第1章 第6部 第35話

 パーティー好きの霞ではあったが、社交的なものとなりすぎたため、そう言う場になれない鋭児は少々疲れ気味となり、東雲家に宛がわれた自室で、その夜を過ごすことになるのだが、そこには確りと千霧の姿がある。

 「聖夜……ですね」

 このような日に、二人きりになれるのは、彼女としても実に嬉しい限りである。

 鋭児の浮ついた気持ちはまだ収まらないが、恐らく自分よりは強いと思われる千霧が、何故守っていかなければならない存在に思えたのか?というのは、何となく解る気がした。

 

 クリスマスから数日が過ぎる。その間は鋭児も東雲家で千霧とゆっくりとした時間を過ごす事になる。

 乾風と秋村は、翌日に学園へと戻ることとなる。それに際して鼬鼠も一度学園に戻ることとなる。本来戻る必要の無い事であったが、矢張り鼬鼠は、東雲家を守る者として、更が示した行動に思い当たることがあったのだ。

 普段非常にちゃらけている更ではあるが、彼女は存外確りとしており、だからこそ道化役を買って出ているのだと言うことを改めて知る事となる。生来東雲家、及び鼬鼠家に仕えるにあたり、二人の覚悟を聞いておく必要があったのだ。

 そうなれば、二人は友人ではなく上司と部下の関係になり、最悪の状況として鼬鼠家から死を賜ることもあるのだという覚悟をしておかなければならない。

 彼等が現在抱いているエリート意識とは、全く異なる現実が、卒業後に待っているということを、二人は知る事になる。

 それが鼬鼠から突き付けられた条件だった。

 

 東雲家で数日過ごした鋭児は、久しぶりに彼の地元へと戻ることになる。

 焔が顔を出さないことにがっかりしたのは文恵だったが、こればかりは仕方が無い。あからさまに鋭児に対してそんな声を出すものだから、思わず鋭児も電話口でクスリと笑ってしまうのである。

 二人にはまだまだ距離感はある者の、そんな声を文恵も聞いたものだから、鋭児の心が随分和らいだのだという事を知り、それが焔の――勿論吹雪のおかげでもあるのだが、文恵は双理解する。

 他人であるからこそ出来る事もあるのだ。近いからこそ間違った甘えを欲してしまうこともある。勿論鋭児に非があるのだが、子共だった彼と何時までも平行線でいたことは、文恵の非でもある。ただ同時に致したのないことでもある。

 しかしながら、駅に迎えに走った秋仁は、思わず咥えていた、火の付いたままのタバコをポロリと落としてしまうのである。

 何しろ鋭児の側にいたのは、焔でもなく吹雪でもなく、あのアリスだったからである。

 「叔父様?」

 そんなアリスは嫌な顔を一つせず、落ちてしまったタバコを拾い上げ、その処理をしかねるのである。

 「あ、ああ」

 秋仁はマナー灰皿を取り出し、受け取ったタバコを消しつつ捨てる。

 「えっと、学園の大学部の先輩……てか、どっちかっていうと焔サンの先輩にあたる……」

 鋭児も若干紹介しにくそうで、引きつった笑顔になっている。

 「黒夢アリスです」

 「あぁ、黒野秋仁です」

 それにしても今度は黒髪美人と来たものだ。清楚そうな物腰は大人な分、吹雪よりも淑やかに思える。ニコリとした吹雪とは違い、緩みのない挨拶に彼女の躾が窺えた。

 といっても、本来のアリスの中身は、吹雪よりも壊れている事を鋭児は知っている。

 一礼をした後に、アリスは秋仁に手を差し出し握手をする。確りとして無骨な秋仁の手と比べ、アリスの手の何とも細いことか。

 「また偉いべっぴんさんだな」

 「なんていうか……これで言い出したら、焔サンより駄々っ子で……」

 と、鋭児と秋仁がアリスの前であるにもかかわらず、声を潜めて話し合う。

 「コホン……」

 アリスは一応の咳払いをしてみるが、それでも何となくウキウキソワソワしているのが、鋭児には解る。

 ただ、秋仁はアリスの顔をみて、少し小首を傾げるのである。

 「失礼ですが、何処かで会いましたか?」

 「いえ」

 アリスは不機嫌になることもなく、それに対して首を横に振るのである。

 本来ならかえって大掃除というところなのだが、実は大掃除の必要は無く、鋭児達が帰る前に、東雲家の方で家を掃除してくれいてたらしい。

 現在の鋭児宅は、東雲家の所有物件であり、帰郷ではあるが、鋭児の名目は別邸の管理ということになる。

 よって鋭児がこの正月実家にもどる案件に関しては、その名目での外出となる。学園からの外出許可というのも、すでに東雲家から出されているのだ。なんとも便利な言い訳である。

 秋仁は運転中も、何度かアリスの方を、バックミラーで見ては、小首を傾げている。

 そんな秋仁の仕草は、鋭児も妙だとは思ったが、アリスの前でそのやり取りも何となく彼女を不快にさせるのではないかと思い、鋭児はあえて気にする様子を見せなかった。

 ただ車中において、アリスは非常に鋭児との距離を近く取っており、軽く腕を組み、手を重ねて握っている。

 「ああ、昼は美箏が用意してくれいるはずなんだ。俺は一端家に戻って、夜には文恵と顔を出すよ」

 秋仁は、一緒には食べないらしい。

 「あ。はい」

 日付としては、十二月三十日である。街も随分正月ムードとなっており、それに向けてのセール品などを大々的に登りにして、歳末の商いに励んでいる。

 「秋仁叔父様の、娘さんですね?」

 「ん?ああ……」

 アリスの声が弾んでいるのが解る。鋭児が大方の事情を話しているとすれば、別段不思議ではないのだが、アリスの楽しみ方は、少々他人の域を超えている。ただ邪気は感じられない。

 「やっぱ。こう言うの初めて……ですか?」

 「そうね。孤児院では、確かに正月の催しもあったけど、小学部からは寮だったし、焔も吹雪もこの時期は居なくなってしまうから……」

 「そうっすか。じゃぁ年越しそば食って、初詣いって……かな」

 焔達を含めて、アリスもまた、そう言う思い出とは無縁の人間なのである。

 「千霧先輩も呼べば良かったのに」

 あえてその名をこの場で出すのかと、鋭児は若干笑顔を引きつらせるが、それでも千霧が来ない理由は、東雲家の行事があるからだ。そうしては蛇草に申し訳ないといのが、矢張り何とも千霧らしいところなのである。

 寂しがり屋だが、我慢強いのが吹雪であるなら、年長でありながら、存外甘えん坊なのは千霧なのかもしれない。それとアリスのペアでは、それでまた説明しがたい状況になってしまう。

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