第1章 第5部 第16話
「ふむぅ。見事じゃのぅ。見事じゃ!まだまだ荒削りであろうが、煌壮は優秀な子じゃ、何れは立派な闘士しとなろう!それを退けたお主は、何と末恐ろしい事か」
不知火老人は、拍手をしながら、観客席の最前列まで移動する。
鋭児も舞台を降り、不知火老人の側にまで近寄る。
「どうじゃ?お主。明日は、煌壮の代わりに、トーナメントに出て見ぬか?」
鋭児は一瞬言葉を詰まらせるが、蛇草の方を見ると彼女は一つ頷く。ここは不知火老人の茶番に乗るしかないようだ。
「解りました」
鋭児はそれだけの返事をする。
本当は焔の事を聞きたかったが、それにはまだタイミングが早すぎることを悟ったのだ。ただ、飲み込んだ言葉が、喉の奥で重みを増して胸が苦しい。
煌壮が舞台袖に下がり、通路を行くと、そこには腕組みをした焔が、壁に寄りかかり、彼女を待ち構えてるのだった。
「よう中坊。オレの鋭児は強いだろ?」
可成り自分の所有物のような言い回しをする焔に、煌壮は反抗的な視線を向ける。
「試合にも出ないで、一番のお気に入りは、いい身分だ事ね!」
「まぁみてなって。明日……いや明後日かな。いいもん見せてやっからよ。それより……」
焔はシミの出来た煌壮のスパッツを指指す。
恥を掻かされた煌壮は、真っ赤な顔をしながら、両脇を抱えられながら、その場を去るのだった。
それから少し時間が流れる。
「クソ!クソ!クソ!」
煌壮はシャワーを浴びながら、これでもかというくらいに、ボディーソープで泡だらけになったスポンジで体を洗う。
焔は確かに群を抜いて強いが、自分もその辺にいる闘士よりは強いという自負があった。事実彼女の能力は高かった。それでも鋭児に、いとも簡単に倒されてしまったのだ。
「あんな気も満足に纏えないやつに!」
それは、煌壮の大きな勘違いであったのだが、彼女は完全にそう思っている。
鋭児は彼女の攻撃を見切っており、彼女が優位であると思わせていただけなのだ。いわゆる互角かそれ以下かという、単純な演出だ。
それは、不知火老人から出されたお題である、闘士としての演出である。
初戦同士の戦いで、相手を見せ自分を見せ、そして勝つという、一つのシナリオだ。
この点に於いて、鋭児は煌壮の技を十分に引き出したとは言えないため、満点は得られなかったが、逆に言えば煌壮はその演出すらさせてもらえなかったという事になり、恥の上塗りとなってしまったのだ。
別室では、蛇草と不知火老人が、酒を嗜んでいた。
「煌壮は、まぁ優秀な子ではあるのだが、如何せん必要以上に強さに拘っておってのぉ」
どうやら、それに鋭児を利用させて貰ったと言った所だった。煌壮は舞台での場数を積まず、電撃的なデビューを望んだのだ。
「それで、急遽お招き頂けることになったのですね?」
「ふむぅ。まぁ焔ちゃんの後釜とされるあの子の実力も見ておきたかったしのぉ。しかし蛇草ちゃんに取られてしまうとはのぉ」
不知火老人は、大層に残念がるのであった。
不知火家は、炎を司る家系である。それ故に矢張り自らの最上級の闘士となれば、矢張りその象徴である炎の闘士であってほしいのだ。
それを出し抜かれたことは、自分達の目利きの甘さからの事なのだが、さらりと奪取してしまう蛇草に、関心もしている。
「偶然ですけどね、翔も興味を持ったみたいですし。あの子の目も満更ではありません」
「蛇草ちゃんだから、まぁ許すんじゃぞ?」
「フフ。有り難う存じます」
少々チクチクとした、やり取りであったが、それはそれで楽しんで居る二人であった。
「今日は、埋め合わせとして、朝までお付き合いさせて頂きます」
蛇草は、空になったグラスを不知火老人にそっと差し出すのであった。
鋭児はベッドで眠っていた。抑も学校での試合の後で、更にこの試合である。負担が無いわけではないのだ。よって、早く眠ることを勧められたのだ。そしてその相手は、千霧である。
ベッド傍らに置かれた椅子に、腰を掛けた千霧は、静けさの中、シェードランプに灯された明かりを頼りに書物を読んでいた。
そして本来、蛇草の側にいるべき彼女がそうしているのには、理由があったのだ。
実は鋭児が、試合に出る直前、彼女だけが残っていたときに、焔が現れ、鋭児の事を頼まれたのだ。彼女は一晩鋭児の護衛を務めることとなる。
誰もが寝静まった夜更けに、その要因が現れる。
上手く気配を殺しているようだが、千霧の張り巡らせた風の結界はすぐにそれを捉えるのだ。
可成りの手練れで無ければ気がつかないほどの、薄くきめ細やかな結界は、磨き上げられた能力者の証でもある。
逆に言えば、それに気がつかない者は、矢張り未熟者と言えた。
千霧は、本を閉じ扉の前に立つ。
「無粋なことはお止めなさい」
ただ一言忠告するのである。
そして、悟られた相手はゆっくりと扉を押し開ける。
自分がミスを犯したことに気が尽つき、逃げることを諦めたといった様子だった。
扉の前に立っていたのは、あの煌壮である。
「腕の一本でもへし折ってやろうかとおもったのに……」
彼女は先ほどの敗北をよほど根に持っているようだ。千霧を睨み上げるその表情がなんとも妬ましさに歪んでいる。
眉間に皺を寄せ、食いしばった奥歯の奥から、歯ぎしり音が今にも聞こえてきそうである。
「鋭児さんは、疲れているのです。貴女と戦う前に、すでに学園で何戦も熟しているのですから」
それを聞かされ、彼女は尚厳しく千霧を睨み上げる。
「そう……ですね。技術は兎も角、恐らく鋭児さんの現段階での素質は、私と同等とみても問題ないと思いますが……」
「何が言いたいわけ?」
「世間知らずなお子様には、少々お仕置きが必要だと言っているのです」
千霧は静かな表情のまま、上から見下ろし見下すようにして、煌壮に一瞥をくれるのであった。
これに対して、煌壮は完全に切れてしまう。
「はぁ、何言ってんの?オバサン!」
千霧は、子供の安い挑発に眉一つ動かさない。ただ、大人に対する礼儀を明らかに欠いているし、言えば千霧は去年成人したばかりである。
確かに彼女の同年代と比べれば、その力は秀でているだろうし、そこの自信を持つのも良いだろう。
ただ、その不遜な態度が目に余りすぎる。加えて、仕返しに闇討ちなど言語道断である。
確かに一流であれば、彼女が近づいた気配に感づき目を覚ますし、そのあたりに鋭児の未熟さが垣間見え、彼女が自分の負けを認めたがらない理由の一つになりはするのだ。
現に、鋭児は昏々と眠り続けている。
「暴れたりないのであれば、手ほどきを致しますが?」
それでも、千霧は騒ぎすぎたと、声を沈めて、鋭児を気にしながら、廊下へと一歩出るのであった。
「良いわ。言っとくけど試合用の戦い方はしないからね?」
そう、闘士は見せる戦いをしなければ成らない。だから、鋭児に付け入る隙を与えたのだと言いたいのだ。しかしそれは鋭児も同じではなかったのかと、千霧は言いたかったが、あえてそれに対して口を開くことは無かった。
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