第1章 第2部 第44話
その時、パチパチパチと、二人の勝負を賞賛するかのように、一人の男子生徒が拍手をして、静音と鋭児の前に現れる。
「やぁ、惜しかったね。一年の……そして、4組に所属しているとは思えない良い動きだったと思うよ」
突然現れた彼の名前は、
少しエリート風を吹かせた感じの青年で、髪の毛の色が、少し碧色かかっていることから、属性焼けをし始めているといった感じである。
属性焼けにはいくつかある。炎は、橙や赤、水なら白や水色。ただし、焔のように肌の色にまで、属性焼けが出ているような生徒は、そうそういるわけではない。
鋭児も背中に鳳凰の紋様があり、羽ばたき乱れ舞う羽根が、両腕に広がっているが、彼の属性焼けを、杉谷が知るよしも無い。勿論静音も、其処まで知っているわけでは無い。
構内で鋭児の属性焼けを知っているのは、今のところ焔、吹雪、神村保険医といった所である。
ちなみに晃平も腕くらいは目にしているのだが、何せ焔とのベッドシーンだったため、それに気がつくに至っていない。
特に隠す必要は無いが、態々言う必要もないとい言う所なのだが、一年で其れほどの紋様を持っているとなると、それはそれでなかなかの騒ぎになるのだ。
東雲家に御庭番の跡継ぎである鼬鼠としては、蛇草の念押しもあり、他言無用であるし、焔や吹雪としては、そのお披露目をもう少し先の楽しみに考えている。
神村は、焔が黙っていろと言うのだから、黙っているに過ぎない。ただ、あまり面白がってひけらかす物ではないと思っている。
鋭児は、杉谷の馴れ馴れしさに閉口するが、褒めて貰っているのだという認識に到り、静音の手前、頭をぺこりと下げる。
だが、寧ろ静音の方が、良い表情をせず、ムッとした表情で、杉谷を見る。
「どうかな?黒野君。折角これほどの二年が君に注目しているんだし、皆に指導して貰えばいいんじゃないかな?」
「ダメ。鋭児君は見世物じゃない」
静音が鋭児の前に立ち、其れを拒否する。鋭児が経験不足であり、彼が十分に力を出せないのは、彼の動きを見れば、理解出来ることである。しかし其れは静音だからであり、他の生徒はそう思っていない。
焔の悪い噂ばかりに囚われてる三年や二年を、何人も病院送りにした鋭児には、更に悪玉のレッテルが貼られている。
鋭児の経験不足の露呈は、彼等にとって絶好の勝機なのである。そして悪玉黒野鋭児を、伸したとなると、少し箔がつく。
「イイッスよ。ご指導お願いします」
鋭児がカードを出すと、杉谷もカードを出す。カードには確かに2―G2と書かれており、彼のクラスが解る。
緑の属性焼けは、主に自然系の技を得意とし、同じ大地系でも、少々勝手が異なる。勿論大地系の守備力の高さは健在だが、植物を操作するのが、得意なのだ。
彼等は静音のように呪符では無く、おもに植物の種を持ち歩いたりしている。特にツタ系植物や、棘のある薔薇科の植物などを好んで持ち歩く。
カードの見せ合いが終わり、鋭児が構えると同時に、杉谷は、茨の蔓を袖口から伸ばして、鋭児の手足を拘束する。
あっという間の拘束である。
静音は少しだけ、唾をゴクリと飲み込み、肝を冷やす。鋭児が受けると言ったのだから、叫び散らしても仕方がないが、いつでもヘルプに入る準備をする。
勿論他人の補助を受けた方は、負けとなる。
鋭児が正面からの拘束に気を取られていると、次にグランドから、蔓が忍び寄り、鋭児の両足に絡みつく。
勝負を仕掛ける前にすでに勝負は始まっている。つまり、下準備はされているというわけだ。確かに、足を動かそうとしてもビクともしない。先行して行われた手足の拘束は、その一瞬の隙を生み出すための、補助であるに過ぎない。
「破砕拳!」
杉谷が右手で目一杯グランドを叩くと、地面が次々と捲り上がるようにして跳ね上がり、衝撃波が鋭児に襲いかかる。
逃げ場の無い鋭児に、杉谷の破砕拳が炸裂する。衝撃のあまり、鋭児は仰け反るが、彼を縛る蔓が、其れを許さずギシギシときしんだ音を立てる。
