第1章 第3部 第16話

 「どういうつもりだよ。晃平」

 鋭児は、その場の去り際に、自分の試合を一部始終見守っていた晃平の横を通りかかると同時に、思う疑問をぶつけた。

 「悪い。負けられなくなった……」

 互いに何とも冷たい声のやりとりだが、晃平のその一言が、非常に重さがあった事だけは確かである。鋭児対策を立ててきたのは、間違い無く晃平である。そして、彼はそれを隠さなかった。ただ真夏は、技の後遺症については知らされていなかったようだ。

 晃平は、鋭児が歩む速度を落とすと同時に歩き出し、彼との距離を置いた。

 鋭児は、そんな晃平の後ろ姿を、ただ見やるだけだった。

 「負けられなくなった……か」

 一体何があるのか?少なくとも、その言い回しから、一昨日の挑発で、彼がやる気を出したという訳ではなさそうである。

 では、何があったのか?と思うところだが、当然それを聞く相手は、囲炉裏しかいない。

 鋭児は自分の試合を見守っていた囲炉裏と視線を合わせると、彼女は首を横に振る。

 彼女自身は晃平に何かを仕掛けたというわけではないらしい。

 

 この後、すこしのインターバルを置いてから、晃平の試合が行われる。それまでの間に、晃平と話しをする時間くらいは、いくらでも有りそうなものだが、敢えて晃平がそれを避けているということは、言えない理由が有るのだろうと、鋭児は考える。

 彼は、試合のために引かれている、白線の外ギリギリに腰を掛ける。そこに居ると言うことは、試合いの巻き添えを食ったとしても、自己責任であるということに等しい。

 晃平は試合に負けられなくなったという事だけを口にしていたが、厳密に言えば、その対象は全てにおいてでは無く、恐らく自分なのだろうと鋭児は思う。

 だとすれば、大凡のシナリオは見えてくる。

 恐らく、自分に敵意を持つ誰かが、晃平にそう言う指示を出したのだろうし、何かがその条件になっているのだろうと推測出来る。予想出来るのは、焔との一件で、鋭児に痛い目を見た連中の誰かだ。

 ただ、この学園のシステム上、上級者から下級者に対しての決闘申し込みは禁じられている。だとすれば、それは非合法な手段だ。その非合法な手段が何で有るのかが、解らない以上解決策を見出す事は出来ない。

 「参ったな」

 自分が負けることで、全て解決するのかもしれないが、鋭児には焔との約束もある。そして恐らくこういう問題は、自分が上に行こうとする度に起こりうるのだろう。

 晃平の相手はF2第二位の友利裕紀、女子である。F2ではあるが、恐らく学年末には一年Fクラスのトップ3に入るだろうと言われて居る成長株である。

 一年のこの時期のクラス分けというのは、二年生や三年生と違い、可なりのムラがあるのも事実で、この二ヶ月で自力を伸ばした者達もいる。

 ただ、学年第二位を倒した晃平にとっては、さほど難しい相手ではないだろう。

 

 時間が近づき、晃平が落ち着いた様子で、試合場所となる、グランドに姿を現し友利を待つ。

 「よう晃平。どういう風の吹き回しだい?小山の大将のアンタが、山のてっぺん目指そうなんて……」

 そのとき、腕組みをした友利が現れる。彼女の髪は非常に長く、炎の能力者にしては珍しく黒髪で有る。そして外見的には何も変化が無いように見られる。やんちゃそうな囲炉裏とは違い、彼女の顔立ちは非常に大人びており、同じ高校生とは思えないほど、鋭い目をしているが、なかなかの美女である。そして彼女の言動表情から、鋭児は少しクスクスと笑ってしまう。

 なにしろ、この学校に入ってからというものの、鼬鼠のように危険な男はいたが、何となく彼女は街に居る不良と同じような空気があったからだ。しかも、硬派なイメージがある。

