第1章 第3部 第6話
重吾は、ゆったりと構えている。
だが、試合開始と同時に、素早く小暮に詰め寄り、容赦のない猛攻を仕掛ける。体格の大きい重吾は、動きが緩慢そうに思えるが、そこはFクラス五位の実力の持ち主であり、実に機敏なのだ。そして大地の力を組み合わせて使う重吾の攻撃は実に重い。
炎は俊敏で軽く、大地は重厚で緩慢といった具合だ。
一件相反するような性質だが、インパクトの瞬間に大地の力を加えると、それは途轍もない武器となる。それは、鋭児程度が持つ大地の力では、表現出来ないものだ。
そして、大地の力を持つ優位点としては、大地に強い印を描けると言うことでもある。しかもそれは見える部分にではない。
小暮が怯んで、下がった瞬間に、重吾は地面を抉るようにアッパーを入れる。
すると、まるで煮立った岩盤のように、地面が捲れ上がり、小暮を襲い直撃し、彼女を吹き飛ばす。
試合には場外がないため、重吾は空かさず彼女に詰め寄り、仁王立ちする。
「参った……」
小暮は、仰向けになったまま胸で大きく呼吸して、息苦しそうにしているが、少ししてから、ゆっくりと座る。
「阿壁は、相変わらず遠慮ないなぁ。と言いつつも、百パーセントって訳でもないか……」
「済まない」
と謝る重吾は、本当に申し訳無さそうである。が、小暮も別段重吾を責めている訳ではないのだ。ただ……。
「日向の舎弟なんてやってないで、狙っちゃいなよ」
とそう言って向けられた冷たい視線は、間違い無く鋭児の方だった。何故なら彼女は鋭児が殴り倒した人間の一人だからである。
「焔さんは……」
「解った。解ってる。赤羽の奴が、泣いて縋ったら、自分の舎弟でも殴り倒すバカだってことはね……」
そう言って、彼女は重吾の肩を幾度か叩いて、その場を去るのだった。
「鋭児君のやったことは、無駄じゃなかったみたいね」
と、吹雪は穏やかな笑みを作ってくれるが、鋭児は素直に喜べない。決して正しい事をしたわけではないのは、十分理解していることだった。
重吾の試合を見た鋭児は、しばらく吹雪と外の試合を幾つか見て回る。三年生の試合は、矢張り一、二年とは異なり、非常に駆け引きが多い。勿論クラスのトップとクラスの下位では、実力差があるため、結果はそれほど覆らないのだが、それでもチャンスを一つでも作るため、能力以外の技術で、技を一つでも多く封じるための妨害を入れる。息を呑むやり取りが多いのだ。それだけでも十分に見る価値があったというものだ。
昼休みになる。
結局鋭児はその後も、吹雪の言うがままに、連れ回され、そのまま食堂へと姿を現す。
「おーおー、ベタベタくっついてよ……」
と、いつもの場所に、焔が待っており、そこには、白髪の白い顎髭を伸ばした和服姿の老人が、同じように腰掛けていた。
「これは、不知火家の御爺様、お久しぶりです」
今まで、浮かれ気分で鋭児の腕に絡んでいた吹雪が、丁寧に頭を深く下げ、挨拶をする。
「ふむ。吹雪ちゃんは、見る度に美しう成っていくのぅ。儂もあと五十年若ければのう……」
そう言って、何故か一度焔の方を、片目でチラリと見やりながら、体操服姿がなんとも誘うものがある吹雪を見て、目の保養とする。
「五十年前でも、オッサンじゃねぇか……」
焔は不知火老人を同じように意味ありげに、チラリと片目で見る。焔は確かに美人だしスタイルも申し分ないが、矢張り彼女は健康的であり、見る限りでも花より団子という雰囲気である。それを指摘されての、やりとりだ。
「爺さん。吹雪の胸の感触味わって、鼻の下伸ばしてるコイツが鋭児」
「別に伸ばしてねぇよ……」
伸ばしてはいないが、堪能はしていた。それは鋭児が照れて横を向いた瞬間に解ってしまう。
自分を感じていたという表現をされたことで、吹雪は嬉し恥ずかしそうにして、火照る両頬に掌を当てて、もじもじとし始める。
吹雪が照れているのは、不知の行為であることではなく、鋭児が反芻している所にある。
