第1章 第6部 第2話

 確かに彼等の言うとおりだし、鼬鼠の持論でもそうなってしまうのだ。ただ鼬鼠としては、稽古を付けてやると、特に勝負と言う垣根を払った一言だったのだ。

 確かに自分らしからぬ一言だったと鼬鼠も思ったため、二人の反応に対して、一瞬、仕方が無いという気持ちになったのだ。

 「そういや、オレ等の付き合いってどんくらいになんだ?」

 「中等部の最初……くらっすかね」

 乾風が応える。

 「けっこう……なげぇな」

 そんなになるのかと思った。鼬鼠は少し昔の事思い出すのだ。

 鼬鼠が鼬鼠家の嫡男であることは、すでに有名で、暴力的では無かったが、その頃からすでに彼の性格は尖っていた。そういうのもあり、余り近寄る者もいなかったが、そんな中の奇特な人物がこの二人だということになる。

 この二人はいわゆる悪友なのだ。鼬鼠を正面に、悪ガキが徐々にエスカレートをしてきたのがここまでの流れで、何故鼬鼠がそうなったのか?というと、同輩に自分と同等の力を持っている人間がいなかったからだ。

 それだけ鼬鼠が秀でているのであるが、この二人はそういう実力差とは関係なしに、ここまで来ていたのだが、彼は今自分が「さん」付けで呼ばれており、明らかに友人の距離で派無い事を、理解する。

 「なぁ……」

 「?」

 「なんでテメェ等いつから敬語になってんだ?」

 相当に不機嫌な鼬鼠の目が二人に向けられる。これに関しては応えようが無かった。鼬鼠の粗暴さの一面が徐々にエスカレートし始めた頃からだろうが、その境はハッキリとは覚えていない。ただ一目置くだけの存在には止まらないと、自覚した頃からだろう。

 二人は困ったように、互いに視線を合わせて、アイコンタクトだけで相談をする。

 鼬鼠は、例の強炭酸ジュースをぐいっと飲み干し、それを二人に向かって投げつける。ただ当たりはしない、二人の間を通過して、入り口の方へと転がって行くだけだった

 「帰れ」

 「え?」乾風と秋本が声をそろえて言う。

 「用が済んだら帰れっつってんだよ!」

 「は!はい!」

 二人は怯えながら、腰を上げソソクサと鼬鼠の部屋を出て行くのだった。

 ただ、正直それも鼬鼠には気にくわなかったのだ。理不尽な態度を取っているのは、明らかに自分出有るにもかかわらず、彼等は文句一つ言わずに出て行ってしまったのだ。

 「一寸くらい挑めよ。クソが……」

 この学校には下剋上のシステムがある、勝負は下の者からしか挑めない。見えないところでは確かにどんな手段もあるのだろうが、それでも鼬鼠からは、彼等に直接仕掛けることは出来ないのだ。

 ただ、残念ながら同じ学年で鼬鼠に挑める人間というのは、本当にごく僅かで、尚且つ自分と互角に戦える人間という者も少なく、上の学年にもそういった存在がいない。

 鋭児と関わる前は、焔や吹雪と関わる事もほぼ無かったことだ。

 実は、彼等に対する発言は、彼等だけに向けられたものではなかったのだ。

 

 翌日。

 

 鼬鼠は、大学のほうへ足を運んでいた。理由は風雅に会うためだ。

 それ自体はそう珍しい訳でもないし、体操着ではなく、普段着である。といっても潰れてしまっても良い程度のラフな服装である。

 そして、迎えた風雅も普段通り楽な服装である。

 大学では、高等部のように始終試合など行っているわけではない。勿論トレーニングや鍛錬などは行われているが、そういった順位的なものは前期後期と二度ほど行われるだけだ。

 身分は学生だが、この頃になると彼等も六家に出向くことも多くなる。言わば準備期間でもあるのだ。

 風雅と鼬鼠などは特に、皇座において移行期間ともいえる状態である。

 二人は、大学部の武道館へと足を運んでいた。スケジュールは鼬鼠の都合もあり、午後一番からだった。

 「どうしたの鼬鼠ちゃん。なんか機嫌わるいねぇ」

 風雅は鼬鼠に指導しながら、そんな事を口にする。相変わらず、ヘッドホンにサングラスと、戦いに集中しているとは思えないスタイルだが、近接戦闘から風を使った互いの技などの特訓を行っている。

