第1章 第4部 第6話
一方鋭児達は、砂浜に出ていた。
照明も空調も整った上品なホテルと違い、彼らを迎えた砂浜は、当に夏真っ盛りで、燦々と太陽が輝いている。
ただ、都会のアスファルトが照り返す、うだるような灼熱ではなく、海風が、熱くも程よい清々しさを彼らに与えていた。
「どうだ?鋭児。似合うだろ?」
焔は堂々と胸を張り左手を腰に、右手を後頭部に回し、腰を利かせてポーズを取る。
浅い褐色の肌と、白いビキニがよく似合っている。何より健康的で瑞々しい肢体と、メリハリがあり引き締まりつつ無駄のない腰回り、そして弾力と張りと重力をモノともしない彼女のバストは、当にこの季節のためにあるようなものだ。というのは男子目線であるが、焔はそれを十分に理解している。
ただ、焔の場合日焼けではなく、飽くまで属性焼けであり、日頃からその肌を意識して作り上げているわけではない。
だが、単純に「おいしそう」という心の声は、鋭児のキョトンとした視線と、少しゴクリとなった、喉がよく表していた。
「んだよ。んな、マジにギラギラすんなって」
鋭児がそう言う反応を見せた焔は、本当にご機嫌である。冷やかしつつも、完全に釘付けになっている腕に抱きついて、すっかりドキドキしてしまっている彼をより間近で見つめ続ける。
「吹雪が来る前に、岩場にでも行くか?」
吐息混じりのかすれた声が、鋭児の耳元で妖艶に囁く。耳朶に響く声の振動と唇の動きが、彼の性感ををより擽るのである。
これにはどう答えて良いかまるで解らなく成る。完全に思考停止をさせられている鋭児だった。
「焔!?」
遅れてやってきた吹雪の忠告めいた声がする。
彼女は焔のようにポーズを取らず、少し仁王立ち気味になって立っている。勿論そんな姿を鋭児に見せたかったわけではない。
そんな吹雪は焔と対照的に黒のワンピースである。
色白の吹雪の肌と見事なコントラストを描いており、スラリとした吹雪らしい選択肢といえる。ただ、どこにでもあるようなワンピースではなく、胸元から臍下まで、大きく大胆にVの字に開いたものであり、トップは首の後ろで結ばれ、サイドもバックも肌が露わになっており、両ウェストと腹部あたりは、紐で編まれた状態になっている。
何とも大人の水着である。
「どう?」
鋭児の視線に気がつくと、吹雪はモジモジと悩ましくし始めるのである。そう言う恥じらいのギャップがよりそそるのであった。
「アイツの体ってどんどんヤラシクなっていくよな……」
と、焔は吹雪のそれを見て、鋭児の耳元でボソボソと言い、鋭児は思わずユックリとした反射で、コクリコクリと二度ほど頷くのだった。
これは、流石に吹雪には聞こえないが、焔が何を言っているのかくらいは、長年の付き合いで解ろうものだ。
ただ、これに対しても鋭児が見ほれているものだから、吹雪は照れに照れてしまっている。だが、もっと見てほしいという欲求的な部分だけは、決して揺るがないようで、その視線を受け続けることに、すっかり喜びを受けてしまっている。
「に……してもだ」
今度は焔が鋭児の周りをうろうろとする。
「まぁ、見慣れてるっちゃ見慣れてんだけどよ」
「なんすか?」
「いや、お前の鳳凰は、やっぱエグいわ」
鋭児の体は細くとも締まっており、ここしばらくの開発授業で重ねた戦闘も加わり、より凄みを増していた。そして背中に背負われた鳳凰は、ある意味焔の褐色よりも濃いものとなっている。
「んな、エグいっすかね」
自分では見る事の出来ない位置に有るため、鋭児は多少気にしているが、それでもあまり気を遣わない焔の表現には、少々ショックだ。ただ、焔というキャラクターが鋭児を傷つけずに済んでいるだけに過ぎない。
尤も、焔も悪意を込めて言っているわけではない。それほど鮮やかだと言いたいだけなのだ。ただ、その鮮やかな紋様は、それだけの能力を秘めているという事を意味しており、その事実が強烈だと言うことを言いたいのだ。
「済みません、少し静かにしていただけるかしら?」
鋭児達の横にいた、一人の女性が、騒がしい隣人に忠告を促す。そう、何もこの場所には、彼らだけがいるわけではなく、当然ほかの旅行者もいるのだ。