今ほど、忠告したばかりだというのに、鋭児は其れを生かせていないと静音は思い、割って入ろうとした瞬間、仰け反ったはずの鋭児が、強い視線で杉谷を睨み付ける。
「ってぇ……」
「な……」
杉谷の予想とは大きく異なる結果のようだった。大地系の攻撃は、速度こそ無いが、非常に強い攻撃力を誇っている。炎の能力者のように出発力が生み出す瞬間的な力では無く、その力は高い継続力を持っているのだ。
よって、少々離れた位置からの攻撃であっても、直撃を受ければ、それだけで相当なダメージになるはずなのだが、鋭児はハッキリとした意識をもったまま、杉谷を睨んでいる。
鋭児がじっくりと、右手に力を入れて、蔓を引く。すると、杉谷が、ずるりと引っ張られるのだ。
「え……ちょっと……」
両腕は縛られているが、決して不自由というわけでは無い。本来なら、大地の能力者の方が、地力は強く、鋭児が何かしようととすれば、蔓を引っ張り動きを止めるのは、杉谷の方で、そういう計算だったのだ。しかし、引いているのは鋭児だ。ゆっくりと、両手で、蔓を引き寄せている。
杉谷は理解していない。本来拘束しているはずの両足の蔓が、鋭児にとってよい支点となっている事を。
静音はすぐに理解する。鋭児は、杉谷を引っ張る瞬間に身体能力を上げているのだ。それは、彼を引きつける両腕のみならず、固定された両足にもいえる事であり、その瞬間だけは、杉谷の身体能力を上回るのである。
同じ条件であれば、鋭児が瞬間に引きつけようとしても、踏みとどまる力などは、杉谷の方が上回っているため、鋭児に勝てる見込みは無いのだが、本来拘束するための蔦まで、自らの糧にしてしまっている。
日常的なものに対しての不器用な行動とは裏腹に、彼は意外に力というものに順応している。器用なのだ。
「まぁ痛かったけど、焔サンの蹴りに比べりゃ、なんてことねぇさ」
そうそれだけの事なのだ。骨を砕き、内蔵を歪ませるほどの破壊力を誇る焔の一撃と、杉谷の攻撃は、雲泥の差なのである。
「うわぁぁ!」
杉谷は取り乱す。そして取り乱すには理由がある。
三年生が、悉く鋭児の一撃に沈められたのは、つい一週間程度前の事なのだ。全身全霊の一撃を黒野鋭児に撃たせないことが、勝利に対する必須条件なのだ。そしてそういう情報は、可成り伝わっている。
しかし、もう一つ付け加えなければならない。生半可な攻撃では、彼は沈まない……と。
「参った!」
杉谷は鋭児に殴られる前に負けを認める。抑も、これは一つの遊びだったのだ。静音の時のように、鋭児があっさりと負けを認めてくれれば良かっただけの遊びに、鋭児は本気の視線を見せる。
そして本気の黒野鋭児の放つ一撃は、すでに多数のトラウマとなって、周囲に広まっている。そんな大怪我はしたくない。
杉谷は、敗北宣言を出すと同時に、鋭児に絡まっている蔓を解く。
「一勝……」
鋭児が、静音に拳を出すと、静音も其れに合わせてくれる。
「私には手を抜くの?」
それでも静音は、少し皮肉を言う。
「いや……、そう言うんじゃないんだけどさ」
「けど?」
「静音さんに勝てるときっていうのは、よっぽどの勝負時かさ、俺が本当に強くなった時なんだと思うよ。焔サンたちみたいに。静音さんは、仲間だから……さ、多分気合い入んねぇ」
鋭児は、どうしようもなくそう思うのである。勝負を避ける訳では無い。心の何処かで、ノンビリと構えてしまうのである。同じように力を尽くしているつもりでも、やはり隙だらけになってしまうのだ。
そして、殴って静音に怪我を負わせたくないと思っている。
「仲間……か」
それは、嬉しくももどかしい言葉だった。それでも、鼬鼠との勝負の時のように、自分が危ないときは、きっと助けてくれるのだと静音は思う。
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