第1章 第3部 第32話

 改めて、祝勝会となる。

 

 晃平や静音がいないのは、特に意味はないといえばそうなるのだが、晃平に至っては、準優勝であり、負けた相手が鋭児となると、祝うというのもなにか、違うような気もするし、今日の所は、晃平自身が、色々と考えを整理したいという部分もあり、祝勝会には参加しなかった。

 当然焔と吹雪は順調すぎるくらい順調な勝利だったのは言うまでも無い。

 これは、二人にとっての祝勝会でもあるのだ。

 「んと、お前バカだろ」

 位置的には、三人とも鋭児のベッドの上で、二人は縁に腰を掛ける感じになり、鋭児一人が壁に凭れるような位置になる。

 ピザは、三人の真ん中に置かれるという位地取りだ。しかも一枚だけではなく、サイドメニューも含めれば、胸焼けをしそうな量を注文している。

 「いいだろ別に。向こうも俺次第って感じだったしよ」

 鋭児は少し拗ねている。鋭児としては、ただ話が良ければよいというわけではない。そこにどれだけ納得したものがあるのか?という事が重要なのだ。

 「契約つっても、お前学生の間は、其処まで山ほどかり出される訳でもねぇんだしよ。ありがてぇ話じゃねぇか。向こう様から、熱望されるっつうのはよ!」

 「それは!焔さんが、ずっとこの学校だったからだろ?俺はまだ、そういうのは……ピンとこねぇよ……」

 それも事実だ。ただ、解らない鋭児でも、それは中々複雑な事情が絡み合って動いていると言うことは、何となく理解しているし、そう言う世界が命の駆け引きに通じることも、理解している。

 「まぁ、そうだがよ……」

 鋭児の言うことも尤もだと、焔は思った。確かにその部分に関しては、自分の押しつけだったのかも知れない。しかし、選ばれることが厚遇だと言うことも、また事実なのである。

 そして鋭児の行動一つで、六家に遺恨が残ることもある。

 特に、今回のようにいち早く鋭児に目をつけた東雲家の蛇草には、先見の明があると言うことであり、それを断らないまま、他家の出方待ちとなってしまうようでは、彼女にとって、何とも後味の悪い結果になり兼ねないのだ。

 何らかの形で誠意を示さなければならない。東雲家の当主までが顔を出しているなら、尚更なのだ。

 「断るなら早めに断れよ」

 「うん……」

 と、そう言った鋭児の返事は今一冴えない。

 「んだよ!はっきりしねぇな。何なら、不知火家で俺と闘士でもやるか?衛士や御庭番でもやるか?」

 焔は勢いよく拳を振り回しながら、自分と同じというのも、それはそれで面白いとおもったのだ。

 「ずるい!だったら、私も天聖家に!」

 そう言った瞬間鋭児は、額の傷を見せる。そう、彼らはそう言う体面にも五月蠅いのだ。

 見方に寄れば、鋭児のそれは非常にヤクザな傷に見えてしまうのである。すると、吹雪はとたんに、しょぼんとしてしまうのだった。

 だが、鋭児はどれに対しても満足な返事をしようとは、しなかった。

 そこには、間違い無く弱音を吐く自分がいたからで、そう言う自分を焔や吹雪に見られたくないとも思った。

 何より、蛇草に対して、真っ直ぐな返事の出来なかった自分を見られたくなかった。

 大事とはいえ、其処に自らのメリットデメリットを持ち込んだ自分が腹立たしい。

 「なに、辛気くせぇ顔してんだよ」

 「ウルセェよ。良いよな!焔さんは、やりたいことやって、言いたいこと言ってよ!」

 「ああ?テメェ八つ当たりか?」

 「ああ!?当たってねぇだろ!焔さんに俺の!俺の……」

 鋭児は興奮しかけて、思わず其処まで言葉に下が、そこで押し黙ってしまう。

 そう、焔に自分の何が解るのだというのだ?と、知った風な口を利くなと。だが、よくそこで押し黙れたものだと思った。

 「んだよ。オメェのなんだよ!」

 二人はベッドの上で喧嘩腰になろうとする。吹雪は、割って入ろうとしたが、鋭児が歯を食いしばりながら、その一言を押し止まったことで、ハラハラとしながらも、少し二人の様子をうかがっている。

 焔は真っ直ぐに立ち上がりかけた鋭児を睨み上げており、鋭児もまた、眉間に皺を寄せながら、焔を見下ろしている。

 「また、これだ……だから俺は……」

 鋭児は腰をストンと下ろした。

 「喧嘩くらい、いくらでも買ってやるぜ!?ボコボコにして、返り討ちにしてやらぁ!」

 と、更に挑発をする焔に対して、鋭児は力の無い拳を、焔の顎にすっと当てて、軽く擦るようにして下ろす。

 「殴ったぜ。好きにしろよ」

 鋭児は、カードをベッドの上に、ぽいと投げ出す。

 「言えよ。バカ」

 鋭児の掠めた拳が、何とも愛情深かったのだ。どれだけ怒りに我を忘れそうになったとしても、愛おしい人の顔など、そうそう殴れるものかという鋭児の気持ちが、相当に現れていた。

