第2章 第6部
第1章 第6部 第1話
鋭児が動けるようになったのは、週半ばの頃だ。
動けるようになった早々、鋭児は鼬鼠の部屋に呼ばれていた。勿論その必要があるからで、時刻的には夕方の四時半といったところだ。
鋭児が鼬鼠の部屋に訪れると、彼は愛飲している例のドリンクを出してくる。そして、床にあぐらを組んで座っている鋭児の膝前に、ストンとそれを置いて、自分はデスクの椅子に腰掛ける。
「で?」
「えっと、有り難う御座います」
「じゃ、なくてよ」
「ああ……」
勿論礼は必要だが、あえて鼬鼠はそうではないと言った。恐らく話はじめから言うと、彼の性格上、まず礼なりなんなりを言えといってくるのだろうと鋭児は思ったのだ。
ただ、鋭児の返事ぶりから、焔に会えたのだと言うことは、容易に理解出来ようなものだ。
「焔サンに、会えましたし、特に何も無かったみたいです」
何も無かったと思うのは、何も知らないからだが、鋭児の納得した表情を見て、鼬鼠は鼻で息をつく。
「テメェの勘も大したことねぇな」
「面倒掛けて申し訳ないです」
自分が焔に会いたいという我が儘一つで、相当な人間が動いたのだ。それを十分理解しなければならない。
「家って結構面倒くさくてよ。まぁそれが分かりゃいいや」
鼬鼠は苦も無く礼のドリンクを軽く一口飲み干すが、鋭児が同じように一口含むと、物の見事に炭酸が喉で炸裂するのだ。
その強烈さに、苦い顔をするが、それに対して鼬鼠は無反応だ。
「で、それだけじゃねぇだろ?」
「え?ああ……」
休学を含めて五日ほど席を空けたのである。焔と会ってきたというだけではないことくらい、鼬鼠にも解る。
鋭児は事の顛末を話した。結局の所焔には勝てなかったが、中々の勝負をしたということ、風雅の兄にも会ったと言うこと。
「大河さん……か。オレもウカウカしてられねぇな」
「?」
「何でもねぇ……」
鼬鼠がウカウカしてられないというのは、鋭児が大河に勝ったという事実である。闘士という性質上に加え鋭児の性格上、勝負の行方は何となく、なぜそうなったのかは解ろうものだ。
「闘士ってのは、何時娯楽で呼び出されるかわからねぇからよ。大河さんがそんなもんだって思うなよ」
「はい」
いやにすんなりした鋭児の返事だが、岩見の戦い方を除いて、確かにどこか必死という訳ではないのだ。良い勝負をすればよいし、自分のフィニッシュブローを如何に見せるかというのも、彼等の仕事でもあるのだ。一対一が心情の彼等の戦い方は、鋭児がこれから進む道とは、全く異なるのだ。
「テメェの試合は、後で見とくよ」
「あ、見れるんですか?」
「ああ?オレを誰だと思ってんだよ」
「……ああ……」
鋭児の質問は単純だったのだが、鼬鼠の返事は、そういう意味ではなかった。彼が鼬鼠家の人間だから、他家で行われた小さな試合でも、知る事が出来ると言いたかったのだ。
「あんま、外に出せるもんじゃねぇから、手に入ったら呼んでやんよ」
「あ、はい」
それで鋭児にも鼬鼠が言っている意味が理解出来たのだった。
鋭児は、鼬鼠の部屋を出る。そして手には例の強炭酸ドリンクを持っている。飲みきれないのだ。少し炭酸が抜けるまで、待つことになりそうだ。
そして、そんな鋭児と入れ替わりに、普段鼬鼠と行動を共にしている、二人が姿を現す。
それは、鋭児が入学早々静音が鼬鼠に捕まっていたときに、鼬鼠の側にいた例の二人である。
彼等は鼬鼠の部屋をノックする。
「なんだ?」
「ああ、俺たちです」
「んだよ。入れよ」
彼等はそれで解るほどの中ではあるのだ。ただ、鼬鼠は出迎える訳でもなく、デスクに置かれているノートPCで、始めていた作業をやめ閉じる。
