第1章 第4部 第5話

 やや紹介が遅れたものの、鋭児達が到着した場所は、東雲家保有のリゾート地らしい。当然特別な人間しか立ち入ることの出来ない場所なのだが、特に六家や、それに関わる能力者となると、一応の出入りは可能だということだ。

 勿論東雲家の許可がいる。

 焔や吹雪などは、今まで直接的に東雲家と関係を持っていなかったため、他家のリゾート地に足を踏み入れることはなかったが、当然、不知火家にも吹雪が今後出入り予定になっている陰陽二家も、同じような場所を持っている。

 ただ、陰陽二家ともなると、中々敷居が高く、いくら実力を買われている吹雪といえど、おいそれと同行することは出来ない。それだけ他の四家と違い厳格なのだ。

 島内の紹介であるが、南国であることは間違い無く、海風の爽やかな土地柄で、砂浜も一級品のきめ細やかさを誇っている。

 彼らの宿泊施設は、名目上ホテルという名前が付いているが、その宿泊費用の殆どは、皆無であり、当然食事代なども気にする必要の無い場所である。

 ただ、それは飽くまで東雲家のビジターとしての事であり、個別に来島を申し出た場合、その限りではない。

 よって、当然自動販売機などの有料施設も存在している。

 

 「ったく、黒野の帽子貰ったくらいで、卒倒とかどんだけなんだよ」

 ただでさえ気怠そうな鼬鼠の物言いだというのに、この時はそれに尚輪を掛けて、けだるさが表れていた。

 「私も翔さんに、同意です」

 普段、蛇草に従順な千霧でさえ、蛇草の大げさな感動には、参っていた。

 「う……五月蠅いわね」

 蛇草はベッドに横たわりながらも、鋭児から貰った帽子をギュッと胸に抱いたまま、未だ胸を時めかせているのだった。

 帽子を自分の頭に被せた時の鋭児の、穏やかな甘さが、蛇草にはたまらなかったのだ。

 蛇草は、未だに胸の内が、キュンキュンと高鳴り、落ち着きのない鼓動を治める事が出来ない。それを見て、鼬鼠は首を左右に振り、どうしようも無い悪癖だと、半分諦める。

 「ところで、風雅さんは?」

 「ふ、風雅君は、太陽の季節だから!とかいって、自由を満喫するんですって……」

 動揺の収まらない蛇草は、落ち着かない様子で、鼬鼠のそれに応える。

 「ったく。あのチャラ男は……」

 鼬鼠は更に諦め顔になる。簡単に言うと、風雅は来ないらしい。

 「んで、姉ちゃんは霞様の所に行かなくていいのかよ」

 「ん……、翔行ってきてよ。アンタも、すこしは私の代わりをしなさい」

 蛇草は特に霞との時間を拒否しているわけではなかったが、今はもう少しこの余韻に胸を時めかせていたいのだ。

 それに、ここは東雲家の保有地であり、外ほど警戒しなくとも良い。仮に警戒するとするならば、ここまでの道中の方が余程危険なのだ。

 「んじゃ、千霧さん。このショタコン頼むわ……」

 いくら何でも霞を一人にしておく訳にはいかない。珍しく鼬鼠がヤルキになったというわけではなく、こんな不抜けた姉を目の前にしても、ため息しか出ないため、部屋を出て行く口実に、ちょうど良かっただけなのだ。

 蛇草の世話を頼まれることは、千霧にとって何の不服もないことで、直御庭番頭領である鼬鼠の命はいずれ聞かなくてはならない事だ。千霧はこくりと頷いてこれを了承する。

 

 仮にこの場に風雅が居るとするならば、恐らく二人で霞の警護ということになるのだろうが、いなくて幸いだと思う鼬鼠であった。

 実力は認めるものの、フワフワとした雲のように掴めない彼の気性は、彼としても得意ではない。絶えず煙に巻いたような物言いも、ストレスの原因である。

 ただ、鼬鼠と彼の付き合いは、今後も切れないものであるのは間違い無い。風雅が、東雲家の避暑に誘われていると言うことは、そう言う事を意味する。

 

