第1章 第3部 第5話

 ご機嫌になった吹雪が、体操服姿でキュッと鋭児の腕に絡むと、普段よりも余計に生々しく感じてしまう。

 勿論それ以上に生々しい経験というのもあるのだが、それでもこういう吹雪は新鮮である。

 あまり体操服という姿が似合いそうもなかったが、大人びた彼女のスタイルは、ある意味反則なのだ。鋭児は少々照れて、そっぽを向いて気を紛らわせている。が、しかし、行く先は吹雪にすっかりリードされてしまっている。

 「重吾君~」

 と、本当に屈託も無く、まるで子供じみた吹雪が、鋭児との距離をアピールしながら彼の所へと、鋭児を連れてきたのだ。

 「うっす……」

 重吾と言葉を交わすのは、一週間以上ぶりである。鋭児は挨拶をするが、気まずそうにしている。焔を守るといいながらも、こうして吹雪と二人きりで歩いているのだ。勿論鋭児としては、焔を守れるような存在になるという言葉そのものには、嘘は無く、同時にこうして吹雪を独りにさせない自分もいたいと思っているのだ。

 恐らくその事については、焔も同じ考えであり、その考えが理解出来ない重吾ではないのだ。

 鋭児が緊張しているのは、重吾からも見て取れる。鋭児は今でも彼を尊敬しているし、慕っているのが、当の重吾からも良く見て取れた。

 そして、吹雪が態々甘い誘惑を使ってまで、鋭児の足を運ばせた理由が、正にこのためなのだと、重吾は理解する。

 「勝ったのか?」

 重吾は、何の蟠りも無く、クスリと一度笑いながら、彼らしい落ち着いた趣で、鋭児にそう訊ねる。

 「はい。まぁ手こずりましたけど……」

 「そうか。クラスメイトとは、やはり遣りづらいか?」

 「ええ……まぁ……」

 鋭児は照れながらそう言う。なにせ、吹雪に視線を合わせた瞬間に、軽くボディに入れるはずだった一発が、女子のバストに触れてしまったのだから。しかも中々の感触だった。

 「次は俺の試合なんだ。見ていけよ」

 重吾はそう言って背中を見せる。

 鋭児はそんな重吾の背中を見ると、妙に緊張していた自分に気がつく。

 「吹雪さんヒデェや……」

 「ゴメンゴメン。でも、鋭児クンも重吾君も、そんなに器用な方じゃないから」

 吹雪は、ずるいくらいに、美しくて可愛らしい笑みを浮かべながら、申し訳層に謝る。そして、こういう吹雪の優しさが溜まらないのである。

 

 重吾が構える。

 三年生のクラスは基本属性混合であるが、この試合は飽くまで、属性戦のトーナメントであり、彼が戦うと言うことは炎の属性の内、上位十五人が其処に揃っていると言うことである。

 鋭児に手ひどい目に遭わされた数人は、あまり良い顔をしない。重吾は焔と懇意であることは、周囲も良く知っているが、落ち着いた彼の物腰というのは、やはり周囲に影響を与えていたし、何より頼れる存在でもある。努力家の彼は、尊敬もされている。

 赤羽もその場に居るが、彼が手ひどい目に遭わされたのは、晃平であり鋭児ではない。

 しかし、自分の目の前で、上位者が何人も沈められているのだから、関わらないために、酷く距離を開ける。

 鋭児が知る限りの重吾は、どっしりと構えているイメージがある。動作その物の全般は、恐らく自分の方が速いと思っている鋭児だが、それでも重吾には勝てない。といっても、互いに全力で戦った事はほぼ無い。鋭児の試行錯誤に、重吾が応えるといった状況が殆どだ。

 重吾の相手は、学年九位の小暮という女性とである。

 「あれ、重吾さんて、Fクラス五位ですよね」

 クラス五位の試合時間としては、少々速い時間帯になってしまうのだ。

 「うん……実力的にはそうなんだけど……ね」

 吹雪は少し苦笑いをする。Iクラスである吹雪にとって、重吾は顔見知りであっても、同じ属性ではないため、本来其処まで厳密に彼の事を知る必要性はないのだが、やはりこのあたりが、仲間という意識があるのだろう。

 三年の上位ともなれば、実力差はそれほど無い。焔や吹雪は群を抜いているが、やはり重吾も一桁台の順位を保っている。そして一桁のナンバーを手に入れたい者達もいる。彼はその順位を死守しなければならないのだが、少々そうはいかない事情があったのだ。

 鋭児は、それにすぐ気がついた。

 「そっか、俺の相手ばっかしてたから……」

 すると、吹雪はもう一度苦笑いをするが、それは鋭児を責めるものではなく、何とも重吾らしい選択なのだという、思いから零れたものだった。

 重吾が学年五位といっても、やはりそれも僅差の話で、授業内での対戦成績の差とが現れただけのことである。

 「今は、暫定八位ってところだけど、それはそれで良いところもあるのよ?」

 吹雪は一つフォローを入れる。

 「?」

 鋭児には少し解らなかったが、吹雪は指をタクトのように、リズム良く降りながら、説明を始める。

 「トーナメントの組み合わせは、基本一組の一位から四位までが有利なように振り分けられて、後は順に散らされる訳だけど、五位は二回戦で一位に当たるから、それって焔と当たるって事でしょ?学年五位だからといって、ウカウカしてられないのよね」

 「ふぅん……」

 鋭児の頭の中で色々な組み合わせを考えて見るが、あまり理解してはいなかった。

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