第1章 第5部 第24話
その間にも、磨熊の拳を必死で躱し続ける神楽であったが、その速く重い拳に苦しめられていることには変わりなかった。
誰もが良く躱し続けていると思ったその瞬間、磨熊が終の一撃を決めてやろうと、大振りを決め込むのである。
そろそろ神楽のスタミナが付き、動きが鈍ったと、誰もが判断した瞬間でもあったのだ。
「単細胞はそう来ると思っていた!」
神楽は大振りされた拳をするりと躱し、回し蹴りで磨熊のこめかみを狙う。
拳の外側から周り込むように、狙いを済ませたその足を、磨熊は寸前で躱し身を引くが、頬にはきっちりと、裂傷が走る。
豪快に拳を振り回せるのは、きっちりとした踏み込みがあってのことで、引きながらでは、その力も半減してしまう。
神楽は次々に剣を振るうようにして、足技を繰り出す。
リーチでは圧倒的に磨熊には勝てないが、身の軽い彼女は、運動量と変則的な動きで磨熊を翻弄し始める。
頑強な肉体を誇る磨熊でも、神楽の足技は厄介らしく、一つまた一つと切り傷を増やしていくのである。
思わぬ番狂わせがくるのか?と誰もが思う。
だが気がついている者は気がついている。磨熊を倒すには、場外にたたき出すか、彼をノックダウンさせるほどの、技を繰り出すかしかない。
そして、その瞬間がやってくる。
神楽は一発に二発と、磨熊の拳をこじ開けて、完全に彼の懐を開ききるのである。
「もらったぁ!」
神楽は一瞬にして、磨熊の懐に潜り込み、彼の腰に食らいつき、一気に押し始めるのだ。
まるで小兵が横綱を押し切るかのように、実に豪快な押し込みだった。
派手さはないが、磨熊攻略の糸口を見つけた瞬間に、不知火老人も思わず拳を作るのだ。
だがしかし、本当にあと僅かだったのだ。
磨熊の踵が舞台の袖の外に出るか出ないかのところで、神楽の進撃はといってしまう。
「う……ごけぇ!!」
「ふぅ……残念だったな」
あと一歩だった、面食らった磨熊だったが、それが彼女の燃料切れである事を理解した。
「くぅ!!っそぉ!」
抑も体重差がある両者では無理がある話だった。俵こそないが、磨熊の足腰は十分に彼女の寄り切りを吸収し力を蓄えている。
「それに、派手さが欠ける。試合映えせんぞ?それは……」
「はぁはぁ……」
磨熊は考えてしまうのだ。
庵野のように、派手に張り倒してしまえば、今の神楽では壁に直撃して潰れてしまうだろうし、抑も殴った衝撃で、再起不能になってしまうかもしれない。
かといって、負けてやるにしても、神楽に次の試合を戦う体力はもう残っていないのだ。
磨熊に勝つという目的だけのその技は、彼女が優勝をさらうには、ほど遠い目的だ。
「よっ……と」
決めかねた磨熊は、神楽の両脇を抱えて、まるで相撲で子共をあしらうようにして、舞台の袖に下ろしてしまったのだ。
「あ…………あ!あんた、今胸触った!?触ったよね!?」
神楽は、両腕で胸を押さえて、顔を真っ赤にする。
「ああ?そうか……いや。スマンスマン」
手の大きい磨熊が、神楽の体を掴んだとき、意図せず触れてしまっただけだったのだが、磨熊は全くそれを想定もしておらず、しかも全く無関心だった。
「殺す!絶対殺す!!」
「あ~解った解った。次を楽しみにしているよ」
そして、相手にする様子も無く、舞台の反対側に去って行くのであった。
不謹慎ではあるが、意図せず笑いを生んでしまうのである。磨熊はある意味戦闘馬鹿とでもいえる性格だった。そう言う意味でなんとなく、焔に近い物があった。
不知火老人も、これには思わず、ぷっと吹き出してしまうし、蛇草もやれやれといった表情をしてしまう。女子としては複雑だが、抑も同じ舞台に立つ異常何らかのハプニングはつきもので、当人もそれは覚悟の上である。
尤も恋的な破廉恥行為は、厳重処罰であるが、今回の磨熊のケースは、本当にどうしようも無い。ただ、磨熊は舞台下で、審判に厳重注意され、大きな背を丸めて、唯々謝っているのだった。
しばらく鋭児の試合が、始まることになる。
準決勝第二試合となるこの試合は、岩見高誠という、地属性の術者との戦いとなる。
一見して、磨熊の方が遙かに地属性の術者では無いのか?と思えるほどの体格で、彼は地属性の戦士にしては、どちらかというと細身である。非常にスラリと背の高い彼は、二メートル近い身長であり、そういった意味では磨熊と近いものがあるが、体の厚みは、全く異なる。
そして、闘志を剥き出しにしたような磨熊とは対照的に、非常に物静かで、読書をしていたほうが似合いそうな、二枚目である。
「リーチなげぇな……」
だが、鋭児の第一印象はそれだった。
彼が大地の属性であるのは、艶やかに黒みがかった碧色の髪色から解ることだ。
黒い髪が属性やけを起こして、碧色になっているのではない。光の反射でそう見えるのだ。
日本人である彼の頭髪が黒いのは当たり前なのだが、静音のように、少しずつ属性やけを起こしている者の頭髪なら、房がその色に染まるか、鋭児のように、毛先からか、或いは根元からそう言う変化を見せるのだが、彼のそれは明らかに違う。
だとすると、彼は地属性の他に、闇属性を従えているのだと解る。
しかもその割合は相当に高い者だと言うことが解るのだ。
これは、散々レクチャーされれたことであるため、鋭児もすぐに気がつくことが出来る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます