第1章 第5部 第21話

 「試合後!オレが勝ったら、レクチャーとか頼めますか!」

 唐突に試合中にこんなことを言い出す鋭児に対して、大河は目が点になるが、それが純粋な鋭児の気持ちから来ているのだと思うと、なんとも向学心に満ちた学生らしいと、微笑ましく思った大河は、またもや笑みを零さずにはいられない。

 「いいよ!座学だけね!」

 「はい。んじゃ!」

 鋭児は一気に大河の近くにまで寄る。だが、側にこそくるが、決して大河を直接殴りに行くことはしない。

 蓮の花の周りを一度ぐるりと回りながら、次々に印を描きながら近距離をぐるりと回るのだが、それは印を描くというよりか、空間にスタンプを押すように次々と押す。

 鋭児のあまりの速さに、大河は大きく足を振り回し、回し蹴りをして、花弁に気を送る。

 水の刃となり周囲に飛び散るが、それでも鋭児の速度に追いつかず、鋭児は大河よりも一週早く動きもう一度、大気中に六芒星を押し、走りながら次々とそれを叩きに掛かる。

 一人で自分を囲い込んでしまう、鋭児の全速力は異常で、しかもそれほどの速度を出しながら、膨らむこと最短距離を走り続ける鋭児は、正直異常だと思った。

 炎の能力者といえど、その体幹の強さは、常軌を逸している。

 ただ、打ち込まれる火炎弾そのものの、威力は差ほど大きいわけではない。花弁に次々と打ち込まれこそするが、大河に届く事は無く、相殺され水蒸気となり、それが周囲に立ちこめるだけだ。

 大河は下手に動く事をやめた。

 鋭児に付き合いグルグルと回ると、目を回しかねないからだ。

 方向感覚を狂わせることが、何より致命的なミスを生むと思い、神経をとがらせ彼の攻撃する方向だけに意識を集中させる。

 やがて諄いほど打ち込まれた火炎弾により、周囲は水蒸気に包まれてしまい、大河の視界はすっかり塞がれてしまう。

 だが彼は鉄壁の防御に包まれており、一番内側の花弁を、より自分に近づけ、死角となりかねない上空からの攻撃に備える。

 「紅蓮獄炎沼くれないれんごくえんしょう!!」

 やがて完全に視界を塞がれた大河の耳に、鋭児の声が届く。

 それと同時に床が紅く光り出し、熱量が急激に上がり始める。大河は瞬間に危機を感じ、全ての花弁を自分に寄せる。

 そして、次に大河が眼前を防御していた両腕の隙間から、その情景を確認するが、それはまさに炎獄の世界であり、舞台全体が煮えたぎっているのだ。

 大河を包んでいた花弁は、全て蒸発してしまっており、衣服でさえ、熱で燻り焼け焦げた匂いを放っている。

 「火中栗火鉢!」

 瞬時に鋭児が眼前に迫り、隙だらけの鳩尾に、鋭児の掌底が入る。

 瞬間的に高められた気の力で、舞台中央から弾き出された大河は舞台上から弾き出され、床に背を付ける直前で、ふわりと体を浮かせる。

 そして、焼けただれた舞台の中央で、唯一自分が立って居た安全地帯に、鋭児が立って居る。

 だた、大きく肩で息をしており、可成りの消耗を強いられているのが解る。

 それでも、舞台の外に弾き出された大河の負けは確かであり、鋭児の獄炎から逃れた審判が、舞台外から鋭児勝利の宣言をする。

 「なんて……力業だ……」

 大河は鋭児のポテンシャルを知る。それが内に秘められた気の総量であり、つまり器の差というものだ。

 それは決して大河が劣るというものではないのが、規格外とはよくいったものだ。

 舞台の外で、納得の笑みを浮かべる。

 「やれやれ……、後で控え室に行くから待ってろ!」

 「はい!」

 鋭児は、舞台中央から、退場口の方へと飛び降り、そこを去るのだった。

 「二回戦への余力なんて、残してる場合じゃ無かったかな」

 負けは負けであると納得して、大河もその場を去るのであった。

 

