第1章 第6部 第34話
「それで?」
それはパーティーから二時間経った後の事で、挨拶などもほぼ終わったころで、蛇草、鼬鼠、鋭児、千霧の四人が、彼女のオフィスに姿を移したときのことだった。
デスクに着いた蛇草は、さながら女社長といえるほどの雰囲気を醸し出しており、相も変わらずこういう雰囲気の似合う人だと鋭児は思った。
そして、鼬鼠はそんな蛇草の前に立たされており、さながらエリート問題社員という雰囲気にも思えた。
鋭児と千霧はソファに座らされ、待機させられている。
「で……って?んだよ」
ふて腐れた鼬鼠の態度だが、これまでは長い髪が気怠さを演出していたが、髪をスッキリさせた鼬鼠の睨みは鋭く反抗的な態度に見えた。ただ当の本人は通常運転で、蛇草もそれを理解している。
「あの子達よ。別に友達を連れ来るなとも言わないし、迷惑だとも言わないわ。ここは貴方の家でもあるのだし」
そんな蛇草は溜息をついた。これは鼬鼠が二人を推して、蛇草の前に現れたのではないと言うことを、理解させるに十分なやり取りであった。
これには鼬鼠も、澄ました表情をしながら、少し後頭部を軽く手で掻きながら、一つ溜息をつく。
「生来東雲家に仕えたいんだとよ。成績は四位五位と、申し分ねぇと思う」
「そう……ノーマークだったけど、ソコソコ良い成績は出してるのね」
スカウトとしての蛇草の目は確かで、それほどの順位の生徒なら、学園に顔を出したときに何となくの匂いは感じるものだが、それは自分の失態なのか?と蛇草は思い、少々小首を傾げる。
「蛇草様は鋭児さんに可成りお熱でしたから……」
それで、きっと見落としたのだろうという、千霧が面白半分でボソリと、それでも蛇草に聞こえるように言うのだ。
「それを取ったのは、誰なのかしらね?」
ある意味それは図星だったのだろう、蛇草は珍しく子供じみて、頬を膨らませてお冠になってしまう。しかし、そんな蛇草はチャーミングで、鋭児はクスリと笑ってしまう。
「もう!」
完全にからかわれている事に、頬を膨らませて怒る彼女も、中々魅力的で、普段やり手な彼女なだけに、そのギャップが代わりらしい。霞がゾッコンになってしまうわけである。
だが少しすると、蛇草は思案する。
「貴方は、どうしたいのかしら?」
「さぁ……な」
一見鼬鼠の無責任な返事で、事実無責任なのかもしれないが、それでも鼬鼠の中で何かが揺れているのは確かで、不要であれば、鼬鼠自身が切り捨ててしまえば良いのだ。ただ彼が先ほど述べたように学園内でそこそこの成績を保っているようで、人材としては悪くない。
「鼬鼠さん。迷ってるんでしょ。あの二人が漠然としすぎてて」
ここ暫く彼等との関係で、苛立ちを覚えていたことを鋭児も知っている。それは鋭児にも解る事なのだ。
鋭児は、祖母が死にこの学園に入る数日の間、そして焔と出逢うときまで、漠然としていた。意味は異なるのかもしれないが、彼等が東雲家に加わりたいというのは、おそらくそこに鼬鼠が居るからだ。
ただ彼等は、鼬鼠だから鼬鼠と一緒にいたいという理由ではない。
悪意はないが、鼬鼠と何時までも共にあることで、自分達の枠を確保出来るという、安易な気持ちがあり、それは非常に浅はかな思いなのだ。
そして、それは鼬鼠自身も理解しており、意図していないが、蛇草が友人を連れてくることは迷惑ではないという、つまり彼等にはそれ以上の深みはないのである。
それは、態々鼬鼠が連れ立つほどの人材ではないということである。決して成績だけでは計れない部分である。
「とは言いつつも、何時までも風雅君に押しつけておく訳にもいかないわね」
蛇草が溜息がちに立ち上がるのである。
鋭児達は、憂鬱になる蛇草に連れられ、その後ろを歩く。会場に残した彼等を迎えに行くためだ。
「あら?」
すると正面から、更が乾風達を連れて歩いてくる。
「更……様」
蛇草は、少しホッとする。
確かにそれは救われる光景であった。更は彼等を無碍にせず、二時間ほど彼等の空白になりかけたその時間に、寄り添っていたのである。
しかし、鼬鼠はその光景にゾッとした。それが更を守る盾だとすれば、余りに弱いのだ。
勿論風雅は別である。
鼬鼠は自分の想像力の欠如と、甘さを改めて認識して、歯ぎしりをする。一兵卒としても今の二人では、それを任せるに値しないのだ。
それでも、更はあっけらかんとしつつ、葉草達の横を通り過ぎ、その通り際に、彼女は鋭児の腕をグイと引っ張り、その頬にキスマークを付けて行く。
「今度デートしましょうね!」
「は……はぁ」
何とも破廉恥で、東雲家第四位として、あまりにも軽々しい行動であるが、それだけ更も鋭児を気に入っていると言うことである。
そして、側でオロオロとする千霧が居る。
彼女が鋭児がほしいと言ってしまえば、千霧としてはどうしようもないのだ。
「ほ……ほほほ……焔さんと、ふ……吹雪さんと、至急会議……を」
千霧は動揺で震えた手で懸命に携帯電話を触ろうとするが、震えた手の中で携帯電話が右往左往するばかりである。
そして鋭児がなにげに頬を袖で拭こうとした瞬間、更は振り返る。
「拭いてはなりません!命令です!」
それを察した更は、きゅっと腰を利かせて、振り向き鋭児に鋭く人差し指を指すのであった。
しかしその瞬間若干腰を痛めてしまったようである。若き乙女と思えない体の硬さである。
そして、相も変わらず、こう言うオチのある人なのだと思う鋭児であった。
その後、風の噂で聞きつけた新にこっぴどく呵られる更がいるのは言うまでも無かった。
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