第1章 第2部 第46話

 重吾に連れられて歩くと、いつの間にか寮の外まで来ていた。鋭児は気に食わなさそうに、ブツブツと言いながらも、重吾に着いてこいと言われたのだから、従うまでだ。

 鋭児は重吾には頭が上がらない。重吾は、落ち着いているし、何だかんだと焔をサポートしているし、自分の相手もしてくれている。

 「で……何処行くんすか?」

 それでも、イライラした気分は収まることがない。直情的で猪突猛進なのは焔の良いところだが、その行動原理が見えないと、周りは振り回されるばかりである。

 いくら、焔のことが好きでも、情熱的な時間を過ごしたとしても、二人はやはり二ヶ月に満たない付き合いなのだ。

 比べて重吾は、焔とは随分長い付き合いである。彼女が意味無く怒っている訳ではないことは、十分理解しているし、何故それを一方的に鋭児に向けるのかも、すぐに理解した。

 重吾に連れられるまま、鋭児は夕暮れの墓地にまで、足を運ぶことになる。

 「ここは?」

 「まぁ……見ての通り、墓地だよ。お前の持ってる仕事で死んだ奴や、学校の順位戦で死んだ奴もいる。まぁ主に身寄りの無い連中の墓だけどな」

 「っへぇ……」

 こんなに丁重に扱われるものなのか?と鋭児は思った。此処に集まる学生は、何れ特殊な職業に就くのだろくらいは、自分の持っている契約書で理解できた。

 学校内で受ける依頼というのも、将来そういう仕事に対する下準備なのである。

 依頼がどこから来るのか?というのは、何となく理解出来た。恐らく今後鋭児を指名するのは、東雲家だろう。今のところ六家との接点は東雲家だけだ。

 焔の場合は、不知火家となる。属性が必ず、その就職先に繋がるとは限って居らず、こればかりは縁のものなのだ。

 そして、重吾は一つの墓の前で、足を止める。

 「誰の墓だと思う?」

 「陽向……一光……」

 鋭児はそれが、焔の言う一光の墓だと言うことを事を知る。何故一光の墓なのか?と鋭児は思ったが、改めて墓を見ると、確かに一光は存在し、もう過去の存在であり、今でも焔に影響を与え続けている存在なのだと知る。

 認めていたはずだ。一光に憧れる焔を含め、彼女を好きになったのだと、全てを飲み込めていた気になっていた。

 しかり、改めて、その存在を目の当たりにすると、息が詰まり、喉がゴクリと鳴る。

 「花が換えられたばかりだ。月命日でもないし、今月の月命日は、俺が花を換えた。焔さんは、お前から離れられなかったしな。でも、この花は違う。俺が換えた訳じゃない」

 「焔……サン?」

 重吾が態々自分を案内し、其れを口にする理由が、他には見当たらなかった。

 「ああ、月命日に来れなかったからってのもあるだろうけど、俺が換えた花を態々換えるような、無粋な真似はしない。けど、どうしても、そうしなきゃならなかったんだ」

 「なん……で?」

 「さぁな」

 鋭児は口にしなかった。月命日に訪れる焔が訪れることが出来ない理由とタイミングは、ほぼ一つしかない。其れも重吾が鋭児を此処に連れてきた理由だ。何故だと聞く方が無粋なのだ。

 其れを正確に答えないのは重吾の意地悪なのだが、それはそれだけ、重吾が焔のことを大事に考えているからに他ならない。

 鋭児は重吾に、その日付を聞かなかった。もう、そうだと思って良い。間違い無く自分の実家へと出かけた日である。その日の前日も、焔は鋭児の部屋のペンキを塗ったりと、ほぼ自分の事は何もしていない。

 焔が、態々重吾の添えた花を交換してまで、自ら献花に訪れたのには、それだけの理由があるのだ。だとしたら、態々重吾に命日に花を添えるよう頼む必要などない。

 鋭児は、手向けられた花に触れ、その気持ちを少し考える。

 「俺、焔さんのこと好きだと言っていっておいて、あの人のこと、心底なんも解ってねぇな」

 愕然とした鋭児の肩に、重吾が手を置く。

 「俺は別にお前の背中を押しに来たわけじゃない」

 しかし、一瞬安心感を与えたような重吾から、そんな言葉が発せられる。そんな重吾は、酷く鋭児を睨み付けているのだった。

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