といっても、大半は東雲家関連の誰かということになるのだが―――。
ビーチチェアに寝そべっている彼女はそれほど高身長ではなく、均整の取れたスタイルをしている。過不足のない――といった様子で、艶やかな黒髪のボブヘアーが今彼女の解る唯一特徴である。
これに対して焔は少々むっとした表情をする。
「済みません」
謝ったのは鋭児だった。
それを聞くと彼女の方も、それ以上は突っかからず、パラソルの下で、書物を読みながら、海風の心地よさだけを感じていた。
サングラスをしているため、その表情は解りかねたが、年齢としては二十代半ばといったところだ。ナイトブルーで光沢のある、ビキニをきているが、デザインそのものは大胆であり上品でありといったところで、彼女によく似合っている。
吹雪と同じように肌は白いが、彼女のそれは吹雪と違い、自然に白いといった肌質である。普段はあまり、日の下に出ないような雰囲気である。
「さてっと。泳ぐか!あの島までとかどうだよ?」
「いきなり遠泳っすか?」
「ダメよ。泳げるのは精々少し先まで、結界が張られているのだから、それ以上先には行けはしないわ」
焔と鋭児が、遠くを眺めていると、先ほどの女性がそれを教えてくれる。
「じゃぁ、水のかけあいっこしたり、鬼ごっこしたり?」
吹雪が、水しぶきを立てながら、お互いにはしゃぎ合っている様子を、無邪気に想像してみる。
「バーカ、プロレスだろプロレス!」
焔が、海面に向かって、自分達にバックドロップを掛ける様子など、容易に想像出来そうなものだ。
「鋭児は、投げられ役だからな!」
「なんすか、その一方的な決定は……」
そうはいっても、焔は兎も角吹雪を投げる訳にはいかない。
「解った解った。俺の後ろ取れたら、投げさせてやるよ」
焔は鼻息荒く、海という状況に興奮を隠しきれないようだ。荒い鼻息とは逆に、自らの心を落ち着かせるかのように、表情は澄ましている。諄いようだが、鼻息の荒さが、その表情を台無しにしているのは、言うまでも無い。
「いや、それフツーにフツーだからさ」
あたかもフェアである条件を鋭児に譲った形にしている焔に対して、真顔で返す鋭児だった。
「えい!」
そんな隙をうかがっていたのか?吹雪が鋭児の後ろからタックルをする。しかしそれは、彼を投げるためのもので、押し倒すものではない。
細く裊な吹雪の両腕が鋭児の腰に回り、ギュッと彼を捕まえる。
鋭児は反射的に踏みとどまったものだから、吹雪との密着度はより高いものとなり、鋭児は思わずドキリとしてしまうのだった。当然吹雪も同じように鋭児との密着に、心をキュンと踊らせてしまい、投げ飛ばすという趣旨をすっかり忘れてしまうのだった。
吹雪は感じ取る。細くも引き締まった鋭児の腰回り、鍛えられた腹筋に、無駄のない背筋。思う以上に広い背中。何より寄せた肌に直接感じる体温。
そんな吹雪の鼓動を鋭児もしっかりと感じており、何より腰に回った彼女の両腕の趣旨がすっかりと変わってしまっている。
「吹雪……さん?」
「鋭児……くん」
ふっかり二人の世界に入ってしまいそうな二人の世界に、焔はげっそりとしてしまう。吹雪が鋭児に対してどういうムードを作ろうともそれはそれで良いのだが、今当に世紀の一戦を繰り広げようとしていた気分の盛り上がりが、すっかり削がれてしまう。
「吹雪ぃ~~」
「え、鋭児君を投げるなんて出来ない!」
ひしっと背中に抱きついて、頬をすり寄せる吹雪がなんともいじらしいが、何のシチュエーションだと、焔は思ってしまう。
「鋭児の奴、お前のおっぱい感じて、はち切れそうになってんぞぉ」
「やだ!鋭児君!」
その瞬間、吹雪が見事に技を決める。が、バックドロップではなく、ジャーマンスープレックスである。何故にジャーマンなのか?と思った焔だったが、吹雪の柔軟な体で描かれたブリッジは、見事な弧を描いており、一級品の技である。
「お~……」
見事な投げっぷりに、焔は思わず拍手をする。感極まった吹雪をからかうのは非常に面白いとも思う。
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