第1章 第3部 第33話
翌日、大凡十一時を回った辺りである。
三人は、東雲家の寄こしたリムジンの中にいた。リムジンは、例の小型のリビングのような、あの豪華なリムジンである。
迎えに来たのは、千霧だった。焔や吹雪は初めてであるが、千霧は意に介さずといった雰囲気で、極冷静に客人を招く段取りで、彼らを迎えに来てくれたのだ。
それにしても、絶妙な時間だった。
いや、迎えに来る時間という意味ではなく、起こしに来る時間という意味でである。勿論鋭児の携帯電話が鳴り響いたために目を覚ましたのだが、そもそも目を覚ましたのも、ほんの半時ほど前である。
「しっかし、こんな美人が添い寝して、一晩中なんもなしとか、お前マジ大丈夫か!?」
と、焔は欠伸をしながら、さも残念そうにそういう。
「今そんなこと言わなくてもいいだろ!?、だいたい焔さんも爆睡してたじゃねぇか」
「まぁ……なんか、やっぱ寝心地よかったつうかよ、へへへ」
と、自分のこととなると、笑って誤魔化して棚に上げてしまう焔なのであった。
「うん。鋭児君のベッド寝心地がよかったんだもん……」
吹雪は、体温の隠るシーツの中の感覚を反芻しながら、嬉し恥ずかしそうにしている。
「黒野さんはモテモテですね……」
と、少々冷淡なトーンの千霧の声が、妙に胸にささる鋭児だった。
「いや、別にそんな……」
「モテモテですね……」
「……」
強調されて復唱されてしまうと、鋭児は、なんだか申し訳ない気持ちで一杯になってしまった。
千霧のいうことには、普段着でも良いということだそうなのだが、学生の正装は矢張り制服だと、柄にもなくそんなことを言い出したのは、焔なのだった。
確かに、学生の正装といえば、制服なのだろうが、それ以前に鋭児には、学生服と普段着しか持ち合わせていない。今後、こういう機会もあるのなら、学生といえど、それなりにものを持たなければならなくなるのだろうと、鋭児は思う。
あまり礼儀などというものには、縁の無い生活だったし、今後もそう言う事を考えることもないのだろうと思ったが、考えれば高等学校を卒業すると、そもそもが制服とあまり縁が無くなってしまい、服装の質も自ずと変わって行くのだろう。
卒業などまだ三年近くも先のことだと思っていたが、この学園で過ごした時間も早二ヶ月は過ぎており、気がつけば時間など本当にあっという間に流れて行くのだろう。
今まで自分なりに悩んで生きてきたつもりだが、所詮子共の考えだ。その場しのぎのものばかりだったのかもしれない。
今でも特に大それて大人だとは思っていないが、少なくとも子共ではないと思っていた。今日出す結論の一つで、良くも悪くも何か一つが決まると鋭児は思った。子共の出す結論とは、少し異なる。
ただ、その出すべき結論に対して、自分に与えられた材料があまりに少ない。だから、決まることは理解していても、どう返事するかは、矢張りその場の空気次第なのだろうと思う。
鋭児が物思いにふけっていると、吹雪が鋭児の手をきゅっと握る。繊細でしなやかな指先に込められた力は、非常に柔らかなもので、少しひんやりとしていた。
兎に角非常に吹雪らしい仕草のように思えたし、その体温の低さが非常に吹雪の存在を明確にした。
そう、この手を温めてやらなければならないと思うほど、しなやかでヒンヤリとしている。
しかし、鋭児がすこしの間吹雪の手を握っていると、直に彼女の体温は暖まる。
手が温まると、吹雪はニコリと再び微笑む。
何となく会話の時間を、そうして吹雪と手を握り合ってみたりしながら、過ごすと、少し気分が落ち着く。
焔は惚けているのか、しらけているのか、それに対して何の干渉もせず、目を閉じて、つんとした表情のまま、目的地に到着するのをただ待っている。
一同は、豪華高級高層ホテルのような佇まいのゲストハウス前に到着する。
この場所は、昨夜も鋭児が居た場所なのであるが、きのうは建物の様相など見る余裕はなかった。
六家や、VIP達はこの建物内に、部屋を構えており、学園に滞在期間中、殆どここに宿泊している。
高層ビルといっても、山間部にあるため、関係者以外の認知度は皆無である。
勿論、六家である東雲霞は、最上階の一室に部屋を構えているが、この日鋭児が招かれたのは、会食用の食堂だった。
勿論こういう設備は建物内にいくつも存在しているが、鋭児達が会食する場所は、人数に見合った、ほどよい大きさの場所だった。
勿論ゆったりとした空間であることには、間違い無い。
面々は、東雲霞、鼬鼠蛇草、黒野鋭児、日向焔、雹堂吹雪の、そして人数合わせという事になってしまうが、風間千霧の計六名となる。
六家に六皇に六つの属性、彼らにとって六という数字は拘るべきものなのである。
鋭児の契約は本来、蛇草とのものなのであるが、この朝食会そのものは、鋭児と霞との間で取り交わされた約束であるため、ホストである霞とゲストである鋭児が、長テーブルの短辺で、向かい合うようにして座る事になる。
だが、鋭児が案内されるままに、席に腰を下ろそうとした瞬間だった。
焔は何も言わず、素早く霞に土下座をし、沈黙したままその姿勢を崩さない。
「あ、貴女なにを!」
それに慌てたのは蛇草である。
強引に食事会に加わった挙げ句、これから食事をしようと言うときに、雰囲気そのものを壊しかねない焔の行為が信じられなかった。
だが、霞は蛇草の狼狽を押さえるために、彼女に手を向け、発言を止める。
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