そうしていると、焔がテーブルをバンバンと叩く。あまり大きな音ではなかったが、彼女の言いたいことはよく分かる鋭児だった。
「晃平と静音さんは?」
「まぁ、誰かと同じように、デレデデしてんじゃねーのか?」
「そっか……」
このあたりの焔の厭味は、鋭児にとって特に気にすることもなく、もうほぼ日常のやりとりになりつつある。
「で?焔さん……」
「まぁ……爺さんが、紛いなりにも鼬鼠から勝ち星を奪ったお前を見ておきたいっつってよ」
「ああ……」
そう言ってから、鋭児はようやく不知火老人に頭を下げるのだ。それから吹雪と二人で、席に着く。
不知火老人は、少し頭髪の毛先が赤く染まっている鋭児をじっくりと見る。
しかし、そこは矢張り長年様々な人物を見抜いてきた不知火老人である。その挙動は本当に僅かなものであり、相手がそれを認識するには、あまりに短い時間である。人生経験の浅い鋭児には、流石に少し視線をくべられた程度のものであったが、逆にそれが妙な不信感に繋がる。
何かしら目を向けられたという程度のものなのだが、焔が連れてきたほどの老人とならば、ただ単に目を向けただけではないのだろうと思った。
あまり温和な性格ではない鋭児としては、少し鋭い視線を不知火老人に向けざるを得なかった。
「済まん済まん。覚醒の進行具合が少しきになっただけなのじゃ」
不知火老人は、すぐに鋭児の不信感を拭うために、ニコリとして、悪意がないことを彼に伝える。
「髪の毛はこっちに入ってから、だんだん毛先の方が赤くなり始めた。言っても二ヶ月前だけど……」
「なるほどのぉ」
焔からは鋭児の経緯は聞いているし、鋭児から見ても、焔がある程度鋭児の事を彼に話しているだろう事は、想像出来た。
「ちょっと!困ります!」
そう言って急に割り込んできたのは、蛇草である。声とヒールの音が近づき具合が彼女の焦り具合を良く表していた。
「不知火大老!」
「おやおや、蛇草ちゃん。ますます色っぽいのう」
そう言って、不知火老人は、空いている真横の席を、ぽんぽんと叩くのであった。
彼に言われてしまえば蛇草とて、大人しく座らずを得ない。少々お冠気味だが、ここは落ち着いて座ることにする。
「このホルスタイン。アンタ私の鋭児くんを横流ししようとか、良い根性してるじゃない!」
「鋭児は俺のだ!それに別に抜け駆けするつもりじゃねぇし、決めるのは鋭児だ!」
「……そう?」
と、蛇草が鋭児の方を見ると、鋭児は困った表情をしながら、こくりと頷く。
「ん……もう。大老。鋭児くんは東雲家御庭番として、将来頭領補佐として、この鼬鼠蛇草が目をつけているんですから、抜け駆けは困ります」
蛇草は凜々しくもそれでいて、老人に対しての敬意を損なわず、色っぽい仕草で、上目がちに老人の手を取り、願い出ている様子を見せる。
「ホホホ……蛇草ちゃんも、抜かりがないのう」
「当たり前です。目利きも頭領としての重要な仕事ですから」
「翔坊は、相変わらずのひねくれ具合かの?」
「まぁ……、ですがあの子も自覚はしております。問題ありません」
「なるほどのぅまぁ、追々じゃの」
「はい」
不知火老人は、重ねられた蛇草の手をスリスリと撫でながら、上手く自分の気性を使い分けている蛇草に、温和な視線を見せる。彼自身は少々色気の多い所は多そうだが、十分にその人柄が窺える。
「腹減った。学食食いそびれちまうよ」
そう言って、焔は席を立つ。
「そうじゃったの。しかしいくら何でも、儂等が学食という訳にも行くまい。折角蛇草ちゃんが見えたんじゃ、儂等はどこかでランチとしゃれ込もうかの」
そう言って、不知火老人は、蛇草の手を取り立ち上がる。
中々達者な老人のようだと、鋭児の目には映る。そして、何となく憎めないところが、確かに焔と気の合いそうな部分ではあると思うのだった。
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