第1章 第3部 第11話

 その後、吹雪の部屋で祝勝会が行われたが、晃平は姿を現さなかった。

 その晃平は、自分の部屋で、静音と二人で、小パーティーを開いていた。

 「晃平君おめでとう!」

 「有り難う御座います」

 そう言っている、晃平は浮かない表情である。ただそれに対して、静音は深くは聞かない。

 「静音さんも二位通過、御目出度う御座います」

 「うん。有り難う!本戦も頑張ろうね」

 静音はそう言ってニコリと笑う。

 あまり野心のなさそうな静音だが、このたびは少々事情が異なるようだ。勿論彼女がそんな気持ちに至る理由は幾つかあるが、間違い無く一つは、鼬鼠との勝負の時、自分がただ守られるだけの存在だったと言うことに、気がついたからだ。

 家族に守られていたわけでは無く、出会ったばかりの鋭児や晃平に守られた自分が其処にいたのだ。下手をすれば鋭児は命を落としかねなかった。

 助けられてばかりではダメだ。

 その思いが、彼女を決勝まで押し進めたといっても良い。


 晃平の部屋は、色々なものが置かれているが、非常に整っておりすっきりとしている。勿論焔が言っているようなお宝本などは、目に見える範囲に転がっている訳も無い。

 変わらず清潔というのが、晃平の部屋で、非常に淡々としている。

 決して素っ気ないわけでもなく、思い入れが無いというわけでも無く、机の上に置かれたシャープペンシルが転がっていたりするところに、彼の生活感が何となく漂っている。

 そう言う部屋なので、居心地は良い。晃平の人柄が何となく空気となって漂っている。彼は日常を淡々と過ごしているようだが、ただ淡々としている訳でも無く、日々出来る事を着実の進めているのだろう。

 それが、転がされたシャープペンシルであり、今は閉じられているノートパソコンであったりなのだ。

 几帳面だが神経質ではないと解る所は、全てのアイテムが四角四面に画一的な方角を向いていない所だ。ペン立ての位置が、微妙に変わっていたりと、訪れる度に、そう言うどことなく物が動いている気配がするのである。

 「ねぇ静音さん」

 「なぁに?」

 「今日、鋭児は、なんで俺とガチでやらなかったんだと思う?」

 「決勝で温存したかったから……じゃ?」

 「あの鋭児が?つきあいは長くないけど、そんな先のことを考えて動くヤツじゃない。でも、今日の鋭児は、明らかにそう言う選択肢をとった」

 「吹雪さんあたりが、入れ知恵した……とか。かも。吹雪さんは、優しいから」

 「うん……」

 そう、吹雪は確かに優しい。焔なら、そう言う壁を乗り越えてこその鋭児だと思うだろう。確かに吹雪なら、そう言うかもしれないが、同時に自分のスタンスをしっている鋭児なら、あの決勝こそが、二人が唯一闘う為の場だと言うことを理解していたはずだ。

 本戦で、自分達が戦うことが、もうないと理解していてあの態度なら、それは鋭児ではないような気がしてならないのだ。

 静音は、晃平のスタンスを知っているわけではない。だから彼女は、晃平に対して無邪気に本戦のことを言っていられるのだが、晃平は、静音はそれで良いと思っているし、終わってからでも、そう言う話は出来る。

 

 そのとき、晃平の携帯電話にメールが入るのだった。

 「ん?」

 着信音の設定されていない、デフォルトのメールである。それは未登録メールを意味するのだ。

 晃平は、ポケットから、電話を取る。

 その瞬間、晃平の表情が硬直する。

 「どうしたの?」

 「……いや」

 とはいうものの、携帯電話を見ている晃平の顔は、非常に厳しいものがある。

 あまり他人のメールをのぞき込まない静音だが、晃平の手に自分の手を伸ばすと、晃平は静音にメールを見せてくれるのだった。

 

 メールには、「黒野鋭児を倒さなければ、お前の子分を血祭りに上げる」と、一文だけ添えられていた。

 この学校では、上から下への宣戦布告は御法度である。それでも、それを行う機会があるとすれば、ほぼ決勝トーナメント中だ。方法論は解らない。だが、少なくとも、この学校の生徒には、様々な能力がある。大々的でなくとも、方法はいくらでもある。

 しかし、相手が見えない以上、それが何かなど、晃平に解るはずが無い。

 寧ろ、様々な方法を知っている晃平だからこそ、その選択肢の多さに、防衛手段を思い着かずにいる。

 「晃平君……」

 「これって、決勝トーナメント全員に送られているのかな……」

 「いや……他の連中は言われなくても、一つでも上に行くために、手を緩めることはないよ」

 「じゃぁ晃平君だけに?」

 「……かな。どうやって俺のメールアドレスを知ったのかはしらないけど……」

 「どうするの?」

 「俺と鋭児が当たるのは、決勝だ……参ったな」

 「じゃぁ、晃平君が途中で負けたら……」

 「それは解らない……」

 晃平は思い悩む。ベッドの縁にすわり、愕然と肩を落とすのだった。それもそのはずで、同じ目的のために、相反する選択肢を突き付けられたのだから、当然である。

 静音はそんな晃平の横に座り、彼の両肩にそっと手を添える。

 問題なのは標的が一人と書かれていない事だ。クラス全員なのかもしれない。

 では、何故そこまでして、鋭児に執着するのか?と考えると、焔をおびき出すために、あれほど大暴れしたのだ。当然彼に恨みを持っている人間も多いし、未だに焔に対して、恨みを持っている連中も多い。

 その中で、鋭児は引っかき回したあげく、焔と元の鞘に収まってしまっているのである。

 〈恨むぞ……鋭児〉

 そう心の中で晃平は呟くのだが、勿論それは決して本音ではない。ただ、彼の人生設計に大きな狂いが生じたのは、間違いの無い事実である。

 晃平が最初に当たるのは、学年二位の卯之刻明美うのこくあけみである。言うまでもなく、炎使いである。

 「イタズラメールの可能性は?」

 「勿論あるだろうけど、それは結果が出てから解る事だから、決めつけて動く訳にはいかない」

 そう、結果が出てからでは遅いのだ。ならば一番最善の結果に持って行くしかない。晃平は、現時点でクラス全員のメールを知っているわけでは無い。少なくとも自分のクラスの中に、鋭児優勝の妨害を企んでいる人間がいない事を信じるだけだ。晃平の知りうる限り、能力を隠してわざわざF4に潜伏している者など居はしないが、全員の心理を把握していないのも、また事実である。

 鋭児に直接相談する事も可能だが、要するにそれは負けてくれと言っているようなものだ。

 自分が真剣勝負をしたいときに、鋭児はそれを賺した。それと同じように鋭児が真剣勝負を挑むであろう場面で、自分が相手を賺す。しかも、相手に勝ちを譲ってくれという、虫の良い願い付きである。

 どうすれば良いなどと、考える余裕はない、決勝トーナメントは、明日からなのだ。

 「鋭児君が途中で負けるってことは……」

 「解らない。でも、俺との勝負を嫌ったんだ。あまり一試合を長くやろうとは思わないだろうな……」

 晃平が思い浮かべるのは、相手が攻撃をするヒマもないほどの速攻で、相手を沈めるという手口だ。流石に全回のようなドーピング紛いの技は使わないだろうが、回復しつつある鋭児は、ポテンシャルだけでいえば、相当の手練れである。そして、「技」以外の実戦経験は、学園内の連中より、よほど慣れている。鋭児にそう言う戦い方をさせてはいけないのだ。

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