選ぶ。

 焔は重吾を選んだ。

 そしてアリスは、鋭児を選んだ。

 焔に声を掛けられなかった事に対して、鋭児は不満を持たないが、アリスが鋭児を選んだ事に対して、焔は不満を持った。それは間違い無く自分に対する当てつけに思えたのだ。

 吹雪が静音を選んだのは、単純な理由で、彼女を次期氷皇もしくは水皇にと考えているからだ。その理由に関しては、風雅も当てはまっている。

 焔が鋭児を選ばなかった事に関しては、誰もが予想外であるとは思ったが、長年友として連れ添っている重吾を選ぶと言うことには、納得の行く所である。

 彼は昨年の六皇戦も、焔のセコンドについている。

 アリスが後輩を指名しないのは、自分の跡取りとなるに相応しい人材がいないからだ。だから昨年は、誰もセコンドをつけなかった。そして今年鋭児を指名したのは、完全に贔屓目であり、また六皇戦というものを間近で見る事の出来る鋭児としては、断る理由はなかった。

 ただ、そうなると魔女と称される彼女と鋭児の関係性を勘ぐる者も出てくるが、それを直接アリスに尋ねる者はいない。

 魔女の気まぐれに振り回されては、適わないといったところだ。

 その理由に関しては、聖も大地も同じだが、大地が選んでいる学友は、藤といい、良き学友であり、外見としては、少し岩見に似ているインテリ系だが、彼は岩見のように乖離した裏の顔を保っているわけではなく、確かな大地のブレーンでもある。

 そう言う意味合いでは、焔が重吾を選んだ理由と近いものがある。

 

 六皇戦初日となる。

 第一試合は、聖対アリスである。第二試合は、大地対吹雪、第三試合は風雅対焔と、この三試合となる。

 聖は、セコンドをつけない。アリスには鋭児がついているが、彼女から鋭児にアドバイスを受けることなど特にない。後学の意味が強い。

 そして、二人はすでに舞台に上がっており、場面はそう言う状況から始まる。

 「アレが……聖さん……か」

 聖は白髪である。銀色の吹雪の頭髪とは違い、本当に白いのだ。

 背丈は余り高くなく、身体もそれほど鍛えられているというわけではない。身長は鋭児より頭半分ぐらいは低いだろうか、落ち着いているが大人しいそうだというのがその第一印象であり、衣服も特に何か武闘着というわけでもなく、普段の鋭児と同じように、セーターとジーンズといった、非常にラフな出で立ちである。

 とても、一光を殺したと思うほどの残酷な男には見えない。虫も殺さないという雰囲気ではないし、闘志剥き出しというわけではない。

 どちらかというと、静かに詩集などを、ベンチに腰掛けて、精読していそうなイメージだ。

 

 彼等が戦うのは学園内にある特別なスタジアムだが、それでも学生だけでそれを埋め尽くすこともない。ただ、鋭児達が普段顔を出すこともない中等部の学生達も顔をだしている。

 彼等は鋭児達のように、日々戦闘を繰り広げてるわけではなく、基礎訓練が日々の日課である。勿論多少のじゃれ合いは、あるようだ。

 

 鋭児は、普段見慣れない光景に、これほどの人間が学園内にいたのかと改めて思う。そしてこの中には高等部に上がれない者達もいるのだ。見込みのない者達は、園外に放り出されるというわけだ。

 黒野鋭児の噂は、中等部にまで、少しは広がっている。多少なりとも先輩後輩といった繋がりは、中等部と高等部の間にもある。ただ、まさかアリスのセコンドにいるのが、黒野鋭児だと思う者は、本当に数知れている。

 ただ、今日を機会に、後の話題として、彼が黒野鋭児だと知られる事になるのは、確かな事実だった。

 「さて、アリス。そろそろ始めないか?」

 「ええ?もうなの?」

 基本的に、試合は審判の合図で始められるが、二人の気が充実するまで、試合の進行は行われない。

 静かだが、少々じれている聖に対して、アリスはなんとも、気のない気怠い返事をするのだ。これは、間違い無くアリスの性悪な部分が出ている。あえてそんな風に、聖をあしらうのが、アリスの性格は聖もしっている。

 「審判……始めるよ」

 聖がそう言うと、審判もアリスを無視してコクリと頷く。

 二人の距離はせいぜい一メートル半というところだ。

 思いのほか至近距離である。

 聖は開始早々、指先を鋭くとがらせ、アリスの顔面に突きを入れる。それは、残酷にもアリスの脳天を突き抜けた。

 ――かのように思えたが、貫かれた瞬間に、アリスはまるで細い糸のように解けていってしまう。その感触のなさは、聖も十分理解しており、直ぐに、周囲をグルリと見回すが、アリスの姿はなく、彼が俄に足を止めた瞬間、再びアリスが彼の背後に、今度はほどけたいとが収束するように、彼女を形作り、その細腕で彼の首を捉える。それから膝裏に蹴りを入れ、彼の足を崩すのである。

 しかしその瞬間、聖の体全体が光り出し、彼の首を絞めていたアリスは、その光にかき消され、消えてしまう。

 「全く……もっと真面目にやらないか?」

 そう言って、聖は鋭児に掌を向けて、光を放つ。

 光を向けられた鋭児は眩しそうに、両腕で顔面を庇う素振りを見せるが、聖が光を当てたかったのは鋭児ではない。

 彼の後ろに立っているその存在にである。

 塗しそうにしていた鋭児が、漸く眼前の腕を退けて、薄ら目を空けると、そこには自分より少し上に視線を向けた聖がいて、そして振り返ったその視線の先にはアリスが立っていた。

 アリスは見つかってしまうと、出逢った時に見せていた少しクールな笑みを浮かべ、しなやかに鋭児の背中に抱きつき、彼の首元にそっと両腕を絡めるのである。

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