 鼬鼠たちの滞在しているフロアは、最上階より一つ下で、霞は最上階のロイヤルスイートルームとなっている。

 ホテル最上階全てが東雲家のものであり、現在は霞のものである。

 では霞以外の部屋は?というと、当然一つ下のフロアであり、其処には主賓が集まっている。

 東雲家の家族であれば、ロイヤルスイート帯同でもよいのだが、霞と直接顔を合わせたくない人間などは、敢えて下階に甘んじている。

 「翔っすけど……」

 相変わらず気怠そうな物言いの鼬鼠が、扉の前でそれだけを言う。

 少しすると、霞自ら扉を開けてくれる。

 「やぁ、珍しいじゃないか」

 「まぁ……頭領に頼まれましたンで……」

 鼬鼠は特に、低頭せずに、ズカズカと霞の部屋に入ってくる。

 「新さんは……やっぱこっちじゃないっすか」

 「まぁ、雲林院君の件もあるしね」

 あえて、美逆の件とは言わない霞だった。

 「ただ、ここには来てるよ」

 霞は、鼬鼠に正面の椅子に座るように薦めながら、座るついでに、テーブルに置かれているフルーツに手を出す。そして、目の前にはよく冷やされたシャンパンが置かれている。

 昼間から随分暢気なものだと鼬鼠は思ったが、絶えず命を狙われていることを意識しつつ、これほど大きく構えていられるのは、霞の度量と言えた。

 「折角海もあるのに、泳いでくれば?」

 そう、霞は自分のヴァカンスだけのために、ここへ来たのではない。蛇草や鼬鼠にも、羽を伸ばして貰いたかったからこその同行なのである。

 霞は、いつ誰が座っても良いように用意されている、シャンパングラスを一つ取り、そこに酒を注ぐ。

 「それより、霞様のご予定は?」

 珍しく敬語だが、これは鼬鼠としては当たり前の事だ。彼がどれだけ日常的に野蛮な言葉遣いをしていようとも、代々東雲家を守護している御庭番の家系である。彼らに対する敬意は、決して忘れない。

 「ん~明日はゴルフかな。それから、夜にはみんなで、パーティーでもして。ああ、今日もやるけどね。パーティーの方は……」

 霞はまだ呑むらしい。今でさえ飲んでいるというのに、まだグラスを持って、鼬鼠との乾杯を求めてくる。

 何が目出度いのか解らないのだが、霞がそうするのなら、鼬鼠はそれに応えるしかない。

 霞と乾杯をしたのち、嗜む程度にシャンパンを口にしめらせる。

 「黒野君は?」

 「さぁ、テメェの女とシケ込んでんじゃねぇっすか?」

 「っほう?」

 こういったときの鼬鼠の言いぐさは、相変わらず無関心を装いつつも、酷く下卑たものだが、霞は血気盛んな鋭児のそれに対して、興味深そうにしている。

 それも当然で、鋭児が誘った女子二人が、焔と吹雪だからだ。

 彼女たちが自分の前で何をしたかを知っているし、彼女たちがどれほどの実力者か?ということは、情報で得ている。

 そんな二人を手玉に取っている鋭児は、矢張り将来なかなかの器だと霞は思う。

 「まぁ将来翔君の部下として、頼もしい限りだね」

 霞は今想像したとおりのことを口にすることも考えたが、あえてその結論だけを口にする。

 それに対して、何とも面白くなさそうな表情をしている鼬鼠であるが、現頭領である蛇草が決めた事に対して、文句を言う権利は、鼬鼠にはない。

 何より、雲林院との一件で、彼は現場放棄をせず、其処にい座る事を決めたのだ。急増の責任のない初任務ですらそうなのだから、契約を交わした今ならば、公言した行動なら、尚のことなのだろう。そうなると確かに頼もしい限りではある。

 気に入らないという先入観が、真っ先に舌打ちとなって出てしまうのだが、そこには確かな信頼がある。

 「雲林院さん……きてんすか?」

 「んん?来てるよ。新も来ているから、当然と言えば当然だけどね」

 彼は何も咎められていない。それが事実である。簡潔に言えば、何もなかったということになっているのだ。目を瞑ったわけではない。小事であると言う意味だ。

 雲林院は特に、新に責任を押しつけたわけではない。新もまた雲林院に責任を擦り付けたわけではない、それは天野美逆という存在の特殊性にも理由はあるのだが、東雲霞という存在を陥れたわけでも貶めたわけでもないのだ。

 現当主は健在である。

 また、美逆とは違い、霞と新は十以上離れているが、同じ両親から生まれた同じ血筋である。

 では、霞は美逆を疎んでいるのか?というと、そういうわけではない。この辺りが事情を複雑にしているとも言えるが、同時に霞の無頓着さを表しているとも言える。

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