第一章 第3部 第22話
ただし、そう言われて困るのは鋭児である。これには何も答えることが出来ないし、自分がそう言う力を持っているからこそ、この場に居るのだという事実しかない。
「さ……なにか、訳ありみたいだから、行きましょう」
「まて!」
晃平は認めないし諦めない。
「アナタは負けたのよ!そして、落ち着きなさい!」
蛇草が一喝する。ジャケットを脱いだ蛇草は、黒のチューブトップのみであり、色香漂う大人の素肌を惜しげも無く晒している。
晃平は、そんな大人の女性である蛇草に叱りつけられると、口惜しそうに言葉を飲み込むしか無かった。
「蛇草さん……」
鋭児は、少々申し訳なく思った。
蛇草の召し物となれば、それ相応の高級品であり、それを水浸しになった自分の背中を庇うために、台無しにしてしまったのだ。
しかし、鋭児が何とも困って申し訳なさそうにしている表情をみると、蛇草は思わず胸にキュンときてしまい、卒倒しそうになってしまうのだった。
だが、そんな場合でもない。
「厚木晃平。アナタの技量は大したものだわ。しかし、勝負に拘らないスタイルのアナタが、勝負を焦ったがために、犯した自分のミスを悔いるべき。も少し静かな消耗戦を強いれば、鋭児君に、経験値差で十分勝てたはず」
蛇草はまず、反省点を述べる。
「鋭児君が勝てたのは、彼が功を焦ったからに他ならないのだけど……最後のあの技は見事だわ。技の名は?」
「いや……まだ……それよりも、晃平」
「……ああ……」
その晃平の返事は、半ば諦めに近いものだった。
敗北宣言を受けたと言うことは、晃平は打倒鋭児に失敗したのだ。そして、それを隠す手段はなく、すでに晃平に脅しをかけていた張本人にも、伝わっていることだろう。
一同は、少し落ち着ける場所へ移動するために、グランドから寮の裏庭あたりにまで移動する。表彰などもあるが、そんなことを言っている場合でもない。
晃平は、携帯電話を開き、鋭児と蛇草にメールの内容を見せる。
其処には、鋭児を倒さなければ、F4の生徒が犠牲になるという文面だった。これは明らかに、鋭児に恨みを持つ誰かの犯行だと言うことを裏付けていた。
思い当たる節はありすぎる。何せ焔を自分と対極の位置に立たせるために、三年生の大半を敵に回したのだから。
そのために、殴り飛ばされ骨を折られた者はたまったものではない。
「驚いた。この学園では、上から下への報復は、御法度のはずだけど?」
「んなもん、隠れてやれば、どうとでもなるよ」
鋭児はすぐに切り返す。
確かにそれを言われてしまえば身もふたもないと蛇草は思うのだった。
そんな中、晃平一人が、唇を噛みしめ、自らの力の無さを悔いている。
しかし、蛇草はそれは間違いだと思った。何故なら一番の問題は、力がありながら、その力と正面から向き合ってこなかったことにあるからだ。
勝てる力があるのに、彼は活かしておらず、勝てる力を活かすための経験値を蓄えなかった。だから、僅差の戦いにおいての経験値が無く、踏ん張りどころが解らない。
一方鋭児は、力の使い方こそ未熟ではあるが、彼の打たれ強さは、それだけの経験を積んできたことを十分に証明していた。
踏ん張りどころにおいては、鋭児の方がよく心得ており、晃平が力を補いながら戦うスタイルを用いていることも十分理解していた。
よって、目の前に使えるものがあるのならば、晃平はそれを自らの糧にするに違いないと、思ったのだ。晃平は目の前の鋭児の技を安易に利用しすぎてしまったのである。
今回の差は、そういった経験値や勘といったものに他ならない。
「どうすればいい……」
晃平は悩む。
今こうしている間に誰かが犠牲になってるかもしれない。
おそらくは、会場にいなかった、囲炉裏が、まずその対象となっていると予想した。
彼女は拘束されており、今頃見せしめにあっているかも知れないのだ。
「定石だけど、本当に鋭児君が、這いつくばる姿を目にしたいのなら、まだ誰も命を落とすまでには至っていないと思うわ。事件になれば、教員達が動くだろうし……わざわざ試合で、ということは、鋭児君の昇級などを阻害しがっているとも考えられるわね」
蛇草が眉を潜めながら、色っぽい唇で右人差し指の背を咬むようにして、思案する。
「晃平。もう一度メール見せてくれ」
鋭児はそう言って、晃平の携帯電話に送られてきているメールアドレスを確認する。
「普通こういうときって、違うメールアドレスから送るよな?足がつかねぇように。このアドレスに、覚えあるか?」
鋭児に訪ねられた晃平は、どうして良いか解らず、首を左右に振るだけだった。
「さぁな」
自分はこの事件にたいして、あまりにも無力だということに苛立ちながら、悲痛な眼をして鋭児を見る。
そう言う目で見られてしまうと、鋭児も心が痛くないわけではなかったが、この先焔との約束を守るためには、どうしてここの試合を落とすわけにはいかなかったのだ。今後、鋭児の台頭が明確になるにつれ、こういう妨害はいくらでも起こりうるのである。
そのたびに、譲っていては前に進むが出来なくなってしまうのだ。
それに、鋭児はそのメールアドレスに見覚えがあったのだ。それもよく知る人物のメールアドレスである。
「15rw@xxx.ne.jp」と記された送り主は、鋭児の知る限り一人しかいない。
「まぁ……いいや。晃平、後は俺が其奴殴りに行くから……」
と、鋭児が其処まで言いかけたとき、晃平の携帯電話に、謎の送り主から再びメールが届くのであった。
「『旧闘技場にて待つ……』って……」
「俺に来いってことだろ?」
蛇草も晃平も緊張している中、鋭児だけは妙にリラックスしている。ただ、何もかもがすっきりしたという表情では無く、何となく癖のある笑みを浮かべるだけだった。妙な余裕がある。
「まって、私も行くわ」
「みんなで行こう。其処には俺一人で……なんて、指定は書いてない。どのみち俺、旧闘技場なんて場所知らねぇし」
鋭児は、蛇草の申し出を受けるだけに止まらず、晃平もその場所へつれて行くというのだ。
晃平としては頷き、行くしか無い。騒動に関わった責任がある。
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