第1章 第2部 第34話

 ゴールデンウィークが明ける。

 晃平も謹慎期間を終えて、修学に戻る事になる。

 焔が戻ったのは当日の朝であり、慌てて自室に戻ると、そこには鋭児が居た。

 「お?鋭児テメェオレの部屋でなにしてんだ?」

 焔はニヤニヤとする。正直嬉しかった。

 「いや、焔さん戻ってこねぇし……どうしたのかなって」

 鋭児は少々キョトンとした表情だが、アッケラカンとしている焔を暫し呆然としてみている。

 「んだよ。メールとか、入れりゃいいじゃねぇか」

 私服の焔は鋭児の前だというのに、堂々とTシャツを脱ぎトップレスになる。

 「んで?オレの居ない間、吹雪とは確りヤッたのか?」

 「あ……いや……」

 鋭児の返事が微妙だが、どうやら彼はその好機を逃したらしい。

 「はぁ!?テメェ、あれだけ美味しい女と一緒に居て、手出さねぇとか大丈夫か?」

 焔はトップレスのまま鋭児に近づき、彼の額の熱を直接測る。焔が接近すると、鋭児は顔を真っ赤にしている。

 「んだよ。熱あるじゃねぇか……」

 「そりゃ……」

 そう言いつつ鋭児は、焔の背中に手を回し彼女をギュッと抱き寄せる。

 すると、焔のはち切れんばかりのバストが、鋭児の胸板に押しつけられるのだった。

 鋭児は、ただただ焔を見つめるだけだった。まるで何かに酔っているかのように意識は散漫としている。

 「バーカ。吹雪とヤれなくて、溜まってんじゃねぇのか?」

 焔は、ただただ鋭児をにやけて見上げるだけだが、鋭児は本当にボウッとしている。その間焔の頬や唇を撫でたりしているのだ。

 「吹雪さんとは……やった……」

 鋭児はぽつりと呟く。其れは衝撃事実だ。先ほどのは否定では無く、どう答えて良いのか解らなかったのだ。

 「あの後、吹雪さんの部屋で、飯食ったり、テレビ見たり……それから、風呂に入って……吹雪さん……すげー可愛かった……」

 「んだよ。で、次にオレに欲情か?節操ねぇなぁ」

 焔はクスクスと笑っているが、鋭児があまりに確り抱きしめているものだから、すっかり脱力し、させたいようにさせている。

 「その後、オレの部屋に吹雪さんと……荷物を置きに行ったんだ……」

 「そか……」

 焔は鋭児が部屋のことに気がついた事を知る。気がつかないわけが無いのだ。

 「お節介なペンキ屋が入って……で、スゲー下手くそで……なんだこれ……って」

 「悪かったな……大雑把でよ」

 「晃平の話じゃ、そのペンキ屋……ボロボロに泣きながら、壁塗ってたって」

 「あのおしゃべりヤロウめ……」

 焔はぷいっとそっぽを向いてしまうのだった。

 「吹雪さんに……オレは欲張りだって言われた……オレ……欲張りかな……やっぱ……」

 「あ?ああ、強突く張りだろ?吹雪とやっといて……オメェなにしてんだよ」

 それでもそうやって、二人に同じくらい惚れ込んでしまっている鋭児を、嫌いではなかったし、恐らく吹雪もそうなのだろうと、焔は思う。炎と氷、二人の属性は相反するが、波長その物は良く合う。気が合うというべきなのかもしれない。好みも似ているのかも知れない。

 尤も、一光という存在に夢中になったのは焔だけではあるが……。

 焔は鋭児の唇に、そっと指を添えて、ケジメを求める。

 「……だよな。オレ……何してんだろ……」

 焔に諫められ、鋭児は名残惜しそうに、焔との距離を空けるのだった。

 「しゃきっとしやがれ!」

 焔は、鋭児に背を向けさせると、彼の尻に気合いの一発を入れるように引っぱたく。

 「そうだよな……………………焔さんはそういう人だよな」

 鋭児は背中を見せたまま、振り向かずに部屋を出た。

 「バッキャロウ。オメェそんな器用なタマじゃねぇだろ」

 焔は、鋭児が出て行った後の部屋で、一人ぽつりと呟くのだった。

 

 鋭児は、授業中心此処に在らずだった。いや、鋭児だけではない。焔も心此処にあらずだった。来週には中間試験であるため、授業は大詰めになりつつあるにもかかわらず、其れが全く耳に入らない。

 「何やってんだろオレも……」

 ぽつりと呟く。

 

