第1章 第4部 第10話
東雲新は、霞の部屋に入る。
彼の部屋では、すでにパーティーの用意がされており、霞は気兼ねなく、自室でゲスト達を待つことなく、すでにシャンパンなどを口にしている。
ただ、鯨飲などはしておらず、嗜みながら味わいながら、オードブルを楽しみながらといった様子である。
そして、その横には蛇草が座っており、霞のお酌をしているのだった。
「新」
随分年下の妹である新と抱擁を交わす霞には、あまり遺恨というものはない。行いに対しての処分はすでに下されており、それは不問という結果になっている。
抑も霞には、新を戒める気などないのである。
それは、美逆の存在を軽んじているわけではなく、彼に対しては霞なりに、誠実な対応をしているのだ。
「お兄様少しお酒が過ぎます」
すでに酒気の漂う霞に対して、新は注意を促す。
「良いじゃないか。バカンスなんだ。楽しもう」
少しだけ、目をとろりとさせながら、彼女の戒めを聞く様子がない。
新が迎え入れられてから、少しだけして、千霧を筆頭に鋭児達がやってくる。
「やぁ。やっとゲストが揃ったわけだ」
霞は、まず千霧を通し、それから鋭児達と握手をする。
「はぁ……」
と、ため息をついているのは、日がな一日霞のボディーガードをしていた鼬鼠だ。あまり賑やかなのは得意ではないし、じゃれ合う気のない鼬鼠にとって、コレはイライラのタネでもある。だが、それを押さえなければならない。今日はそれが仕事だ。
新は鼬鼠の横に座る。
彼の座れそうな席が其処しかなかったためである。
新は鼬鼠に対して、離席などを促さない。そもそも、霞が其処に座る事を許しているのだから、それは、新が何かを言う訳にはいかないのだ。
霞がパーティーをしようと言っているのだから、新はそれに水を差す事は無い。
ただ、だからといって、鼬鼠と視線を合わせる様子もない。
ただ、それでも鼬鼠は、新のためにグラスを用意し、霞と同じシャンパンを注ぐ。
「有難う……」
ここで漸く、返事などを返す。
その間に、鋭児達は、テーブルを囲んでいるソファーの一辺に腰を掛ける。
「千霧は、蛇草の横に座りなさい」
霞は千霧に対しても気を利かせている。千霧はこくりと頷き、霞の好意に甘えるのだった。
そのソファーには、蛇草が真ん中で、その右に霞、左に千霧といった妙な構図になっている。
向かってのソファには、左側に鼬鼠、右側に新。真ん中が空席となっている。
随分家族的な扱いだと、思うのは、焔だった。
それが悪いわけではなく、寧ろ好感が持てた。新とは対照的な印象を受ける。尤も霞の懐の深さは、以前により、承知済みのところで在る。
「ところで、アレは何を?」
と、少々面倒くさそうに、バルコニーの方を向いて、新は言う。
「都会の喧噪を忘れて、旅先の夜風を求めにきた、キャリアウーマンだそうだ」
霞はクスクスと、笑うのだった。
バルコニーで夜風に当たって雰囲気を作っている人物というのは、勿論更である。
「はぁ……」
今度は、新がため息をつく。
そして、立ち上がり、バルコニーに通じる出入り口に鍵を掛けてしまうのである。
当然、焦った更は、ガラス戸をバンバンと叩きながら、それに腹を立てる。
それには、鼬鼠を除いて大爆笑するのだった。勿論新としては、至って真面目な行動であるために、冷たい表情のまま、グラスに注がれたシャンパンを飲む。
それを暫く笑い飛ばしてから、霞が彼女を迎え入れる。
「ちょっとお姉様!?」
「チョットじゃ在りません!本当に面倒くさい人ですね。東雲家の人間として、もう少し理知に振る舞えないのですか?」
「折角の旅行なのですから、楽しまない事の方が、問題と思いますが?」
途端に姉妹喧嘩である。ただ、更が新に、一方的にあしらわれているようにしかみえないのだが―――。
「焔ちゃん、鋭児ちゃん、吹雪ちゃん!?」
彼女のズレた追求姿勢は、先刻ご承知だ。いくら、真顔で説教されたとしても、根本がズレているため、笑いにしかならない。
「それに、蛇草ちゃんも!」
彼女は頬を膨らませながら相当ご立腹だ。
