第1章 第1部 第17話

 煌壮と千霧は、先ほど鋭児と彼女が戦っていた闘技場へとやってくる。

 観客もいなければ審判もいない、ただ舞台だけが二人を迎え入れる。

 「いつでも良いですよ」

 千霧は、特に構えることも無く静かに、佇んでいるだけだった。

 「それは……どうも!」

 これは闘士の戦いではないと、宣告したはずだ。煌壮は、瞬時に最高速で千霧との間合いを詰め炎を棚引かせながら、千霧に殴りかかる。

 彼女はとっさにガードをするが、その上からでも、体幹を揺るがす打撃力は、流石に炎属性の持つ、肉体との親和性と言った所だろう。

 華奢な少女の外観からは、想像出来ないほどの攻撃力である。

 「ホラホラホラ!お高くとまっておいて、その程度ですか!オバサン!」

 矢張り自分に勝てる者などそう居るはずがないと、煌壮は確信する。そして千霧は言われるがまま防戦一方となる。

 そしてそんな千霧に対して、彼女は渾身の一撃を見舞うのだった。

 千霧は吹き飛ばされ、舞台に背中をつきそうになるが、宙返りをすると同時に右手を着き、体を一捻りして、体制を整える。

 その隙を煌壮は見逃さない、彼女はすでに、眼前に六芒星を描き、千霧が立ち直る瞬間を見計らって、そこに有りっ丈の拳を叩き込む。

 技名は口にしなかった。これは実戦であり、演舞でも闘技でもない。

 千霧の足が、舞台袖ギリギリで止まる。彼女が完全に追い込まれた状況に対して、煌壮は攻撃を緩めることはない。千霧が上下左右に逃げることが出来ないように、適度に火炎弾を散らしながら、行動範囲を限定しているのだ。

 やがて、煌壮の描いていた星が燃え尽き消えようとした刹那。彼女は更に火力をそこに追加し、二重の星が重複する状況を作り上げ、自らをそこに投じ一気に駆け抜け、前方への倒立回転から、捻りを加え、空中でもう一つ体を捻り、千霧のガードの上から踵落としを決める。

 「龍尾の鉄槌!」

 そこは彼女が闘士であるという自負なのか、ここに来て技名を口にする。

 確かに強烈な一撃であり、千霧の両腕から、ミシリと骨の軋む音がするのである。

 舞台袖に蹌踉めく千霧。

 勝利を確信した煌壮の勝者の笑み。

 

 だがその瞬間、舞台袖から、ふらりと千霧の姿が消えるのであった。

 煌壮は、慌てて着地を決め、必然と後ろを振り返る。

 そして、彼女の予想通り、そこには千霧が立っており、彼女は力なく両腕をダラリと垂れ下げている。

 一瞬ヒヤリとした煌壮だったが、彼女の腕の軋みは、間違い無く両腕を壊した音だと理解し、安堵に浸る。

 「そういうのを、慢心というのです」

 静かな声だったが、千霧は素早く両腕を肩の高さにまで、手のひらを外に向け、一歩前に踏み出し、その両腕をまるで大形の鳥が飛び立つがごとく、力強い一振りをする。

 「鶴翼旋刃!!」

 千霧の咆哮と同時に、凄まじいほどの無数の刃が、暴風の如く煌壮を襲い、切り刻み、彼女を舞台袖から突き落とす。

 「雷神拳!!」

 次に千霧の体中が放電し、光ると同時に、煌壮とは比べものにならないほどの重厚な速度をもって、舞台の外で背中をついて仰向けになっている煌壮が立ち上がる暇を与えることなく、その頭上に拳を叩き着ける。

 細くスラリとした千霧からは、想像出来ないほどの破壊力で、床が放射状にへこみ、破砕した亀裂が無数に走るのであった。

 そんな千霧の体中は青白く帯電し光り、長い髪も逆立ち、まさに雷神の如く煌壮を厳しく睨み付ける。

 「そ……んな!そんな砕けた腕で!!」

 「衛士とは。譬えその身が砕けようとも主を守る者。これしきの怪我は痛みにも遠いですよ、それより……」

 千霧がのその一言で、煌壮は気がついてしまう。彼女は再び敗北の儀式を行ってしまったことに。一晩に二度もである。

 「は……はわわわわ!」

 腰が砕けて、どうにも出来ず唯々慌てて、ジタバタとその場から逃げようとするが、身を返すこともままならない。

 「やれやれ、襁褓の取れない子供のお守りとは……にしても、不知火老人はあなたを甘やかしすぎですね」

 千霧は、煌壮の上をまたぎ、舞台袖へと歩き始めるが、それでも足下がフラつき、前に倒れそうになる。

 「なに……やってんすか……千霧さん」

 「教育……です」

 千霧を支えたのは鋭児だった。状況的に煌壮が何かをしてきたことは理解した。

 「起こしてしまい。申し訳ございません」

 「まぁ……」

 鋭児が目を覚ましたのは、間違い無く千霧の一撃である。だが、そんなことは気にとめることではない。千霧が両腕を力なく下げている事の方が問題である。

 「部屋に戻ろう」

 鋭児は、帯電している千霧の体を抱き上げ、部屋に戻るのだった。

 彼女が自分の為に怒りを発してくれたのだということは、その空気だけで解る。それだけで胸の奥が熱くなる。

 「鋭児さん……」

 「大丈夫。こんくらい。焔サンの蹴りの方がヤバイから」

 どちらかというと、内向きがちな鋭児だというのに、その笑みは可成り卑怯なほどに、爽やかで前向きだった。そんな鋭児の髪の毛も逆立っている。

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