第1章 第3部 第15話

 晃平が、学年二位の卯之刻明美を下したという話しは、誰もが予想だにしていない出来事だった。しかも、圧倒的な勝利だったという。

 晃平の能力の主体は勿論炎であるが、多重能力者である彼は、他に二つの能力を織り交ぜることにより、通常より遙かに強力な技を使いこなすことが出来る。

 勿論混在する能力を持つ晃平は、他の能力の雑音により、本来身体的に有利な炎の能力者の特徴を最大限に発揮出来るわけではない。それでも、技を相殺する力や技術は、圧倒的に他の能力者より、優れている。

 そして非常に術的な戦い方をするのだ。

 炎の術者は肉弾戦を得意としているのが、本来の姿であるが、多重能力者であり、術式を伴った晃平との接近戦は、彼に術をかけてくれと言っているようなものなのである。

 ただ、炎の能力者であるという建前上、彼は水の力はこの試合では見せなかった。

 しかし、それでもそう言う加算があると解るのは、鼬鼠以上の力を持つ者で無いと、中々悟れるものでは無い。鋭さも力強さも、力量差と捉えられてしまえば、つい錯覚してしまいがちなのである。

 

 晃平が勝ち星を挙げたことを鋭児が知ったのは、吹雪が焔の部屋に訪れた時だった。

 

 晃平が勝ったと言うことは、彼は自分との対戦を望んでいるということだ。しかし、あんな簡単な挑発で勝負っ気を出すのならば、端から彼は最下位クラスで燻っているのもおかしい話しである。

 しかしそれは鋭児が知らないだけの事情なのだ。

 翌日、午前中第二回戦第一試合が行われる。それは鋭児の試合である。

 対戦相手は、一年Fグループの第三位と、予想された相手だ。予想されていないのは、鋭児の方であり、彼は現時点で、一年Fグループの一位を倒しており、事実上ナンバーワンの実力ということになる。

 鼬鼠を倒した下馬評は、満更でも無いということを、周囲に認識させるに至っている。

 

 一年F2クラス第三位、名は真夏陽大という。肌が褐色であるが、髪の毛は黒い。髪の毛が黒い理由は、二つの理由がある。覚醒していないか、闇や大地の力を可なり高いレベルで保持しているか、である。

 ただ、炎の力を持った覚醒者なら、少なくとも頭髪にも何らかの変調が見られても不思議では無い。まず肌から現れると言うことは珍しいらしい。

 鋭児ですら、毛先が赤みがかる方が、まず早かった。焔などは、髪が完全に艶やかな紅に染まってしまっているほどだ。

 肌が褐色に染まると言うことは、相当な力を有しており、且つその力を高い頻度で使い続けているという推測が成り立つ。

 ただ、彼の髪の毛は黒い。

 彼の容姿は無造作ヘアに、少しやんちゃそうな笑顔の似合う、ベビーフェイスな男前である。

 表情の雰囲気からしても、夏が似合いそうだし、絶えず擦り傷を作っては、元気を有り余らせている。爽やかそうな雰囲気が漂う。

 身長は一七〇センチ程度で、この年齢の日本人男子にしては、成長の余地があり、それほど低いわけでは無い。体も締まっており、筋力も過不足のないようで、運動も得意そうである。

 

 両者は、グランドの上で互いに構えて、戦闘態勢に入る。

 彼は黒野鋭児という存在を目の前にして、爽やかでありつつも不敵な笑みを浮かべる。表情からは特に奇策を好むようには思えない。

 ただ、こういう真正面から来そうな相手だからこそ、鋭児は慎重に身構えた。

 

 教諭から、開始の合図が発せられると、まず仕掛けたのは真夏だった。

 鋭児の体が一瞬硬直する。それは彼が何らかの術に掛かったからではない、真夏の動きが尋常じゃ無く早かったからだ。恐らくその動きは、F1の火雅よりもキレのあるスピードである。

 そして爆発的な速度だ。

 ただ、物理的な接近戦なら、鋭児は決して苦手では無い。それこそ日常の喧嘩では当たり前のようにある光景であり、多対一でないだけ、対応は随分楽なものである。

 しかし虚を突かれた感は否めない。それほどの早さだった。

 「真夏って、あんな力強い早さだっけ……」

 「いや、軽快さはあるけど……」

 周囲が一言二言、そんなことを漏らす。

 晃平と回ったときは、彼を含め、上位三人には敢えてぶつからなかった。抑も鋭児が強すぎるというのもあったし、対策を立てられる事を嫌ったからだ。対策を立てる必要はないのか?という部分は、焔や重吾を相手にしているのだ、敢えてする必要が無いといえた。

 それくらい鋭児の力には、まだまだ余裕がある。

 珍しく拳同士が激しくぶつかり合う展開となる。互いのフットワークも非常に軽い。肉弾戦となるのは、炎の術者としてはそれほど珍しくは無いのだが、これほど愚直なまでに、殴り合うケースはあまり見られなかった。

