第1章 第6部 第30話

 「実は俺、昨日不知火家に行ったんだが……」

 話はそんな重吾の言葉から始まった。

 「重吾テメェ……」

 余計な詮索だと、焔は酷く苛立ちながら重吾を睨み付ける。自分の試合後に焔が倒れたとなると鋭児も、ただ事ではない。

 「なんで、そんな大事な事……」

 鋭児は連戦から来る疲労で倒れてしまったが、焔は万全な状態であったはずである。双龍牙双脚はそれほど焔に負担をかける技だったのか?と鋭児は思う。

 そして思い出すのだ、以前焔が放った螺旋双龍の時の焔の体温も異常に高くなっていた。

 「で……テメェは、何を聞いたんだ?」

 「いや……本当は焔サンに話すつもりはなかった。ただ心配だったから……」

 重吾は、特に不知火老人にはその事を聞いていないということを、焔に伝えるのだった。そして、技の反動で今は、スランプに陥っているのではないか?という、自分なりの考えを焔に素直に打ち明けるのであった。

 その考えに至ったのは、焔が赤羽のように発作の症状に苦しんでいる状況を、煌壮も磨熊も目にしていないからだ。

 もし焔がそんな状況であったなら、不知火家の闘士中に噂が広がっており、そうなれば赤羽のように、今は試合どころではないはずである。ただそれは重吾の大きな思い違いなのだ。

 「ち……、その通りだよ……」

 だが敢えて、焔はそれに乗った。重吾の勘違いは、彼女にとって非常に都合が良かったのだ。

 「けど、三学期までには、戻せる算段だ。なんせ、双龍牙二発分の威力だし、技も未完成だったしな。心配掛けて悪かったよ。本当はお前との炎皇戦で見せる予定だったんだぜ?」

 焔のその一言に、一同は胸をなで下ろす。

 焔はこれに対して更に嘘をついたことになる。つまり不知火家に長居したのは、技の特訓のためであると、そういうことにしたのだ。

 「あ……なんか……ゴメン」

 だとしたら、鋭児は自分がとんでもなく余計なことをしたのではないか?と、流石にこれには気落ちするのだった。

 「ああ、いやアレはアレでなんつーか、楽しかった。うん」

 それは焔の本音であった。実に楽しい勝負だったのだ。それを思い出して満足そうにする焔のはにかんだ照れ笑いがあったものだから、一同はさらに、重吾の思い違いと、焔の嘘に気づけなくなる。

 「まぁ。何にせよ悪かったな重吾。お前に嫌な思いさせちまった」

 これも焔の本音である。そしてその事について彼女は十分に謝罪している。

 「あ……いや」

 事情が分かれば良かったのだ。重吾の胸の閊えが取れ、彼の表情も自然と綻ぶ。

 「親友の私に黙ってる事だったんだ……」

 吹雪は少々ご機嫌斜めである。

 「バカヤロウ。ペラペラ喋る事じゃねぇだろうがよ」

 「まぁそうだけど……」

 細い頬の吹雪であるが、こればかりは頬を膨らませて怒るばかりである。

 「んなことより重吾。三年の成績は、日常での野良試合も評価デカイんだぜ?」

 「解ってる……」

 事実上ここからは、ほぼ乱戦に等しく、重吾は益々忙しくなる。順位戦で属性事のランクはつくが、三年生末の成績は、総合成績も出る。

 現在皇座についてる焔と吹雪は、一位と二位だがそれ以下の順位が問われることになる。加えて言えば、皇座についた時点で上位確定であり、後は皇座内の順位付けということになる。

 借りに皇座という者に着いていなければ、二人とも今頃のんびりとはしてられない。特に吹雪などは、大河を倒しての氷皇という座についているため、そう言う意味では焔より評価が高いのだ。

 ただ日常的な活動は、焔の方が遙かに派手であるため、積極性という意味で彼女もまた、率無くこなせていると言える。

 「三年はこっからが忙しいらしいからよ」

 それは、一光から聞かされていたことである。重吾はプライベートにかまけている時間も無く、他人の世話を焼いている間もなくなるのである。それでもこうして焔の心配をするのだから、人が良いにもほどがあるといったところなのだ。

 「え……じゃぁ。借りにオレが焔サンから皇座引き継いだら……」

 それは鋭児にのふとした疑問だった。

 「ふふ。大丈夫よ。三年生の三学期は属性戦で終わりだから」

 吹雪がフォローする。鋭児はなるほどと思ったのだ。だからこそ、六皇戦後の属性戦となるのである。三年生の三学期に、属性戦は存在しないのだ。

 これには鋭児も胸をなで下ろすばかりである。

 「気がはえぇっつーの。テメェとオレの勝負はガチだろうがよ。師弟馴れ合いの属性戦なんてゼッテェさせねぇ」

 気合いの入った焔の睨みが鋭児に飛ぶ。ただそんな強く睨んだ焔の瞳は、ギラリとしていると同時にキラリと光ってもいた。

 そこにかける焔の思いというものが伝わろうというものだ。

 

 なんだか焔に上手く空気を纏められてしまったようだが、こういう所が焔なのだろうと鋭児は思う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る