 焔と吹雪が顔を合わせるのは、昼食時となる。食堂の何時もの席だ。

 「っよ!」

 いつも通りの焔が、先に待ちわびていた吹雪の正面に座る。

 「お帰り!どうだったの?」

 「ああ、爺さんの曾孫の祝いだよって、オメェの亭主は?」

 「亭主?」

 「鋭児だろうが。聞いたぜぇ?」

 焔がニヤニヤとしながら、いつも通りの吹雪の肌の香りを嗅ぐように、顔を近づけ、その様子を伺っている。

 「鋭児君?今朝焔の部屋に行ったでしょ?」

 「だから。聞いたっつってんだろ?で、どうだったよ!」

 「ど……どうって……何よ」

 吹雪はモジモジとし始めるが、其れは焔の推測していた吹雪の様子とは少し違うのだ。二人の熱い情事を突いているのだから、当然吹雪はオーバーヒートしてしまいそうな程赤面するだろうと思っていたのだが、その恥じらいは、違う。

 「なぁ、鋭児は?」

 「何?だから、焔の部屋に行ったでしょ?」

 「だから、鋭児の奴が、報告きたんだよ!惚けるなよ!」

 吹雪は、キョトンとした表情をしながら、焔が何を言っているのか、全く理解出来ていない。

 「てめぇ……昨夜鋭児とヤっただろ?」

 そう言われて初めて、吹雪顔が沸騰して、爆発後水蒸気を立ち上らせる。

 それから、簡単にその事を口にした、焔の柔らかい頬を目一杯引っ張る。

 「ててててて!なにすんだ!」

 「ヤルとかヤらないとか!簡単に言いすぎ!」

 「だって、鋭児の奴がよ!」

 と、それから焔は、吹雪の耳元とで、鋭児の発言の一部始終を吹雪に伝える。その間吹雪は赤面しながら、落ち着いて其れを聞き入れる。

 「はぁ……」

 吹雪は赤面したまま、大きな溜息を吐く。

 「鋭児クンはきたし、私の部屋でお風呂も使ったし、ベッドも一緒だった。キスはしたけど……」

 とぼそりと言う。

 「はぁ?」

 「鋭児クン。鼬鼠君の所で暴れたっぽくて、凄く辛そうだったから。一晩ゆっくり気を分けてあげたの♪鋭児君……」

 吹雪は、鋭児の腕枕を反芻していた。勿論焔の言っていたことも期待の一つに入っていたが、いくら焔が唆したと言っても、其れでは鬼の居ぬ間の洗濯である。

 「鋭児クンが帰ってきて、ご飯食べて、二人で鋭児君の部屋に行って……鋭児君笑いながら泣いてた。『塗るならもっと、上手く塗ってくれよ!』って。其れがなかったら、鋭児君無理してでも、頑張ってくれたのかもしれないけど」

 と、吹雪は少し残念そうだった。しかし何度も言うようだが、其れでは鬼の居ぬ間の洗濯なのである。

 「じゃ……じゃぁなんで、あんな事……」

 焔はブツブツと言う。だとしたら、そのままベッドインしても問題は無かったと。ただ、すぐに自分のした事に気がつく。鋭児がどちらを選ぶかかと言うことに対して、嫉妬は無い。寂しさはあるが、吹雪が自分の気に入った男と結ばれるなら、それはそれで一つ幸せなのだ。抑も、死んだとは言え、自分には一光という存在がいる。鋭児が居ることで其れが一つ割り切れた存在になっていたが、これから自分が進む道において、心の中の彼は、きっと今でも自分にとって、心の拠り所なのだ。ただ、吹雪にはそういったパートナーがいない。

 吹雪も鋭児に夢中だし、だとしたら、其れが尤もハッピーエンドなのではないかと、焔は思ったのだ。

 「な、なぁ」

 「なによ?」

 「オレが、鋭児とヤったら。お前どうする?」

 「べ……別に。鋭児クン二人とも幸せにするって言ってくれてるし。やっぱり、初めては、鋭児クンにあげたいし……」

 急に大胆発言をしながら、ボソボソと呟く吹雪だった。

 「其れに、男の子だったら、少し上手になってからのほうが、良いと思うし……」

 と、チラリと焔の方を見る。

 「おま、オレを踏み台にする気か?良い根性じゃねぇか」

 意外な吹雪のちゃっかりさに、焔は少々怒りを覚えながら、彼女の胸ぐらを掴み、半分笑いながら睨み付ける。

 「伊達に、十何年も焔の親友やってません!私も独りぼっちなんて、ゴメンですからね?」

 「鋭児も強突く張りなら、オメェも強突く張りだな!」

 「なによ。焔は、一光さんに逃げちゃうから、私がとばっちり受けてるんですからね?」

 ズケズケとした、吹雪の本音だった。焔に胸ぐらを釣り上げられようが、ぷっと頬を膨らませながら、鋭児との一夜が、半分以上楽しめなかった理由を、そこに当てこするのだった。

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