「申し訳御座いません。更様の慌てぶりがとても面白かったもので……」
蛇草は立ち上がり、真面目に頭を下げて謝っている。確かに、笑い飛ばしすぎたようだ。ただ更の性格上、そのことについて延々と根に持つことはないだろうことくらいは、蛇草も理解している。
「お兄様?」
稚拙な更を無視するかのように、ここに来て新は、初めて鋭児達に目を配る
「ああ」
霞はすでに、かなり酔っているようで、蛇草に手を借りながら、漸く立ち上がるのだった。
「本日のゲスト。というか、ゲストとそのガールフレンド……かな?」
霞は少しにやけながら、二人もの美人を連れ歩く鋭児に多少大人の想像を利かせながら、改めて二人を向かい合わせる。
「彼女は、東雲新。私の妹だ。更はもう顔を合わせているようだね。そして、彼は我が東雲家の守ってくれる頼もしい衛士。黒野鋭児君」
「そう。ということは、将来翔さんと貴方で、私達を守ってくれるというわけね?」
「そうなるんですか……ね?」
鋭児は新に対して不信感はあるものの、彼女の差し伸べた手に握手で返す。体面は保っているが、交わされた握手に感情は込められていない。非常に社交辞令的なやり取りだ。
「そちらのお嬢さんたちは?」
「っと、髪の毛の赤い人は、日向焔さん。現炎皇やってる人で、その右の銀髪の人は、雹堂吹雪さん。氷皇やってる人です」
不器用に二人を挨拶する鋭児だが、そういうポジション的なアピールを忘れていないことで、焔はうんうんと頷いている。これは及第点のようだ。
「そう。みな東雲家に?」
「あ……いや、世話になるのは俺だけで、二人はすでにほかの家に……」
「そう。学園の事は、評価程度にしか聞いていですが、貴方の大物ぶりは理解したわ。宜しくね」
新は殆ど表情を変えないが、握手を求めてくる。勿論社交辞令的なのは変わらない。焔もなんの感慨もわかないが、新と握手をする。
その握手は非常に友好的に見えるが、なんと言うことはない。東雲家との上下関係をはっきりさせるためのだけのものである。
彼女の一見友好的な行動は、霞の方針に従ってのもので、彼女は、霞が当主である事に、何の不満もないのである。問題はその後の序列のみなのだ。
「どうだい?翔君も鋭児君も……」
霞は飲酒を勧める。
「ダメです。彼らは学生なのですよ?」
蛇草は、常識を弁えない霞の行動を注意する。
「ええ?この前は、鋭児君と……」
「あれは、私が目を瞑っただけの事です!」
蛇草は随分ご立腹だ。
すでに可なりの酒量を熟しており、少しフラフラしているだけでもホストとして問題だというのに、未成年に飲酒を勧めるなど、大人の常識を逸し過ぎている。
蛇草は意外に常識を弁えているようで、まるで霞を子供扱いだ。それにしても蛇草の意外な堅さに、高級そうな酒を試すことの出来ない焔は、若干残念そうである。
鋭児も飲めなくはないが、彼がビールを飲むときは基本的に、それだけの理由がある時で、焔のように日常から煽りたいわけではない。
「翔君も……」
「俺は、霞様のガードもあるんで、飲めって言われても飲めないっすよ」
相変わらず、ふて腐れた様子でめんどくさそうな口調で、一度霞を見てから視線を外し、霞の誘いを断る翔だった。
「なんだい。君らは当主の私の言うことを聞けないのか?酷いなぁ」
「その分。ウチのボスが、付き合うだろ?」
「翔!もう少し、口の利き方に……」
其処まで言って蛇草が立ち上がりかけると、霞は蛇草の膝上にぽんと手を置いて、それを制止する。
霞にそうされてしまっては、蛇草としては、それ以上言葉を発するわけにはいかない。
「顔合わせも済んだことですし、私は自室に戻らせていただきます」
新は、立ち上がり霞に一礼をして、鋭児達の横を通り過ぎていくのだったが、そのとき焔は、霞の唇の動きをしっかり読む。それが恐らく彼女の本音なのだろうと思う。
霞の顔を立てたいからこそ、その場に顔を出したと言うだけのことで、彼女にとって霞の意図は、彼女自身の思惑とは大きく異なる事を意味していた。
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