第1章 第3部 第10話
「はじめ!」
審判役を行っている教員が、開始の合図を出すと、鋭児と晃平は素早く腰を落とし構える。
まずは晃平が、宙に印を浮かべ、そこに炎の力を加えると、とたんに燃え上がり、彼は燃え上がった印を連続的に殴る。
火炎弾という初歩的な技なのだが、晃平が継続的にそれを行えているのは、風の力を駆使しているからで、通常の火炎弾は、数発打ち込むと印の能力が弱まり、消えてしまう。
鋭児はこれを受けない。
それは、静音との経験からだ。
相手が晃平である限り、その印が単なる印でない可能性が高い。仮に呪縛系の技が仕込まれていれば、鋭児の機動力は大きく奪われる事になる。
左へと躱した鋭児は、両手の平を、胸の正面で構えつつ、描いた印を少し前に押し出して宙に浮かべると、体の流れた体勢のまま、くるりと反時計回りに一度回り、印を蹴飛ばす。
すると、晃平の連撃とは比べものにならないくらい大きく早い火炎弾が、彼を遅う。
晃平は鋭児が呪術系の技を覚えていないことを知っている。勿論晃平ノートには、それらも期されているが、こればかりは一朝一夕に出来る技ではないし、そもそも鋭児の性格には、この呪術系の技は向いていない。ただ、本当に性格的にという意味である。
晃平はこれを正面から受ける。
特に意味はない。受ける事が出来るから受けたのであり、鋭児の実力を知るための手段でもある。
「重たいな……」
晃平は余裕を持ちつつ、少し後ずさりしながら、その感触を確かめる。
牽制の一撃ずつを打ち終えた瞬間、鋭児は一瞬にして晃平へと詰め寄り、ラッシュをかけるが、晃平もすぐにこれを躱し、再び距離を開ける。
同時に、自らの正面に大きめの六芒星を描く。勿論二人は炎の属性同士であり、描く円も炎同士である。
だが、その要素は大きく異なる。それほど風の力を伴わない鋭児の円は、燃えさかる火の輪のような円だが、晃平の円は、風の力で誘導された、非常に整った円である。
彼が幾つかの要素を乗算して、より強力な技を練り上げる事はすでに知っていることであり、驚くことではない。
「虎爪拳!」
両者は叫びながら、自ら描いた円に突っ込み、その力を右手の指先に集中し、一気に間を詰める。
当に相手の首をもぎ取る勢いで互いの首元に向かい、その一撃は放たれるのだった。
ギリギリの間合い。まるで時間を引き延ばされた映像のように、互いの右手が眼前に迫る。
それを極限で躱したのは晃平であり、鋭児の拳は空を切る。言い換えれば鋭児の動作の方が一瞬早かったとも捉えられるが、晃平の判断がより勝っていたとも言える。
晃平の手が、躱した鋭児の真下から押し迫る。そして、鋭児の顎でピタリと止まるのだった。
その勝負の緊迫感は、最下位クラスの戦いとは思えないほどのものだった。虎爪拳は、複雑な技では無いため、誰にでも使う事が出来る。
ただ、単純な技だけに、力次第で十分必殺の一撃となり得るのだ。
空気が一瞬静まり帰る。
「参った……」
鋭児が、少々首を仰け反らせながら、下方から睨み挙げる、眼鏡越しの晃平と視線を合わせる。晃平は特に笑うこともなく、鋭児に鋭い視線を向けているのだった。
これほど早い勝負になるとは、誰もが終わらなかった所だが、結果は結果であるし、これはあくまでクラス内での決勝であり、本戦ではない。
「本戦に……温存か?」
「まぁな」
珍しく棘のある晃平の声に、鋭児は当然のように答える。
鋭児が自分に対して本気を出さなかったということが、晃平の苛立ちの原因である。随分甘く見られたものだと、晃平は思ったのだ。しかし、それは正しい選択でもある。
鋭児の目標が焔と戦うことであり、この最下位クラスから目指すとなれば、周到で無ければならない。
「解ったよ」
晃平がいつも通りに戻り、少々残念そうに微笑みながら、鋭児を見つめる。
「本戦決勝でなら、マジでやれる」
そう言って、鋭児は晃平の肩をポンと叩いて、彼の横を通り過ぎるのだった。
「黒野……」
と、もう一人通り過ぎようとした人物が声をかけてきた。それは重吾である。
「やべ、焔サンにガチで怒られるかも……」
そう言って、重吾に手を振りながら通り過ぎる鋭児だった。
体操服姿の鋭児が向かったのは、自分の部屋ではなく、吹雪の部屋である。それは、吹雪との約束である。この日は祝勝会だということだが、鋭児はその約束を果たせなかった事になる。
実は晃平達も招かれているのだが、勿論それは静音に任せてある。
重吾は鋭児を見送った後、自分のグラウンドのほうへと向かい、ちょうど歩いてきた焔と鉢合わせになる。
「どうだった?」
勿論聞いたのは焔だ。焔の決勝は赤羽であり、残念ながら重吾はその前の試合で、赤羽に負けてしまった。ただ順位は暫定四位である。
「黒野のヤツ負けました」
「ガチでか?」
「……いや、それがどうもアイツらしくない、煮え切らない負けでした」
「そうか」
それは少々残念だが、全力勝負が信念の焔には、あまり良い報告とは言えない。
「焔さん!」
「あん?」
「いや……アイツはまだこの学校に入って……」
重吾は咄嗟に鋭児をフォローしようとするのだ。
「決勝に余力残したんだろ?解ってるよ」
「はぁ……」
鋭児が言い零していた厭味は、どうやら不発に終わりそうだ。ただ、焔は余りいい顔をしているわけではない。
「赤羽は?」
重吾は、ある意味因縁の戦いとも言えよう、その対決の結末を聞く。
「三秒で伸してやったよ。お前なに負けてんだよ……」
重吾の実力がれば、そろそろ勝てたとしても、不思議ではないとふんでいたのだ。
「すんません」
こればかりは、駆け引きのありようで、いくらでも変わろうものだ。それだけ二位か以下の差は、紙一重とも言えた。
「まぁいいや。期末は勝てそうか?」
「今は何とも言えないですが……」
重吾の慎重な返事。ただそれが現実なのだ。
「悪かったな。俺が鋭児の事をお前に預けた分。お前の時間が無くなっちまった」
ただ、その責任は十分自分にもあるのだと、焔は自覚している。
「いえ」
「んじゃ、ぱっとシャワー浴びて、吹雪の部屋に集合な」
「はい」
といっても、帰る場所は同じ建物であり、部屋が違うと言うだけである。
「いや……アイツの部屋入った瞬間。鋭児とヤってるかもしれねぇなぁ……」
焔は、顎に手をやりながら、真剣にそんなことを考えている。こういう発想に対して、重吾は苦笑いしかできなかったが、ブルマ姿の焔の尻が瑞々しく動いている。
それも目の毒で、少し視線を挙げて、顔を反らせるのだった。
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