 「何でも無いよ」

 晃平は平淡に、眼鏡を弄りながら、それがまるで気まぐれかのように振る舞う。

 しかし、そういった晃平は、珍しく力の入った構えを見せる。

 「へぇ……」

 その構えに、彼の本気を感じたのだろう。友利も同じように構える。

 ただし、晃平が拳を握っているのに対して、友利は牙を向けるようにして、指先を相手に向ける。それはまるで獣が敵を引き裂くような構えである。

 そして何より彼女の爪が赤い。

 まるで、深紅のマニキュアを施したかのようだ。なるほど、彼女の真価はそこにあるらしい。そして、晃平が構えているのは、相手に対して敬意を払うためだ。

 鼬鼠の時の晃平は、少しずつ種明かしをしながら、奇策に転じていた。そして、どちらかというと、晃平はそう言う戦い方をすることで、相手を出し抜くのが得意なのだ。

 構えてから、開始の合図が出るまで、数秒だったが、その一呼吸が妙に緊張感を孕んでいた。

 十分に取られた互いの間合いから、両者一気に詰め寄り、牽制と打撃の応酬である。

 友利の攻撃は、矢張り鋭利な指先から繰り出す暫撃だ。ただし晃平はそれを上手く躱し打撃を繰り出す。ただ、それも簡単に当たりそうにはない。

 それでも晃平の動きは丁寧だ。非常に組み立てられている。友利の攻撃は力強いが矢張り荒々しい。キャラクターをあまり裏切らない攻撃である。

 友利の両手を完全にいなしきった瞬間、晃平の回し蹴りが、友利のこめかみに、直撃する。当然友利は、体勢を崩すのだが、接近戦を得意としている彼女は、倒れることは無く、晃平の二撃目を受けない距離に離れ、すぐに正面に彼を見据えると、同じように攻撃を仕掛ける。

 動きは断然友利の方が速く思えるが、晃平はそれからの動きを予測しており、まるで詰め将棋のように、友利の次の攻撃を決定づけているのだ。

 そして、最後には必ず友利が、身を引いた瞬間に蹴りの一撃が入るのだ。

 彼の優れているところは、両手での攻撃も行っていると言うことである。ただそれは決定打には成りづらく、矢張り最後に繰り出される蹴りの一撃が、決定打になっている。

 ただ、二撃三撃と食らう友利では無く、流石に晃平のフィニッシュブロウが、その一撃であると感じると、体が伸びきり、逃げ切れない状態になると、ガードを固めてくる。

 「虎襲拳は、良い技だけど。読み勝ち出来ないと当たらない」

 晃平は、自分のこめかみを、トントンと突く。

 「そりゃ、お前だからそう言えるんだよ」

 そう呟いたのは鋭児である。彼のように相手の攻撃を組み立ててしまえる人間など、そう居るわけでは無い。

 そして、晃平は一歩下がる。

 今までとは違い間合いを空けたのだ。

 「火炎林!」

 そう言って、右掌をグランドに叩き着けると、友利の周囲に彼女の身長より遙かに高い火柱が何本も立つ。

 「うわ!」

 流石に接近戦重視だと思っていた直後に、伝達系の技を使われ、友利は怯んでしまう。

 火炎林は単一能力者では扱うことの出来ない技である。少なくとも地と炎の力を保持していなければならない。

 怯んだ瞬間に晃平は飛び上がり、終の一撃に入る。

 「鳳輪脚!」

 元々この技は晃平ノートに記されていた技で、当然彼の所有物でもあるが、問題は鋭児のように五本の輪を描くことが出来ないことである。

 晃平がこの技を使うためには、出力があまりに大きすぎるのだ。だから、彼は三本の輪を描き、その中に六芒星を描く。ただ、鋭児のようにキレのある動きでは無く、少々干満に見える。

 ただ、風の力を用い、十分な滞空時間を維持している。

 そして、友利に一撃を加える。

 強烈な鳳凰の蹴りを受けた友利は、火炎林の中からはじき飛ばされ、大の字になって倒れる。

 晃平の鳳輪脚は、十分な隙が無くては成立しない。鋭児の技だと思っていた友利には、当然予測出来ない動きだった。

 一連の流れを理解していれば、恐らく躱すことので来た一撃である。

 あまり多くの分析の出来ない生徒達は、晃平のこの技に、響めき騒めく。ただ、鋭児はそれほど驚くことはない。彼の使った技が簡易版であることは、十分理解しているからだ。

 火炎林が決まった時点で、これほど大技を仕掛ける意味が、晃平には無かったはずだと鋭児は思った。

 彼ならもっと多くの確実なバリエーションを持っているに違いないからだ。

 鋭児の目の前だから、敢えて知っている技で終えたのか?という疑問はあるが、少なくとも知っている技だけで、対処出来る相手だったことだけは、間違いの無い事実だ。

 友利の学友が慌ただしく倒れた彼女に駆け寄る中、鋭児は、ゆっくりと立ち上がり、晃平と言葉を交わすこと無く、歩き出すのだった。

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