 ほんの十分ほどの後のことだ。

 大河は鋭児の控え室に向かう事にする。本来は選手同士の接触は試合後まで禁じられているのだが、大河にはそれが出来た。そしてそれだけの理由があるのだ。

 「入るぞ」

 大河が、鋭児の控え室に入ると、其処にあったのは、鋭児の膝の上に座って、彼の首に凭れかかっている千霧の姿である。

 「え?なに?お前女連れ!?チャラ男の事言えないじゃん」

 大河は呆れかえってものも言えなくなるが、千霧の様子が余り良くないことにはすぐ気がつく。

 鋭児は千霧の治療をするために、彼女に気を送っているのだが、鋭児は治療の専門家ではない。焔の真似事をしているだけだ。

 ただそうして気を受けている千霧は少し気怠そうにしているものの、表情自体は和らいでいる。

 「うわぁ。アレをマトモに受けたのかよ。その人風の術者だろ?無茶するよな」

 煌壮は子共といえど、このトーナメントに名を連ねようとしただけの能力者であることには間違いないのだ。

 「で?レクチャーって?チャラオ攻略?」

 「ああ……それは、多分来年以降かも……。オレ焔さんに、炎皇継げって言われてて……じゃなくて、そのどうも呪術の見分けが上手く出来なくて」

 「ああ……お前まだあんまり、ちゃんと気を見分けることって出来ないだろ?」

 「最近。解るようになってきて」

 「まぁ……そればっかりは、焦っても仕方ねぇよ。視力と一緒みたいな所もあるし」

 「そう……なんですか?」

 「解ってて、言われても出来ない事ってあるだろ?」

 大河はクスリと笑う。

 「まぁ周りがお前に何も言わないのは、二択あって、教えないヤツと、さっき言った通りさ。お前の熟練度が上がれば、解るようにもなるし、磨熊みたいな力馬鹿には……と、コレは禁止事項だな」

 言いたいことは解る。繊細な部分でもあり、大雑把な見極めしか出来ない者もいるということであるが、それを力業で封じる事も出来るということは、先ほど鋭児が示したとおりである。

 「彼女。帰した方がいいんじゃないのか?」

 「ええ。でも、オレの試合全部見るまで帰らないって突っぱねて……」

 「うわぁ。愛されてるねぇ。付き合い長いの?」

 「いや……。今日併せて数回です」

 「へぇ……」

 何故千霧がそこまで自分に拘るのか、理解出来ておらず、ただ彼女の強情さに対して、どうすることも出来ず戸惑っている鋭児がそこにいる。

 しかも、それが愛情を含んでいることは、多分にある。

 「鳳輪脚……浜辺であの大技を見たとき、虜にされてしまったのですよ」

 千霧は寝言のように呟く。

 「蛇草姉様が認めた方がどのような方なのかと思い、拝見させて頂きましたが、朝日を背にしても尚優美に舞う高く舞う鳳凰の舞は、とても美しかった。そして、技に対して真っ直ぐな貴方の眼差し……、見惚れずにはいられませんよ」

 すり寄る千霧に、鋭児は顔を真っ赤にしてしまう。そしてこうして鋭児に治療を受けているのだ、彼女にとっては痛みがあっても、それは至福の時なのだ。

 「蛇草さん……か。オレも誘われたけど……ね」

 それは、自分も見初められたうちの一人であると言いたいが、千霧の印象はない。

 「じゃぁ?」

 「ああ、いやオレは、不知火家の闘士だよ。オレもこっちの方が好きだし」

 「ああ……」

 「それに、あのチャラ男と同じ道ってのも……ね」

 そう言うと、大河は少々苦い顔をする。

 「にしても、彼女チョロすぎでしょ」

 今度は呆れて、ケタケタと笑い始める。二人で風雅をチャラ男呼ばわりこそしているが、こうして見てみると、大河も先ほどの渋い表情とは違い、軽い笑いをする男だと、鋭児は思ってしまう。性格が真逆でそりが合わないというわけではなさそうである。

 だとすると、二人が距離を置く理由としては、劣等感からだろうが、鋭児は大河が弱いとは思わなかった。

 鋭児はそれを聞いたわけでは無かったが、大河は力を温存しているというその一言に尽きる。

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