第1章 第2部 第24話
彼らが足を踏み出した次の瞬間だった。
鋭児が思わず反応してしまうのだった。自分でも何が聞こえて何が見えたのか理解出来ないほど、反射的にそれを処理したのである。
鋭児は鼬鼠の眉間の前で、まるで飛び込んできた虫を握り潰すように其れを捕まえる。
鼬鼠は驚きもせず平然として、鋭児の手の動きだけを観察している。勿論それは、鼬鼠を殺すために放たれたものであり、彼が関係者である事を知った者の行動である。
鋭児が驚いて、自分の掌を見ると、其処には弾丸が握られていた。
鋭児に守られた鼬鼠は、冷静に掌を、弾丸が打ち込まれた方向に向けて、真空の針を飛ばす。それは、倉庫の上であり、その一撃で、誰かを捉えたらしく、屋根から何かが落ちる音がする。金属的で、固く重いものが落ちる音であったため、それは重火器なのだろうと理解する。
勿論弾丸があってこその確証なのだが……。
「ひゅぅ」
紅葉は思わず、鋭児の反応速度に驚きを示す。何時襲われるのか?などとは、警戒しているようで、意外に解らないタイミングなのである。
これで、何時襲われても不思議ではなく、感づかれた相手は、より慎重にタイミングを見計らうだろうが、同時に狙っていることを教える事となる。
「まぁまぁって所だな」
鼬鼠は悠然と先頭を歩き始める。其れは今までとは少し違う大胆な歩みである。それは、不意の一撃ならば、鋭児が防いでくれると言うことを理解したからだ。
しかも、周囲の気配を知ることに、まだ未熟であるにも関わらず、弾丸の到達速度よりも早い動きでだ。
直前直後の感覚的な動作で、其れを熟してしまうほどの能力は、不安定であるが、経験からの誤算もない。
「ねぇ、美逆生きてると思う?」
「あぁ?死なれちゃ困るんだよ。色々な意味でな」
美逆には、あくまでも、相続権放棄を宣言して貰わなければならない立場の者達がいるということだ。
鼬鼠が一つの倉庫に視線を向ける。恐らく、其れは美逆が監禁されているという報告を受けた倉庫だろう。
すると、一人の男が、倉庫の中から姿を現し、扉の前に立ちはだかるのだった。
彼も黒いスーツに黒いサングラスと、まるでSPのようなスタイルだが、やはり御庭番と言われる護衛の一人なのだろう。先ほどの光景を知っているのなら、一人でのこのこと顔を出す事など、考えられないことである。余程腕に自信があるのか、時間稼ぎなのか?
おそらくは、将来御庭番頭になるであろう鼬鼠の実力を確かめに出てきたのだろう。何も鼬鼠を試そうと考えているのは、本家だけではないのだ。
「露払いは、私がやる」
少し睨み合いが続いた中、紅葉が一歩前に出て、素早く構える。構え方には、十分な機敏さがあり、何らかの格闘経験があるようだ。
それに、先ほどのように、誰かが鼬鼠を狙っていた場合、鋭児の方がより速い動きが出来ると考えた、紅葉なりの判断だった。
彼女もまた、頭髪が赤く染まっていることから、炎の使い手だと言うことは理解出来る。鼬鼠は何も言わない。元々鋭児と顔を合わせた時点で、それ以外の人材は不要だと思っていたからだ。彼女が捨て駒になったとしても、鼬鼠としては何の問題もない。
先手必勝とばかりに、紅葉が一気に間を詰めて、拳で連打を浴びせる。そして、相手が隙を突いて拳を振り回すと同時に、素早く一歩か半歩ほど下がり、一切の隙を見せないようにしている。
相手の男は、大地系の能力を持つようで、非常に堅守であり、紅葉のヒットアンドウェイに対して、完全にカウンターを狙っている感じだ。非常にじっくり、紅葉の出方を伺っている。
「いいか。黒野。黒髪っつーのは、特に大地系と暗黒系の変化ってのが解りづらい場合があってよ。特に黒色変化は、アジア人じゃほぼ見分けがつかねぇ」
鼬鼠の言う黒色変化というのは、特に闇属性が、第二属性になっている者に現れるらしく、大地の純属性では茶、緑。炎属性の場合は、橙、赤。風なら白と水色……などと様々なケースがある。焔のように行き過ぎると、肌は褐色、頭髪は赤、更に紋様まで、陰印になっているという状況もある。
