第1章 第6部 最終話

 道中。

 「悪い子だな……」

 「叔父様も、言えませんわ」

 アリスと秋仁は、特に互いに警戒心もなくただ、並んでそんな所から会話を始めるのである。

 要するに互いに何か思い当たる節があり、そうしたと言いたいのだ。

 「叔父様は、鋭児が能力者であることを知ってらしたのね?」

 「まぁ……な。弱小家系とは言え、これでも長く続いている家だ」

 「隠してらっしゃるんですね」

 「やめたんだよ。兄貴もそのつもりでいたんだが……だが兄貴は事故でな。鋭児から聞いただろ?」

 「知っています」

 「それで、鋭児は矢張り相当なのか?」

 「そうですね。来年には、六皇です」

 「まさか黒野の家から六皇が出るとはね。まぁ茜さんの家系だろうが……ああ、茜さんてのは……」

 「鋭児の母親ですね。存じています」

 「鳳家は、先々代の頃……だったかな。逃れるように黒野の家に身を潜めていたんだ。俺たちは、里を出ていたが、兄貴はまだあっちの仕事をしていたし。何か色々あったみたいだが……なんせ爺様の代の話だからな」

 秋仁は面食らったように、苦々しい顔をしながら、アリスと会話を進めつつ歩を進める。そしてアリスが並んでいる。

 「君は?いったい何者だい?黒野の家にしては、力が強すぎる」

 「それは美箏もです。気をつけて置いてあげてください」

 そう言うと、秋仁は足を止める。それは彼の知らない事である。勿論美箏は自分の血を継いでいるのだから、能力があることは知っているし、実は暗示でそれを押さえ込んでいる――――というより、失念させているのだ。

 ただ、アリスのその一言があるまで、彼女がそこまでの存在であると言うことは、秋仁には解っていなかった。黒野家は下級の一族であり、アリスのように先見を見通す力など無いのだ。

 ただ、幼子であった美箏に対して、術を施すのは容易いことであり、実は鋭児が平凡な少年に育ったのも、黒野家の仕事だったのだ。

 つまり鋭児は学園に来るまで、自分が能力者であるという感覚を失念していたに過ぎないのだ。ただ、鋭児は炎系の能力者であり、それも相まって、非常に高い身体能力を持っている。

 彼が格闘や喧嘩が強いという部分は、なにも彼の訓練の賜だというわけではないのである。

 「あと、鋭児に対してもっと素直になるように……と」

 そう言って、すっと秋仁の前に一歩前に出たアリスの後ろ姿は、何とも悪戯な笑みを浮かべており、それは彼女の後ろ姿にもよく現れている。

 美箏と鋭児を二人で向かわせたのは、なにも人払いをしたかっただけではないのだ。

 「おいおい。すでに、二人も彼女を連れてくるような男に、美箏をやれるか」

 「いえ、三人ですよ?」

 「え!?は?」

 「しかもあの子より五つ年上女性です」

 「何やってるんだ……鋭児の奴は……まさかあのぶっきらぼうな奴が……」

 秋仁はそれに滅入ってしまうのである。美箏の気持ちは知っているし、彼女がどうしたいのかは、彼女に任せるつもりでいるが、流石に文恵の手前、あからさまにそれを応援も出来ない。くわえて、焔も吹雪も、可成りの美人とくれば、応援されたところで、美箏にかかるプレッシャーは、相当なものとなるはずだ。

 「仕方がありません。あの子は鳳凰を背負っているんですから」

 「そんなに……なのか……」

 それで鋭児がどれほどの能力者になっているのか、秋仁も漸く理解するのである。だとすれば、彼の血を欲しがる者も多く出てくるだろう。

 「鋭児は、ハーレム天国を作る男になるのです。私を含めて……」

 アリスはそう言ってまた話を茶化しにかかる。そして若干耳を赤くしている。本来の彼女はこう言う茶目っ気のある人間なのだと、秋仁にも解る。

 「何れ鳳家が、黒野の里に身を移すことになった理由も、お聞きしなければなりませんね」

 「まぁ……それは、なんだ。オレ等の世代では解らんから、里の爺様達に聞いてくれ。君の母さんがどうして、黒野の里に逃れることになったのかも……ね」

 「はい……あ……コホン」

 アリスはしまったとおもった。完全に不用意な返事をしてしまったのだと思った。

 「それも何れ、鋭児に説明してやってくれ」

 「…………」

 アリスは閉口したが、それは返事をしたのと同じであると、彼女も十分理解している。

 「ダメです。あの子のハーレムに入るんです」

 そう言って、訳の分からない言い訳をするアリスだったが、そこまで溺愛しているのかと、秋仁は苦笑するしかなかった。

 

 アリスが何故鋭児に近しい者として認識されないのか、また何故彼女が黒野家に一枚の写真も残していないのか?などはこの時深くは語られなかった。ただこうして彼女が自分達の前に顔を出し、自分達の事に詮索するというのは、満更自分達に関係のないことではないのだろうと秋仁は思った。

 そして、美箏の事も気に掛けておかなくてはならないと言うことを知る。

 「困ったら電話をください」

 と、アリスは秋仁と連絡先を交換することとなる。

 秋仁とアリスはそこで別れ、アリスは鋭児の家に戻ることにする。ただしそれは数時間ほど時間を潰した後のことだ。

 

 その後、鋭児達は自分の家と美箏の家を行ったり来たりと、何となく自堕落な生活を送っていた。特に朝食を美箏の家で食べ、その後美箏が鋭児について彼の家に行くという事が多く、アリスは文恵に料理を教わるというそんな様子で、文恵は何よりこうして人と関わる事が好きなのだと、アリスは知る。

 そして正月の三日目の夜。

 翌朝には自分達も学園に帰らなければならないと思っていた夜のことであった。

 美箏の家で夕食を終え、鋭児達は居間でのんびりと過ごしていた時のことである。

 「あれ……重吾さん?」

 鋭児の携帯電話が鳴る。それはメールではなく通話での着信だった。

 「どうしたんすか?確か、不知火の……え?」

 鋭児の血相が変わる。

 「鋭児……くん?」

 真っ青にリ放心状態になった鋭児の顔を美箏がのぞき込む。

 「おい黒野!聞いてるのか!?」

 重吾の声が、通話口からも出ているが美箏にも聞こえる。

 「もし……もし?」

 代わりにアリスが出るのだ。

 「はい。はい……解ったわ。鋭児に伝えておく。私も同行しますが?はい」

 「どうしたんだ?」

 秋仁が、防戦自室の鋭児の代わりに、アリスにそれを尋ねる。

 「焔が倒れたそうです。今は小康状態で、様態は安定してるそうです」

 「焔サンが……って、なんだよそれ……」

 鋭児は、急に祭での籤を思い出す。大切なモノを失う暗示が、そこには書き記されていた。まさかそれが焔なのかと、不吉な思いしか脳裏に過らなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る