第1章 第3部 第23話
現役である晃平が、旧闘技場へと移動する。
それは、能力者と呼ばれる存在が、今よりもずっと少なかった時代のものである。昔は学校などという生ぬるい存在では無かった時代の建物だ。
宿舎と闘技場、勿論学舎もあるが、完全に衛士を育てるための施設だったらしい。
ただ一つ変わらない事実は、彼らは宮家を守護する陰陽二家と、それを囲う四季四家がこの施設の運営に当たっているということである。
彼らが向かう場所はそう言う歴史の一幕と言って良い場所もであるのだ。
場所としては、高等部とその寮のあるエリアから少々離れる。
大学部は、もう少し山の手側にあり、旧闘技場は、どちらかというと、鋭児達が外出した門に近い方向にあるが、広大な敷地のほんの一角にあるその闘技場を目にしたわけでは無かった。
時間短縮のために、蛇草が車を回してくれる。
そして、回してもらった車というのは、大きなリムジンであり、後部座席は楽に十人は座れると思われるスペースをもっている。
一年のグランド入り口付近で、幾人かの生徒が、用意されたリムジンに乗り込む彼らの異様さに、驚きを見せている。
普段学生達は、六家の所有するリムジンなど目の当たりにすることなどまず無い。とくにこの学生の通用口ともなっている、グランドと寮の間の道になど、止まるはずの無いものなのだ。
「早くなさい」
運転手の開けた扉の中へ、颯爽と乗り込む葉草は本当に、高級車に乗り慣れた社長秘書というイメージがぴったりだ。しかもただの秘書ではなく、一ブレーンとしての存在感がある。
鋭児と晃平は、落ち着き無く互いを見るが、蛇草が強引に鋭児を中に引き込んだものだから、晃平は慌てて乗り込むしかなかった。
上半身裸の鋭児は、蛇草の上着一枚を背中に羽織っていただけだっただめ、社内に引き込まれると同時に、それが開(はだ)けてしまい、晃平にもその存在を露わにしてしまうのだった。
鳳凰を象った痣は、当に炎の象徴である。そんなものが、彼の背中にあったものだから、多少事情通の晃平だとしても、面食らうのだった。
車内に引き込まれた鋭児は、そのまま蛇草の膝元に窮屈な体勢で、顔を埋める状態となっていた。
「それが、キミのお気に入りかい?」
と、聞き慣れない男性の声が聞こえる。
非常に落ち着きのある声の低さで、それでいて若さのある声だった。顔を見ずとも、どちらかというと、線の細い雰囲気の声だったが、鋭児はその人物を確認するために、窮屈な体勢から、チラリと見上げるのだった。
すると、リムジン内に敷かれたソファーの片隅に彼は座っていた。
案の定男性は、それほど逞しさを感じるタイプでは無く、線の細いタイプの男性だった。
彼はスーツを着込んでおり、若きエリート社長というイメージがぴったりだが、その線の細さとは裏腹に、遊び人ではないか?と思える、何とも言えないとらえどころの無さがあった。
細い眼をした、黒髪のオールバックの、遊び人社長が、黒いスーツを纏っているという感じだ。ただ、あまり後ろ暗さもなく、少々飄々とした、感じである。
ただ、明るい人格の持ち主なのか?というと、そういうわけでもなさそうで、同じふわふわとしているタイプとしては、風雅だが、彼の場合は、一見思考の読めないような雰囲気をしていながらも、一つ垢抜けた明るさがあるように思える。
比較をすればそんなところか。落ち着いている分だけ、彼のような軽さは見受けられない。
ただ、車内に引き込まれた鋭児を見ても、あまり怪訝そうにもせず、迷惑そうにもしていないといった様子だった。
彼の位置としては、運転手石の後ろ側といったところだ。そして、助手席側には、千霧が座っており、ソファーは左に向いて、コの字型に設置されている。
「済みません霞様、私用でお車まで、回していただいて」
蛇草は座ったままではあったものの、深く頭を下げる。そして、鋭児の頭を無理矢理下げさせるが、前のめりになった鋭児は、それ以上頭の下げようも無く、蛇草の膝元に顔を埋めるだけである。
晃平は車内に入ったものの、中央にあるテーブルに手をついたまま、窮屈な体勢で漸く前のめりにならないようにしているという体勢だった。
「ああ……」
蛇草は車の右側を背にする位置にまで移動して、膝上から解放された鋭児に向かい、自分の横をぽんぽんと、叩くのである。
其処へ座れという催促で、要するに晃平は、その空いた鋭児の横のスペースに座れということなのである。
蛇草と霞の間には基本的に誰も座らない感じで、一つ二つ、空白となっている。
「で?」
「ええ、彼が黒野鋭児です。翔の片腕にと思いまして」
「へぇ……背中に鳳凰か。将来が楽しみだね」
「はい。ですが、少々早く彼の存在が、周囲に知られてしまいまして……」
蛇草は少々困った表情をしていた。
「彼の?ああ……なるほど。そう言う事か……」
霞は、すぐに蛇草の言いたいことを理解した。十六歳にして、鳳凰の印を背中に持つとなると、確かに周囲が注目をするだろう。
「でも、その話は後で……。とりあえず、君たちの用事を済ませよう。送った後、僕はどうすれば良いのかな?」
「送っていただけるだけで結構です。問題が解決した後の時間は、さほど問題ではありませんし……」
「そうかい?」
霞が言っていることは、フォローやアフターケアの話である。御庭番頭領の蛇草が関わるほどの事態なのだから、よほど重要な案件なのだろうと言うことだ。しかし、これは単なるお節介であるだけで、東雲かが直々に関わるほどの問題ではないのだ。
そして問題がどういう状況であろうと、蛇草ほどの手練れが其処にいると言うことは、力で解決出来ない存在はほぼ無いと行って良い。
仮にそういう事態が学園内にあるとすれば、その方がよほどの問題なのである。
「千霧、霞様の護衛を引き続きお願いするわね」
「かしこまりました。」
蛇草と会話する霞の所作は、少々気障ったらしく滑稽な雰囲気があるものの、それそのものは、不自然では無く、飾り立てた様子もなく、日常の彼なのだろうということを思わせるに十分だった。
言うなれば、二代目の社長業を継いだ悪気の無い気さくな青年と言った雰囲気だ。ただ、青年風に見えるだけで、彼そのものは三十代であり、蛇草よりも優に十歳は年上である。
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