紅葉の動きは実に優雅で、揺らめく炎という雰囲気であり、鋭児のように燃焼系の破壊力とは雲泥の差を感じる。
「姉さんよぉ」
「なに!?コイツ結構手強いんだけど!」
「アンタ。天然だろ」
「あはぁ?こんな時に、ボケ、ツッコミの話?」
紅葉はホットな呼吸をしている。呼吸が荒くなっているというわけではないが、大地系の堅守に、彼女の攻撃が今一通用していないといった雰囲気である。
「ちげーよ。力の話だよ」
「ああ?ああ。だから何!」
「アンタの其れ、裏属性だって言ってんだよ」
「こんな時に、裏とか表とか!エロじゃ在るまいし!」
相手も堅守だが、それだけだ。鼬鼠はすでに其れを見ていた。彼は自分の得意手を十分知っているのに対して、紅葉はあまり効率のよい戦闘を進められていない。そんな様子を、鼬鼠は見かねたのだ。この日の鼬鼠は良く喋る。
「おいおい。いくら本体の御曹司か知らないが、余裕のあるガキだな」
男も鼬鼠の余裕に、少々苛立ちを感じたようだ。確かに鼬鼠は余裕ぶっている。
「余裕じゃねぇよ。あのバカ美逆を、とっとと連れてかえりてぇだけだ」
鼬鼠は気怠そうにはぁっと溜息をつく。
「兎に角、風使えよ。その黒服真っ二つにするイメージでいいからよ」
紅葉は、はっとする。なぜ、自分の事をあまり知らない鼬鼠がそこまでのことを知っているのか、不思議に思ったからだ。
口を開いている鼬鼠は、相変わらず面倒くさそうだが、美逆を早く連れて帰りたいといっているのは、間違いの無い事実のようだ。
「こっちは、あんまりバリエーション無くて、イヤなんだけど!」
そう言いつつ、紅葉は手刀を作り、ふっと上から下に振り下ろす。勿論男は、守備を重視するために、両腕でガッチリとガードの姿勢を取り、其れを受け止めようとする。
しかしその瞬間、今まで傷一つ着いていなかった男の衣服が、鮮やかに切り裂かれる。
「え……」
それ自体に紅葉は、驚きを隠せない。単純な動作で、あまり決定力を感じないような手刀だというのに、彼のガードを容易く貫通してしまったのだ。
その瞬間、鼬鼠がさっと割って入り、男の顔を掴み、風の圧力を加えて、押しのけてしまう。
手は出さないと言っていた筈なのに、結局彼が始末をつける事にしたようだ。
「ダメだ。テメェじゃ殺っちまいそうで、任せられねぇ」
鼬鼠の動きは素早かった。静かに早いのだ。鋭児のように、エネルギッシュなスピードではない。校舎の屋上で戦ったときや、静音の命運を賭けた決闘の時と、その動きがまるで異なり、非常に無駄がない。
尤も、二度目に鼬鼠と戦った時は、晃平が術を入れていたからに他ならないが、やはり屋上で戦ったときは、彼なりに力をセーブしていたという所なのだろうか。
「どういうことっすか?」
鋭児は、今一鼬鼠の取った行動がピンと来ていない。
「ダリィ。炎はそれだけ身体と連動取りやすいんだよ。バカの勘違いって奴だ」
大雑把な鼬鼠の説明に加え、酷く見下した言い回しに、紅葉はカチンときた表情をするが、確かに自分の主体である筈の攻撃で、相手を傷つけられなかったというのに、鼬鼠のたった一言で繰り出した技で、相手に傷を負わせることが出来た。
伊達に学園にいて、二年筆頭、次期風皇と渾名されているだけの存在ではないといったところだ。
乱暴で狡猾そうな鼬鼠だが、仕事に関しては手を抜く様子がない。彼がスーツの男を殺さなかったのは、美逆を取り戻すのがこの仕事の主であり、それ以外は、飽くまで成り行きなのだ。反逆者を粛正する必要はあるが、同時に本家としての度量も試されている。
鼬鼠の身柄に関しては、一切の保証がないというのに、面子や体裁は追わなければならないという、非常に不合理な内容である。
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