第1章 第2部 第21話

 「それで?」

 鋭児は溜息をつく。まさか彼と連むことになるとは思わなかったからだ。

 鼬鼠は信用出来ないが、焔は信頼している。焔にも何らかの考えがあり、鋭児に任せると言っているのだから、投げ出すことも裏切ることも出来ない。

 「何がだ?」

 「アンタが、オレに力を貸せっつたんだろうが……」

 「ああ?ああ……、美逆はボンボンでよ。本家の爪弾き者且つ、第二位の相続権相続権を持つ、風来坊でよ。六家の……六家って解るか?」

 「いや?」

 「帝守護六家、または、財閥六家ってんだけどよ。ウチの学長も六家出身。天聖(あまじり)家、夜叉家、不知火家、水原家、高峰家、東雲家。大体名前で意味わかるだろ?」

 「あ……ああ」

 「分家は本家の名字を冠することもねぇが、美逆の名字は母方のそれで、アイツは家督争いの真っ最中で、オレは六家の御庭番を代々勤めてる一家でよ。美逆護衛……いや、美逆回収は、大事にしたくねぇから、オレにお鉢待ってきたんだけどよ。アイツが攫われたなら、分家の仕業だろ。まぁ分家つっても、全員能力持ってるわけでもねぇし……」

 本来御庭番というのは、徳川吉宗が設置した将軍直属の隠密部隊のことであるが、彼等の言う御庭番は、本家や分家に対する其れであり、且つ護衛も兼ねた本家直属の戦闘集団の事を言い表してる。

 今度は鼬鼠が溜息をつく。要するに美逆を奪還するにしても、相手を殺して良いというわけではなく、穏便に済ませなければならないと言うことなのだ。

 穏便と言っても手傷くらいは負わせることになるだろうが、壊滅的打撃を与えて良い訳でもない。鼬鼠が気怠そうにしていたのは、そういう所だったのだろう。

 「す……すんません」

 話について行けない琢馬が漸く口を開く。

 「ああ?」

 不機嫌そうな鼬鼠が、本当は部外者として扱いたいがそうできない琢馬に睨みをきかせる。

 実際は鼬鼠よりも琢馬の方が年上なのだが、鼬鼠は高校生らしからぬ横柄さを持っているし、何より背が高いし、彼らよりもアウトローな雰囲気がある。なにより不貞不貞しい。そんな態度が、年齢差を度外視させている。

 「美逆さんて……良いところの出なんですか?」

 「話聞いただろボケ!」

 鼬鼠が忌々しそうな表情をして、言葉を吐き捨てる。

 人を嘲笑し、絶えずプライドの高い上から目線をしているような鼬鼠だが、この時は、その嘲笑というイメージではなく、可成りの苛立ちを見せている。

 元々短気で、キレやすい性格の鼬鼠だが、それとは少し異なっている。美逆の状況がそれほ芳しくないのだろうか?と、鋭児は状況を伺う。

 「取りあえず、此処じゃこれ以上の話するってのも、問題あるんじゃねぇの?」

 ここは喫茶店である。あまり、殺伐とした話を続けるのは、望ましくない。そう思った鋭児は、移動の提案をするが、腰を据えて話すのに望ましい場所などあるものか?と、鼬鼠は鋭児をにらみ付ける。

 鼬鼠が満足する方法を提案する必要があると、鋭児は思い、琢馬の方を見る。

 「あのラブホ。まだ使えんの?」

 「え?ああ、使えるっすよ。俺等の面も割れてますけど、飽くまで目的は美逆さんらしくて……」

 「ったりめぇだろう。俺等は極道じゃねぇっつーの」

 彼らは飽くまで相続権争いこそしているが、要するに美逆が放棄さえすれば、それで良いのだ。ただ実際は、美逆本人が放棄するというよりも、本家に美逆の相続権を放棄、除外させるといった方が正しい。誰をどうするのかは、飽くまで本家が決めることであり、それまで彼らは候補にすぎず、彼らの相続問題は一筋縄ではいかないのだ。

 「ここよか、マシなんだろうな?黒野」

 「他にねぇよ」

 鋭児は立ち上がり、焔達が残したレシートを握ろうとするが、そこは二年筆頭を張っている男と言うべきか、鼬鼠がかっ攫い、真っ先にレジへと向かう。


 鋭児達は、再び美逆の経営しているラブホテルへとやってくる。

 相変わらず、日中は人の往来がない。そもそも朝だ。出て行く客は見受けられるが、これから入ろうという客の姿は、殆どない。

 琢馬に案内されるままに、鋭児達はホテルの地下室へと向かう。

 昨日吹雪と共に、バトルをした場所である。

 「鋭児くぅん!」

 真っ先に飛びついてきたのは、林檎である。真っ赤な頭髪の、遊び慣れた雰囲気のある彼女は、鋭児に抱きつくなり、キスの嵐だ。

 それは当然、吹雪という邪魔な存在がいない事を知ってのことだ。

 「ちょ……」

 戸惑う鋭児だったが、彼女も酷く殴られたためか、頬に絆創膏を貼っており、額にも少し青あざが出来ている。

 「琢馬!」

 美逆一味の一人啓太という男が、彼の帰還を待ち遠しく思ったのか、駆け足で鋭児達に寄る。

 鋭児に首ったけの林檎はほぼ放置である。

 「美逆さんの言ってた本家って!?黒野鋭児なのか?」

 「いや、鋭児さんの連れの人みたいで……」

 「誰が連れだ、殺すぞ……」

 可成りドスのきいた声と睨みで、琢馬を恫喝する柄の悪い鼬鼠に対して、同族嫌悪ではないが、少し警戒をする一同だった。

 「で?お前等何人相手にして、このザマだ?」

 鼬鼠は、一様に周囲を見渡し、屋内にある家財の破損具合を確かめる。壊れている物と壊れていない物があるが、散乱というイメージはない。壁際にある家具の破片がほぼ、その周囲だけで飛び散っている。勿論大きくはじけ飛んだ破片においては、可成りの位置まで飛んでいるが、それでも八十坪ほどあると思われるこの地下フロアに、散乱するとなると、可成りの乱闘となるだろう。

 だがそうでない。

 ということは、反撃の余地無しに、全員がほぼ一発で倒されたと考えていい。

 「一人……」

 琢馬が説明してくれる。

 「一人?」

 腐っても本家で、しかも能力者である美逆が、たった一人の相手に連れ去られるとなると、可成りの手練れのはずだ。しかも、殆ど抵抗した様子がない。というより、抵抗する間もなく、彼らは倒されたのだろう。

 「黑スーツに、黒髪、サングラスの……黒野くらいの身長の……ああ、オールバックで!ヤクザの若頭みたいな雰囲気だったけど、なんか……一匹狼って感じも……」

 琢馬が恐らく一番見ていたのだろう。彼の言動に一同が頷く。

 「やれやれ……面倒クセェ……」

 鼬鼠が息を全部吐き出す勢いで溜息をつくのだった。

 鼬鼠は好戦的だが、酷くこういう一面がある。何らかの形でスイッチが入らないとダメなのだろう。そもそも、美逆の救出に対して、あまり前向きではない様子だ。

 尤もこの男が前向きだとは、鋭児も思っていない。

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