第1章 第2部 第33話

 しかし、そんな老人に心配をよそに、焔が静かに微笑む。そんなことは解っていると言いたげな表情だったし、何より一光の死を受けて入れて尚、その表情は、穏やかで落ち着いていた。

 「アイツは、一光よりオレにちけぇよ。バカで向こう見ずで、強情っ張りで、世話が焼けて、どうしようもネェ奴だよ」

 それは一光を追いかけるキラキラと輝いた焔では無い、非常に穏やかで落ち着いた柔らかな笑みである。

 「アイツ、オレと吹雪を二人とも守る!なんて言いやがんだぜ。まだまだヒヨッコのくせによぉ。傑作だろ?もう、大マジでよ!」

 焔はとたんに抱腹絶倒し始める。そこにはまだまだ当然のような実力差があり、相当滑稽な台詞に思えたからに他ならない。それでも自身の明日よりも、傷突いた自分を助けるために走っている鋭児の姿を思うと、顔が緩んでしまう。

 「はぁ……帰ったら。鋭児の奴……押し倒してやろうかな……」

 焔が本気の溜息で、色っぽい表情を作るものだから、不知火老人もこれには、咳き込んでしまい、思わずビールを吹き溢してしまいそうになるのだった。

 「んだよ。爺さん!」

 「お前さんは、舎弟を押し倒すのかの!?」

 「あん?ああ、何だかんだ。アイツ殆ど俺と同じベッドだからなぁ。アイツ怪我ばっかで、余裕ねぇけど……、一緒に寝てるとしっくり来るしよ……」

 老人といえども、不知火焼も男子である。焔ほどの肢体が側にあるというのに、手を出さない十代など考えられない。鋭児の朴念仁ぶりに、少々イライラしてしまいそうになる。

 まさに、イマドキの草食系男子を思い描いてしまい、「けしからん!」と、活を入れたいところだ。

 「焔ちゃん……どう、一緒に寝てる……って?」

 「はぁ?」

 焔は、少し釣り上がり気味に珍妙な声を出すが、それもそのはずで、不知火老人は自分の隣の席を、ポンポンと叩いている。明らかに実践を要求しているのだ。

 「はぁ……」

 と、焔は溜息を吐きながら、不知火老人の左側に座ると、普段鋭児としているように、彼の腕枕を想像しながら、座ったままの姿勢で、ストンと胸元に頭を収める。

 「で……その鋭児君とやらは……」

 「ああ?そうだな、こう……如何にも絶対離さねぇみたいな感じで、いっつもオレの肩抱いてるよ。お互い素っ裸で……」

 思わず不知火老人の肩に力が入り、顔が紅潮している。そして、感極まりぷるぷると震えているのだった。

 「けしからん!!据え膳食わぬは男の恥じゃ!そんな甲斐性無しは、言語道断じゃ!」

 不知火老人は思わず力説して立ち上がる。何処までの力の入れようなのか?と焔は思うが、彼のそういう所が気に入っているし、意気投合するところなのだ。

 そんな不知火老人の滑稽な姿に、焔は思わずクスリと笑ってしまうのだった。

 「しゃぁねぇよ。鋭児の奴。怪我ばっかでよ。入学早々鼬鼠と一戦。オレとも一戦。その間に、三年生の上位ランカー相当数撃沈してるしよ」

 「鼬鼠?東雲家の鼬鼠か?」

 「ああ。ちょっとまぁな。結果的には鋭児の勝ちだったけど、まぁ運が良かった……ってだけで、鼬鼠より強いわけじゃねぇ。いや、どうかな。経験分鼬鼠の方がってだけで、今はふんばりゃ、良い勝負しやがんじゃねぇかな……、三年の間じゃ、炎皇の番犬とか、狂犬の鋭児とか言われてるぜ。まぁまだ当人にゃ届いてねぇが……。血染めの焔とワンセットってとこだな」

 老人は急に静かに成り、顎を撫でる。紛いなりだとしても、東雲家に仕える鼬鼠家の長男から勝ちを奪い取るとは、将来の有望角である。

 「焔ちゃん」

 「ん?」

 「近いうちに、学園の方に顔を出すでの。その鋭児君と会わせてくれぬかの?」

 「いいけど……鋭児の奴。ガッコー入ってまだ二ヶ月だし、六家とか解ってねぇし。其れに……」

 「其れに?なんじゃ?」

 「鼬鼠に連れられて初任務に出やがったから、多分東雲家にそのまま、スカウトされたり……」

 と、焔は苦笑いをする。実は彼女も今、そのことに気がついたのだ。

 不知火老人と仲の良い自分が、東雲家の仕事に鋭児を加わらせたのだ、鋭児の将来性というのは焔も舌を巻いている。そうでありながら、他家の代表格である鼬鼠と直接任務に関わらせた自分の策の無さに今頃気がついた。

 「拙かった……か?」

 「お前さんはそういう所を、もうちょっと考えんよ……」

 「ま……まぁいいじゃん別に、六家って仲違いしてるわけじゃねぇんだろ?」

 「炎使いの有望株を他家にくれてやるとは……」

 そう言って不知火老人は、どうしようも無い焔を愛でるようにして撫でるのだった。

 彼から見ても、やはり焔はどうしようも無い悪ガキで、孫のような存在でもあるのだ。悪気の無い彼女は、結果として誤解されても、悪その物にはならないことを、彼は良く理解していた。

 無邪気に悪びれず、それでいて申し訳なさそうに、へへへと笑う焔の笑顔に救われることの方が多い。尤も、そんな焔に導いたのは、間違い無く陽向一光である。

 「まぁ良いわ……、近々顔を出すとしよう」

 この日は、不知火老人のその一言で、締めくくられるのだった。すっかり空になったグラスがテーブルの置かれ、二人は就寝する。

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