 だが、鼬鼠がいつも以上に気合いが入ってることに、風雅も満更ではなかったのだ。鼬鼠は強いが、今までイマイチ何かに欠けている部分があった。

 それは鼬鼠が強いからなのだが、彼の残忍な言動や行動から考えられないほど、実は力はセーブされている。

 風という特性上その一つ一つが、非常に殺傷能力が高く、コントロールを誤ると、一太刀で、相手を殺してしまいかねないのだ。それほど鼬鼠の実力は高いのだ。

 風雅に対しては遠慮がない。それは彼を殺すつもりで挑んだとしても、勝てる相手ではないと、鼬鼠が理解しているからだ。

 それでも、全く届かないというわけではなく、風雅の頬や衣類にも切れ目が入り、今までとはひと味違うと、風雅は思う。

 「遊脚千刃!」

 風雅は、まるでブレイクダンスを踊るように、床に背を突け、体に捻りを加え、足を振り上げて、変速敵で華麗な足技を魅せる。

 つむじ風のように小気味の良い彼の攻撃は、あっという間に鼬鼠を退かせる。

 「飛燕逆一文字!」

 そして、鼬鼠との距離が僅かに開くと、風雅はより速く足を下から上へと振り上げ、そのまま振り抜き様に、立ち上がり、両手を牙に見立てて、鼬鼠と正対する。

 風雅の攻撃を受けた鼬鼠の、衣類が大きく裂け目をつけ、彼を仰け反らせるのだ。勿論力は温存されている。つまりその一撃が勝敗の分け目であると言えた。

 風雅としても大事な後輩に深手を負わせる訳にはいかないのだ。

 逆にそれが鼬鼠にとっては、あしらわれているようにしか思えず、負けても尚不満のある表情を風雅に向けるのである。

 実は優美な戦い方を魅せる風の能力者だが、その一撃は意外にも接近戦からの一撃であることが多い、距離を置いて戦うことが彼等のセオリーなのだが、間合いのある分には防げることが多い。

 風の力は、殺傷力が高い半面、同格以上の相手には尤も阻止されやすい能力でもある。炎の術者のように、瞬発力を持って一点に攻撃を加えるという、肉体的な強化が強いわけでもない。

 また、大地の能力者のように、高い質量と破壊力を備えているわけでもない。

 逆に言えば格下の相手であれば、その待機の刃で相手を瞬殺する事も出来るといえた。

 風雅がそれを出したと言うことは、そうでなければ鼬鼠を瞬殺できないということでもある。

 尤もこれに関しては、鼬鼠と風雅の日常のやり取りでもあるので、あとはどれだけの力を鼬鼠が受け止めきれるかというだけの問題でもある。

 鼬鼠は、姿勢を正し風雅に一礼をする。

 そうすると、風雅は拍手をし出す。それは鼬鼠の戦いぶりの成長を意味する。

 「今ので何割くらいっすか?」

 「全体で八割……って所かな?」

 風雅は鼬鼠の側に寄ると、彼の背中を遠慮無く叩く。鼬鼠の不機嫌さに比べ、風雅は非常に機嫌が良い。まず自分に挑戦する姿勢がいつもと違う。

 「ち……」

 鼬鼠は舌打ちをする。八割と言っても、確かに互いに全身全霊という訳ではない。それを見越して、想像出来る値である。ただ、八割と言っても一メモリの尺度が双方で異なるため、仮に鼬鼠が一二〇パーセントの実力を発揮出来ても、それは風雅の一〇〇パーセントと並ぶという意味にはならないのだ。

 本気中の本気というのとは、矢張り異なるのである。

 「まぁそう拗ねないでよ。これでも六皇史上最強だよ?」

 この世代の六皇の代表は聖という聖の能力者だが、風雅が自負するように、彼の実力はその中でも群を抜いていた。ただ、彼の性格上人をとりまとめるということには、向いて折らず、何時もヘラヘラとしており、つかみ所が無い。

 その分、彼にはあまり消化不良というものがあまりなく、鼬鼠が抱えているような欲求不満も差ほどないのだ。

 そのためか、力んでやり過ぎるということもなく、意外なほど実力差のある相手とも、上手く遊ぶ事が出来るのだ。

 ただ、指導と称して、女子に迷惑を掛けることもしばしばである。

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