第1章 第4部 第20話

 そんな、何となくある将来の青写真を語りながら、空港にまでたどり着き、焔のために用意されたプライベートジェットで、彼女は帰路につく。

 

 焔が、東雲家の保養地から離れて数時間後鋭児は目を覚ます。

 焔が先に帰ってしまうことは知っていたが、彼女は自分を起こさずに行ってしまったものだから、水くさいと随分思ったのだ。だが、そういうところもまた、焔らしいといえば焔らしいところである。

 そして、いくら腹を立てたところで、それを意に介さないのが焔であり、当に暖簾に腕押しといったところだ。軽くあしらわれて、黙り込まなければならないのは、鋭児の方である。

 それに、吹雪との時間もある、一端焔のことは隅に置いておき、彼女との時間を有意義に過ごすことにする。

 二人を大事にするという約束があり、鋭児自身何よりそれを今、一番大切にしたいと思っている。

 

 鋭児は思考が回転し始めると同時に、吹雪に連絡をいれる。とりあえずは、デートの待ち合わせ場所などの、相談だ。といっても、海が目の前なのだし、吹雪も自分の容姿の良さくらいは自覚している。そしてそれを鋭児に喜んでほしいと思っている。

 

 何をどうしなくてはいけないということは、もう何となく解る付き合いになる程度には、彼等の時間も進んでいる。

 勿論物理的に時間という意味も含まれているが、それよりも密度の高さのほうが、よりそうさせていると言ってよい。

 だから自ずと、そう決まってしまってしまうのだ。

 

 だが、特に水着に着替えたと言うわけではなく、二人は普段着のままである。といっても、吹雪はいつもより身ぎれいにしており、麗しい彼女がより麗しくなっており、鋭児は思わず見惚れてしまう。

 少し照れた吹雪が、それでも時間を惜しむようにして、鋭児の腕に絡み、催促するように一歩だけリードして歩く。

 当然鋭児は、その一歩にあわせて、自分から歩き出すのだ。

 吹雪は別にはしゃぎたいわけではない。鋭児と同じ時間を過ごしたいだけなのだ。その空間に自分達がいるということが大事なのだと思っている。

 だから、底でしか出来ない特別な何かは、特に求めたり追求したりはしない。かりに当てが外れたとしても、それはそれで楽しいのだ。

 

 歩いている間に、今から何をしようか?などと、二人で会話をする。

 

 といっても、一方的に吹雪があれこれ言っているようにも、見えなくはない。

 ただ、そうしている間に何と無しの予定が決まっていくのだ。

 まずは、軽く昼食を取ろう。ブランチとでもいうかなんというか、兎に角そんな感じであり、サンドイッチ好きな吹雪らしく、お昼はそう言うメニューになるのだ。

 スープなりサラダなりがつくと、それ相応にボリュームになるが、鋭児としてはなんと言うこともないし、食欲旺盛でないにしろ、吹雪とて、代謝の悪い方ではない。一通り食したところで、けろっとしている。

 昼食にしろショッピングにても、リゾート内にあるモールで全てが済んでしまうのだが、それでも、一つ一つをじっくりみたりしていると、決して狭い場所ではない。

 映画館なども有り、ロッカーに荷物を預けて、一呼吸置いたりする。

 やっていることは、何ら珍しくもない日常的なことなのだが、吹雪にしてもこういう時間を過ごすのは、本当に初めてなのだ。

 大好きな異性と旅行に出かけ、リラックスし、見知らぬ土地で時間を過ごすという、そんな日常が、彼女にとっては、新鮮そのものだった。

 手を握り合ったり肩を寄せ合ったり、温もりを感じあったりと、何となくありふれた時間が続く。自分達の関係は、そんな日常的なものより、もっと劇的なものが先に来てしまっているが、本来日常というものを知るはずの鋭児は、自分に必要なものが何なのかを改めて知る。

 吹雪だけでは無く、焔に対してもそうなのだが、やはりこのままこの学園内だけの世界に浸ってしまうのは、余りに不幸だと思うのだった。

 夕食は張り込んだディナーである。少々背伸びしたフレンチであり、鋭児の指先はぎこちないものだったが、その辺りは、吹雪がレクチャーしフォローしてくれる。

 将来、陰陽家に出入りする事になるであろう彼女は、その辺りのマナーも正しくあらねばならないのだ。別に吹雪がそのことに関して敏感になっているわけではないのだが、兎に角そういうところに、そつが無いのが吹雪であり、やはり焔とは実に対照的なのである。

 二人にはそれぞれの魅力があるのだ。

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