第1章 第6部 第29話

 重吾が学園に戻る頃には、すっかり夜更けとなっていた。

 一先ず彼は自室に戻るのだが――。

 「よ……よう」

 そう言って、彼のベッドを背もたれ代わりにして、バイク雑誌を見ている緋口がいた。そして、ベッドでは、囲炉裏が眠っていた。

 あの日以来、二人はいがみ合わなくなった。ある程度じゃれあう事はあっても、邪険にする関係ではなくなっていた。

 ただ、こうして重吾の部屋に入って、未だに緊張を隠せないのは緋口であり、囲炉裏の神経の図太さとは対照的だ。

 「あ……ああ」

 自分の部屋に勝手に上がり込んでいる女子達に文句を言うことも出来ず。いや、満更悪い気はしないのだ。二人は重吾の部屋を無闇矢鱈に荒らしたりはしない。ただ、こうして彼女たちの私物が少しずつ増えている事実はあるのだが――。

 「メシ……冷蔵庫に入ってるからよ」

 「ああ、有り難う」

 そして、こうして食事が作られているのは、何とも和むのだ。こう言うのは大体囲炉裏の方が機転が利いており、悲しいかな緋口の方が修行中という有様だ。

 ただ、彼女がそうして口にすると言うことは、恐らく料理は二人の合作なのだろう。

 「重吾さんの二の腕……ゴニョ……」

 どんな夢を見ているのか?そんな囲炉裏の寝言である。

 「囲炉裏ちゃん。寝ちゃったのか」

 それは知っていたが、重吾は苦笑いしてしまう。彼女がすっかじ自分のベッドのように、体を馴染ませてしまっているからだ。

 「で?不知火家は、どうだった?」

 「まぁ……特に……だな」

 「ふぅん……」

 重吾がそう言うのだからそうなのだろうと、緋口は思う。その間に重吾は電子レンジで食事を温め、自分でご飯を装い、緋口の前でご飯を食べ始める。煮物だったり味噌汁だったりと、品揃えはオーソドックスな和風である。

 「あ~ハーレーかっけーなぁ。これでツーリングとか最高だろうなぁ」

 恐らくそういう自由な活動が出来るのは、大学へ進学してからになるだろう。

 「ツーリング……か」

 考えれば重吾は、焔の右腕としてここまで過ごしてきた。不器用な彼らしい無骨さのある生き方だったが、考えれば緋口がその一言を漏らすまで、自分にはそういう趣味がある訳でもなく、一途に頑張り通してきたのだ。

 ただ、焔には一光、そして鋭児が居り、自分は今Fクラスの二位という位置づけにいる。勿論緋口や赤羽と競り合うことになるが、とりあえずの目標に到達したことになる。

 「いいな。そういうのも」

 思わず重吾はそんな一言を漏らしてしまうのだ。

 「お?だろ?大学上がったら。免許取ろうよ。んで、卒業までには大型取ってさ!」

 「はは……そうだな」

 「狡い……二人で盛り上がってる……」

 囲炉裏が目を覚ますのであった。

 「解った解った。免許取ったら、お前後ろ乗せてやるからさ」

 「じゃぁお弁当は、任せてください!」

 「よっしゃ。ハーレーはまだ先だが、来年免許取ったら、行こうぜ」

 「はは……」

 随分遅い時間だったが、彼女たちの夜は大いに盛り上がるのだった。

 

 翌日重吾は、吹雪とその事について話す。焔が何らかの理由で、双龍牙を打てなくなっているのではないか?と。

 借りに焔が、強力な技の反動で、スランプを誘発していたとしたら。それは彼女の行く先で重大な問題となる。少なくともその場には、不知火老人と蛇草が射た事から、彼女が技を放てなくなっている可能性を知っているかもしれない。

 もしそうならば、隠さなければならないほど、重篤な可能性もあるということだ。

 それを問い詰めて焔が、口にするかは解らないが、友人である自分達に隠すほどのことならば、尚更自分達はその事を知っておかなければならない。

 「今頃は、鋭児君と二人で、イチャイチャしてると思うけど……」

 吹雪は、少々不満げな表情をしていたが――――。

 それでも、吹雪は携帯を取りだし、焔に電話を掛ける。遠慮のなさに重吾は少々ドギマギとしたが、吹雪の予想は、満更外れていた訳でもなかったが、彼女が想像していたよりも、遙かに健全なものだった。

 単純にテレビの前のソファに腰掛けて、二人で映画を見ているという、二人にはあまり見られない状況だった。焔がそうしたかったのだ。

 二人の時間が終わった頃に、彼等は焔の部屋に集まることにする。

 面子は、焔、鋭児、吹雪、重吾となる。

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