第1章 第2部 第23話
紅葉が、すっと鼬鼠の前に立ち、余裕の笑みを浮かべる。
すると鼬鼠は鋭児の方をジロリと見る。プライドの高い鼬鼠は、明らかに力の下の人間に物乞いをするのを酷く嫌う。
「頼みます」
「よし!こっちの捻くれ坊やとは違ってキミは話が早いわね」
「ち……」
可成り不満げな鼬鼠だったが、足が必要なのは確かで、表の任務でない以上、案内も送迎もあるわけではないし、表の任務である場合、基本的に鼬鼠ですらサポートに回らなければならない。現在の鼬鼠は、そういう立場なのだ。
そして鋭児の役割はそれ以下だと言うことになる。
鼬鼠が立ち上がると、紅葉が先頭を歩き、鋭児が一番最後を歩く。
「林檎は中の頼むね」
「あいよ~。紅葉も頑張ってね」
「了解!」
「アンタと、あの林檎って奴は、覚醒してんだな。襲撃したのは、そんな手練れか?」
車庫までの道中鼬鼠が紅葉に話しかける。彼女には興味があるらしい。
「実際。あのスペースで、あの子達がいると、いくら私と美逆と林檎が力有っても、分が悪いのよね。三人とも範囲技ばかりだから……」
「なるほどな……」
鼬鼠は納得するが、鋭児には理解出来ない。
「黒野、範囲技ってのは、便利なんだがよ。正直可成り個人スキルで、仲間の実力が低いと、巻き込んじまうんだ。覚えとけよ。まぁテメぇなら、巻き込んでも大丈夫だろうがよ」
美逆の仲間は、能力者といっても均一の力を持っておらず、場合によっては足手まといになる者もいる。そういう状況だったのだ。
鼬鼠なりのレクチャーらしい。仮にも今回の任務で、自分の部下として指名した鋭児が何も理解しないままでは、力があっても、足を引っ張られる可能性が高くなる。
鋭児は、焔が自分に任務を任せたという意味を含め、鼬鼠の話を黙って聞くことにする。
紅葉を含め、鋭児と鼬鼠は、彼女の運転する車に乗り、港の倉庫団地へと向かう。
道中自分達が襲われることは、ほぼ皆無だろうと言うことが、鼬鼠の大凡の推測だ、兎に角派手に表沙汰になることを気に掛けているらしく、本家を守護している本体も、動く事を嫌っている。
そもそも美逆を自由にしすぎるのだと、鼬鼠は思い、それが舌打ちになって、表に出る。
この争いはいわば体面の張り合いなのだ。
本家の面子、分家の面子、そしてそれを守護する御庭番の面子。当然美逆を好き勝手にさせているのも、面子の問題で、美逆一人自由に出来ないほど、御庭番という存在は、だらしがないのか?という体面的な理由。
それは東雲家の見栄とも言うべきなのだが、それが今の美逆の状況を作り出したのだ。
そして鼬鼠にも面子があり、美逆を奪還出来たとすれば、彼にも箔が付くし、本体に所属していない、若者二人に美逆を奪われた分家は、恥を忍び、黙り込むしかない。
仮に自分達が死んだ場合、本家は見捨てるつもりなのだろうが、最低でも美逆の所在の確信くらいは、取っておきたい。それは、遠視ではなく直接の確認である。これは鼬鼠の意地だ。
其れにこれくらいで死ぬ人材ならば、本家は必要としないということである。鼬鼠にとってもこれは、テストなのだ。
「兎に角、俺達の死体が見つかるような殺しはしねぇ。とまぁ其れは最悪の状況だが、俺が恥をかくっつーことは、それなりに向こうにも目こぼしの材料になりかねねぇから、こっちもヘマは許されねぇ」
鼬鼠が、再度確認事項を示すようにそういう。勿論釘を刺しているのは、鋭児に対してである。そもそも、鋭児には知ったことでは無いのだが、それでも焔が預けたというのだから、鋭児は応えなくてはならない。
やがて、寂れた倉庫街に到着する。
本当に人の気配の無い倉庫街であり、もしこの場所で監禁されたとしても、確かに誰も気がつかないだろう。特にゴールデンウィーク中で貨物の搬入出はのされない倉庫なら、尚のことである。
鼬鼠を先頭に、車から降りる。彼はすこしだけ周囲を見回し、警戒してみるものの、やはりざわついた気配はない。それはあるべきはずの営みというものも含めてだ。
本当に機能していないという、寒々とした静けさだけが、しんと広がっている。
ただ、逆に妙に静まりすぎて、一つピンと張り詰めた、緊張感だけが、周囲に漂っており、恐らくそれは、彼らを待ち構え息を潜めている者達の空気が醸し出しているものだと言っても過言ではない。
尤も、入学して一ヶ月程度の鋭児に、其れほどの優れた感覚があるわけでは無い。鼬鼠と同じように見回してみるが、感じるのは、唯々静けさだけである。そういう意味では、鼬鼠はやはり経験者なのである。紅葉も、周囲をゆったりと伺っているが、予測出来ない状況に、緊張の色が隠せない。
「一人って訳じゃなさそうだが……兵隊の質はしれてるな。ただそういう場合兵隊を纏めてる奴ってのは、大概手練れだし、残りの連中は、こっちを持った連中って事だ」
鼬鼠は拳銃を構える仕草をしてみせる。
鼬鼠には、ある程度の人数構成などが解るらしい。
どうやら御庭番と言われる連中全てが能力者であるわけでは無いようだ。確かにそんな人間が、山ほどいる方が不思議だ。それでも学園の中ですら、あれほどいるのだから、最終的に彼等の就職先というのが、どういう所になるのか?というのも、鋭児も理解し始める。
そして、仕事というのも、誰のためのものなのか?というのも、自ずと見え始める。
鼬鼠が一歩踏み出すときには、鋭児もすでに警戒し始める。緊張のためか少し動きがぎこちない、自分でも理解出来ていたが、こればかりは場慣れして克服するしかない。
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