第1章 第5部 第22話

 半日もかけないトーナメントで、しかも各個総量の決まっている気を使った戦いで、一戦に全力を出し切るという訳にもいかない。

 鋭児以外は、ほぼほぼ互いの実力を理解しており、大凡誰が決勝に姿を現すのかを理解している。全力を出すとすれば、その対象と対面したときだ。

 そんな大河が、風雅に対して劣等感を抱くというのなら、それは僅差ではなく、決定的な何かがあるのだろう。

 「で?レクチャーって、水属性のこと?」

 「はい。勝てはするけど、何時も相手のペースで戦ってる気がして……」

 「ああ。まぁ地系は解りやすいからね。同じ守備的布陣でも。それから見ると、水系は堅守でありながら、攻撃も多用だから。こっちで強くても、どうにもならない相手ってのは、確かかな」

 大河は、拳をすっと突き出して、格闘戦が好きな相手からみれば、やりづらい相手であるのは、間違い無いと言いたいのだ。

 特に炎系の能力者は格闘戦を得意とし、肉体との親和性が高いため、その傾向に走りがちである。

 「こっちからもいい?」

 今度は、大河からの質問となる。

 「はい」

 何が来るのか?と鋭児は身構える。鋭児としては、それ相応の事を訊ねたつもりだったため、それ相応の覚悟をした。

 「最後のあれ……なに?」

 大河はそう言って、風雅に似た軽い笑みを浮かべながら、鋭児の技について訊ねる。

 「ああ、紅蓮獄炎沼ですか?」

 「いや、そっちじゃなくってさ」

 「え?ああ」

 大河が聞きたいのは、火中栗火鉢のことである。

 鋭児は、技の説明をしようとした時だった。

 「じゃなくって。地味すぎでしょ」

 そう言って、大河はケラケラと笑い出すのである。

 「ああ」

 確かにぱっと見て、掌底を当てて吹き飛ばしたようにしか見えない。

 「やめてよね。ギャラリーは、ド派手なのが好きで。アレじゃボクが弱いみたいに見えるし」

 そう言って笑うのをやめない。勿論そんな訳がないというのは、技を受けた大河がよく理解している。ただ、それを見ている人種というのは、ショーを見たいのであって、劇的な試合を望んでいるのだ。

 戦っている方は、好きで戦っているのだが、求められているのはそういう展開ではないのである。

 ひとしきり笑い終えると、膝頭を押さえて、勢いを付けて立ち上がる。

 「で?水に拘るってことは、現氷皇にでも挑む訳?」

 「ああ。いや、一寸気になって……ね」

 「ふぅん。まぁ元氷皇から言わせて貰うとさ。アレは規格外だから、今日のは参考にならないよ」

 そう言って、手を振って鋭児の部屋を出て行く、氷河だった。

 「まぁお前も十分規格外だけどな」

 扉をでて、そう呟き、彼はそこを去るのだった。

 元氷皇ということは、彼は吹雪と全力で闘うか、継承を受けた結果なのだろうと鋭児は思った。しかし、吹雪の話からは、彼の事が出てこない。そして規格外と言わしめるのであるのなら、吹雪がその地位を勝ち取ったのだろう。

 「元氷皇……か」

 鋭児は、彼等はトーナメントを戦っているが、それは一生に一回のみの戦いを繰り広げているわけではなく、度々このようなショーを繰り広げているのだ。

 よって、鋭児のように逐一全力を出さないというのが常識になっているのだが、それは鋭児には分からない事実である。

 そう言う意味で、鋭児は先ほどの戦いに、勝ち抜いたという実感はあまりなかった。

 だからといって手を抜いているわけではないというのも確かだ。

 

 焔が言っていたボーナスステージというものを終えなければ、ここから帰るわけにはいかないが、なんだか妙な情報量が増えたような気がした鋭児だった。

 鋭児が舞台をメチャクチャにしてしまったため、次に試合までは、少し時間が空くことになる。出場選手からすれば、さぞ迷惑なことであろうが、彼等の戦いでは、よくある事である。

 それにしても、舞台前面が焦土のようになってしまうなどは、前代未聞の事である。

 空いている時間をその整理に立てることにするが――――。

 「鋭児さん……」

 鋭児は思わず、腕の中の千霧をギュッと強く抱きしめている状態だった。ただ、千霧は満更でもないようすである。

 「あ……済みません」

 吹雪もそうだが、千霧もこうして肩を抱いていると、なんだかしっくりときてしまうのであった。

 

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