 真夏の回し蹴りに対して、鋭児が防御に入る。鋭児も防御に回ることはあるが、完全に守勢になるのは珍しいほどの、堅めの防御だった。

 両腕を眼前で交差させ、真夏のけりを受け止め、数メートル退く事になる。

 この強さは異様であると思ったのは、戦っている鋭児本人だった。異様だというのは、胸騒ぎを感じるという感覚的なものだったが、非常にテンションの高い早さであり、危うさを感じる力なのだ。

 見方によれば飛ばしているという表現だったり、やたらと呼吸が弾んでいたりと、そういう浮いた感じがするのだ。

 真夏は嬉しそうに鋭児を見る。彼自身はそれほど悪気があるわけでは無いが、強さそのものには、悪意を感じる。なぜなら、鋭児自身がそれを実践しているからだ。

 なるほど、客観的に見れば、これほど異様な感じがするのだと、改めて納得する。だが、それは勝負が付いてからでも良い。訪ねる事が一つ出来ただけのことである。

 鋭児が、技に入ろうとすれば、真夏はすかさず肉弾戦に持ち込む。鋭児に技を出させないための、接近戦なのである。

 昨日と同じく、鋭児に大技を出させないというスタンスは徹底しているようで、そこには一つの意思すら感じさせる。

 当面は、異様に弾むような攻撃力を見せつける、真夏への対処なのだが……。

 鋭児は、次に繰り出された真夏の両拳を絶妙なタイミングで受け止める。

 「ヤルね!黒野クン!」

 真夏は、キャラクター通りの爽やかさだが、彼の浮かれた様子は、正直不自然なものを感じた。自らの自信からくる雰囲気では無く、何らかの高揚感から来るイキの良さだ。

 両手を塞がれれば、力比べか蹴りでの攻撃か牽制かというところである。頭突きという選択肢もあるが、組み合った距離からそれはない。

 案の定真夏は右足を振り上げてくる。しかも印の隠った蹴りである。鋭児は賺さず真夏から離れ、その蹴りを躱す。

 鋭児の経験が不足している様は、当にこういった部分に現れるのである。技同士の仕掛け合いであったり、自らが奇策に出る分には、問題無いのだが、戦いの一連で肉弾戦に入ってしまうと、つい印を交えた技という存在が、頭の中から抜けてしまうのである。

 幸い致命の一撃にはならなかったが、顎は掠められてしまった。よく躱せたと周りが思うほどである。

 尤も蹴りそのものはよくあるパターンであるため、躱すことには問題無い。真夏もどちらかというと、純粋な炎の能力者であるため、呪術的なものが含まれた攻撃な訳では無い。

 これが呪術的なものが含まれていたとすると、傷口からあふれた血が止まらなかったりと、様々な副作用がある。

 そういう炎は、抑も黒ずんでいたりと、矢張り通常の色では無くなるため、一目瞭然ではあるのだが……。

 

 しばらく鋭児と真夏の攻防は続く。どちらかというと鋭児が抑え気味に戦っているのは、見て取れる所だが、何故彼が仕掛けないのかは、誰にも解らない。

 真夏が技に入らないのは、入るタイミングを狙っており、絶えず鋭児の先攻を徹底的に潰しているからだ。そして何より強く早い。

 ただ、鋭児には、何も手が無いわけではなかったのだ。こうして、真夏との接近戦を戦っているだけで、その成果は十分あるのだ。

 それは、鋭児の予想が正しければ……という事なのだが、真夏の息の弾みようや高揚感を見ていると、経験上解ることなのだ。だとすれば、時間をかければ良いだけのことなのだ。

 

 そして、その瞬間はやってくる。

 調子よく鋭児を攻め立てていた真夏の動きが、急に鈍くなったのだ。そして表情を引きつらせはじめ、拳を鋭児に当てようとした瞬間ついに、彼は動きを止めてしまった。

 「イテェ……なんだ……これ……」

 その瞬間。鋭児は、やはりそうなのかと思った。

 「それ以上は、止めとけよ」

 一方鋭児はあれほど防戦一方だったというのに、平然としている。唯一一撃、油断から来る一撃を受けそうになっただけで、全体を通して安定していたのは鋭児の方だと言えた。

 

 鋭児は一度強めに地面を踏みしめる。

 すると、一瞬つむじ風が彼の右足周辺に漂ったと同時に、地面に六芒星が浮かび上がり、炎が灯され、それを一つの円が取り囲む。

 「龍牙!」

 鋭児は一つ声を上げ、円を蹴り上げ、眼前にそれを浮かび上がらせ、真夏に向かってそれを蹴り飛ばす。

 円からはじき出されるように一匹の龍が姿を現し、真夏に襲いかかり、直撃し、彼をはじき飛ばす。

 龍牙は、双龍牙の基本的な技である。焔は片足で円を二つ描き、それを蹴り飛ばす。だから双龍牙なのだが、彼女の持っている力と増幅された技の力が、途轍もない破壊力を生み出していると言うわけだ。

 あれだけ、俊敏な動きをしていた真夏は、その単純な技すら、躱す事が出来なかった。

 「竜脈が焼けたんだよ。それあんまり使わない方がいいぜ」

 鋭児はそう言って、真夏の額に自らの学生証を当てる。

 「まいった」

 真夏は観念したように、それでも悔いの無い様子で、負けを認める。

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