 それくらいに、絶妙なタッチだったのだ。

 鋭児の拳はじゃれ合う力加減を十分にしっている。まるで甘噛みのような拳だった。焔は妙に照れてしまう。

 すると今度は、吹雪が鋭児の頭を、すっと自分の膝元に引き寄せて、まるで子供をあやすように、彼の頭を撫で始める。

 「だから、鋭児君は……美箏ちゃんのお母様と、仲が悪くなっちゃった……」

 まるで見透かしたような一言に、鋭児は一瞬硬直し、起き上がろうとするが、吹雪の手がそれを許さない。

 「ゴメンね。お買い物の途中で、美箏ちゃんに、ちょっと聞いちゃった」

 「あの、おしゃべりが……」

 今度は鋭児の方が、吹雪の膝元から顔を上げなくなった。

 「んだよそれ。契約のことと、関係ねぇーじゃんよ」

 「鋭児君言いそうになったんだよね。『俺の何が解るんだ!』って。きっと、それだけ鋭児君煮詰まっちゃってたんだよ。今のは鋭児君が悪いよ」

 「ゴメン……。俺、つくづく自分が嫌になる……」

 「んだよ。吹雪ばっか鋭児をあまやかしやがって!」

 鋭児を理解しているような吹雪のそれは、間違い無く焔にヤキモチを焼かせた。直情的な鋭児と焔、それに対して吹雪は絶えず、一歩下がった視点を持っている。勿論それは、吹雪の良いところでもあり、悪いところでもある。

 今回は、彼女の良い面が出ただけのことだ。

 「明日の昼、霞さんに、昼食誘われてんだ。それまでに結論出しとくよ」

 一見何かの解決を見出すかのような返事だが、当然根拠もないし、決して前向きでもない。明らかに打算以下の結論しか出さない返事だ。

 それが解る焔は、あからさまに面白くなさそうな表情をする。それを見た吹雪は、どうしようもないと言いたげに、クスリと笑う。

 「解った。俺もいく」

 「はぁ?」

 鋭児は思わず甘えていた吹雪の膝枕から起き上がる。

 これは自分と霞との食事会で、焔は関係ないだろうと、鋭児は言いたかった。何より、その保護者じみた行動が、恥ずかしすぎるが、焔は真面目な顔をしていっている。

 そして、焔はその鋭児の思う保護者として、行くつもりなのだ。

 「俺は、テメェの師匠だからな。東雲家が黒野鋭児に相応しくなけりゃ、俺がぶっ壊してやる。文句あるか?」

 「止めろよ、恥ずかしい!」

 「今のテメェ見て。はい分かりました!なんてい言えるかバカ!。みっともねぇウジウジしやがって!」

 「私もついていっちゃおっかな……」

 「ちょ!吹雪さんまで!」

 「絶対に行く!これだけはガチだ!テメェも相手に恥じかかせるようなマネはすんなよ?」

 もし、食事会に唐突に二人が現れ、なんの準備も整っていないとなると、恥を掻くのは東雲家ということになる。

 兎に角鋭児が悩んでいるのは、なにも東雲家が嫌だからと言うわけではない。

 確かに鼬鼠の事はあるが、会話をしている人間は、蛇草であり霞である。東雲家の問題に巻き込まれた結果でこそあったが、蛇草は一晩鋭児の怪我を治すために寄り添ってくれている。そういう恩もある。恩を仇では返せない。

 鋭児は、仕方が無く携帯電話を取り出す。

 「あ……蛇草さんすか……ええ。明日の昼食会……聞いてます?ええ……」

 鋭児は蛇草と電話をし出す。

 「後二名、いいっすか。なんか俺の保護者が行くって、言い張って……」

 其処まで言い張っているわけでもないが、そうなるのは目に見えている。大会の疲れもあって、鋭児にはそれほど根気があるわけではないのだ。

 仮にこれに対して、蛇草がノーを出せるはずがなかった。昼食会が上手く進まないと言うことは、それだけでこの度の話が流れてしまうということになる。

 「すんません。無茶言いまして……」

 そう言って、鋭児は電話を切り、ため息をつく。

 「フロ入って寝る。二人とも、戻ってくれる?」

 「ヤダ。今日はここで寝るって決めてんだ。折角吹雪と二人で、大奉仕してやろうとしてんのに、帰すなよバーカ」

 「ちょ!私は、三人の趣味はありません!」

 「だったら、俺と鋭児の……」

 と、其処まで焔が言った瞬間。鋭児は焔の両頬を抓って伸ばす。

 相変わらずつきたての餅のように伸びやすい頬である。

 「とりあえず風呂入るわ」

 と、なんだか諦めきった感じの鋭児が、風呂へと向かう。

 と、焔は懲りずに、何か悪巧みを思い着いたような顔をする。

 ただし、バスルームへと向かった鋭児には、そんな焔の表情は見えない。

 それから、シャワーの音が聞こえ始めると、焔は一目散に、バスルームへと向かうのだった。

 「うわ!何入ってきてんだよ!」

 「いいじゃねぇか!ぴっかぴかに磨いてやっからよ!」

 と、バスルームから二人の会話が聞こえてくる。

 「焔のバカ……」

 仮にも自分がいるのだから、もう少し行動をわきまえてほしいと思う吹雪であった。

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