一応友人優先である。そして、差ほど急ぐ用事でもないのだ。
二人の名前は、片方は秋村、片方は
「黒野の奴、また厄介事ですか?」
確かにトラブルばかりを起こしがちのように見える鋭児が鼬鼠の部屋を頻繁に出入りするということは、そのように見えたのかもしれない。
だが、彼が訪れたのは、先日の報告ということだけであり、それ以上はない。
言うなれば、東雲家、鼬鼠家としての役目である。
「『家』の話だよ。大したこっちゃねぇ」
家と言えば、必然的に六家を意味し、それは彼等にも伝わる話だ。だが、二人は鋭児と違い、東雲家に仕える事が決まった訳ではない。
鼬鼠が友人である以上、彼等も恐らくそうなるのだろうが、現時点ではそれ以上鼬鼠に聞くことは何もない。
だが、それでも二人は視線を合わせ、それを詮索したそうにしている。
「で、お前等順位どうなんだ?」
鼬鼠は当然二年のw1。つまり二年風組の一位である。
「まぁ、オレが八位で秋村が九位です……」
「ふん……」
一見鼬鼠は無関心な返事を返している。一組に属しているので全く問題無い話なのだが、この話で尤も問題なのは、その成績そのものは、夏休み前に解っていることであり、今さらそれを聞く鼬鼠の無関心さが尤も酷いと言えた。
しかしそうではなく、彼等が同じクラスに居るのだから問題無いという程度の話なのだ。だから鼬鼠は順位を気にしていなかったが、二人にとってはそうではないのだ。
「そ、そういえば鼬鼠さん、最近あんまり暴れてねぇなって……」
秋村がここ最近の鼬鼠は、妙に大人しいと言いたいのだ。静音の件を含めて、それまでは、肩で風を切って歩いているイメージで、周囲に一目置かれていたといってよかった。
自分達二人も、その取り巻きとしての自負があったが、それが最近失われつつある。鼬鼠が情に厚いわけでも、仲間思いと言いがたいというのは、この二人も承知の事実だ。
会話が途切れ掛かったのを嫌って乾風が、一言そう切り出した。
「ああ?ああ……」
確かにそう言われれば、そうだと鼬鼠も思った。正直それどころでは無かったことも多いし、正直そんなことはどうでも言いようになっていた。
「そういや、あんま同じ組の奴ともやってねぇな」
鼬鼠のイメージからして、余り下位の者から挑むことは無かった。鋭児の件も含め、ある意味手加減を知らないのが鼬鼠だ。
勿論本人なりに、加減はしているのだが、彼も尖った部分が表に出やすいため、対戦相手が大けがをすることなど、しばしばなのである。
そんな鼬鼠が、鋭児意外と日常的に勝負をするとなると、ほぼ同レベルの異属性の者達か、風雅の所に出向くかという選択肢になりがちである。
そういえば、目の前の二人も余り自分と連む割には、腕試しをしてこようとはしない。
実力差の判断が付かないものが、勝負を挑んで怪我をするのは、其奴が未熟だからだと鼬鼠は思っている。自分が風雅の所へ出向くのもそう言う覚悟があるからだが、それは鼬鼠の覚悟であり、風雅の判断ではない。
「ちょっと、闘技場でやるか?どうせ誰も使ってねぇだろ」
そう言いつつ、そこを使ったのは、囲炉裏と緋口であるが、そういう一寸したイベント事に使われることもしばしばなのである。
闘技場で誰かが何かやると言えば、野次馬が挙ってそれを見に来るのは、この学園の風物詩とも言える。
「い、いやぁ。俺たちも今日のノルマ熟してますし、俺たちと鼬鼠さんじゃぁ……」
二人は揃って、遠慮がちにそれを拒絶するのだった。
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