第1章 第6部 第6話

 アリスは目を閉じており、完全に鋭児にだけ集中している。

 鋭児は、まるで精気や生命以上に、彼女に囚われて、息が完全に詰まってしまう直前まで、互いの感覚を絡め合っていた。

 それを見ていた吹雪は、完全に目が点になってしまい、口がぱっくりと開いたままの状態になり、飲みかけのジュースが破裂して凍り付いてしまう始末である。

 余りに濃厚なキスシーンを間近で見せられた晃平は、目を回して真後ろに倒れてしまうのだった。

 静音は、オロオロとするしかなかった。

 

 アリスから解放された鋭児も顔を真っ赤にして、腰砕けに椅子にへたり込んでしまう。なぜそんな濃厚なキス、指折り数える以上の時間を続けられていたのかが全く理解出来ない。

 そして、鋭児の制服が、ブスブスと音を立てて焦げ始め、いきなり発火するのであった。

 

 この件に対しては、謎の「人体発火事件」だとか、「魔女の呪い」だとか、一つの七不思議に上げられるようになるのだが、それはまた別の話である。

 

 食堂は、スプリンクラーの水で水浸しになり、彼女たちは逃げるようにして、吹雪の部屋に駆け込むことになるのであった。

 

 晃平は完全に目を回しており、鋭児も放心状態であるが、どうにか冷静に戻った吹雪はご立腹で、応接間でアリスとテーブルを挟み、ソファに腰掛けている。

 構図としては、アリスの正面に、吹雪と放心状態になった鋭児。客間のベッドに、目を回した晃平と静音といった状態だ。

 「鋭児?私処女なの……」

 アリスのその言葉に鋭児は又もや発火しそうになるが、吹雪が鋭児をギュッと抱きしめて、発火を止める。ある意味よいバランスである。

 「これ以上鋭児君のお裾分けは出来ません!先輩でも駄目です!」

 「いいじゃない。炎の能力者よ?一晩中でも持て余すでしょ?」

 「そ……それは……」

 途端にモジモジとしだす吹雪だが、逆にそれがいいとでも言わんばかりの、感覚のずれた恥じらいっぷりである。

 「で、これ以上……って?」

 「え?あ……」

 これは完全に乗せられた感はあるが、アリスが鋭児を気に入っているのは間違いの無い事実である。ただ、アリスをそうさせたのは、間違い無く鋭児にかかりきりになった焔と吹雪のせいでもあるのだ。

 ある意味、一番焼き餅を焼いているのはアリスといっても良かった。

 

 「ふぅ……ん。千霧先輩も……ね」

 「ご存じなんですね……」

 「知らない訳ないわ。お互いに……尤も千霧先輩は小等部の時に、東雲家に引き取られてしまって、学園に長くいたわけでは無かったけど」

 「ねぇ……鋭児」

 「な……なんすか……」

 鋭児は正直まだ頭が回っていない。幾ら吹雪や焔、そして千霧と体温を分かち有った夜があったと行っても、彼がこれほど女性に縁を持ったのは、この学園に来てからであり、特に彼女たちとの関係には、それなりの流れがあったが故に、鋭児も時間に酩酊することが出来たのだが、脈絡も無しにあれほど、濃厚なキスをされ、しかも完全に奪われる形になったのは初めてである。

 完全に精神が性的に魅了されて、行動不能に陥ってしまったのである。

 そして、アリスは吹雪に過保護なまでに抱きしめられた鋭児の前に顔を、ズイと突き出すと、先ほどの魅惑的で官能的な距離感を保ちながら、こういった。

 「お姉ちゃん……て、呼んでみて」

 「姉……ちゃ……ん」

 言わされるがまま、そう言わされた感がある。そしてそれを言えば、先ほどのようなことにはならないのだろうと、鋭児は直感したのだ、完全にうわごとのように、気を動転させたまま、口を開くがままに、その言葉を口にする。

 「よろしい」

 アリスは本当に満足そうな笑みを浮かべる。

 「あと、色々片付いたら、処女開封の儀お願いね」

 そう言って、アリスは鋭児との距離を置く。吹雪は、美しく黒髪を振り乱しながら、悦に浸り、鋭児の全てを受け止めて身もだえるアリスの艶めかしい姿を確りと想像してしまう。逆に言うと、アリスを敵に回して、勝てる気がしないという、珍しく自信の無い吹雪の姿がそこにあった。

 「ああ……」

 「ま、まだ何かあるんですか!?」

 鋭児をギュッと抱きしめたまま、吹雪もオロオロとし始める。

 「鋭児が確りしないと、みんな不幸になっちゃうんだから。何があっても投げ出しちゃだめよ?そして、美箏も大事にね」

 そう言って、彼女はさらりと、吹雪の部屋を去って行くのだが、その一言は二人にとって可成り重要な一言だった。

 何故彼女が美箏を知っているのかである。流石の鋭児もキスの熱が冷めてしまい、立ち上がるがそれよりも早く、アリスが部屋を出て行ってしまう。

 何より、少しむくれた吹雪が鋭児のズボンの裾を掴み、彼がアリスの後を追いかけるのを阻止していたのだ。

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