第1章 第2部 第20話

 一同は近くの喫茶店に入る。

 

 テーブルの割り振りは、琢馬、鼬鼠、鋭児、吹雪の四人のテーブルと、焔と美箏のペアと言った具合である。

 焔は、白けた様子を見せつつ、ミックスジュースをストローで少しずつ吸い上げながら、時折彼らの様子を見る。

 「クソ。美逆の道楽野郎が!!」

 鼬鼠は酷くイライラしていた。だが焦ってい自身るわけではない。血相も変わっていない。ただ苛立たしいようである、理由は他意もなく美逆のことなのだろう。

 「その……なんなんすか!美逆さんの、その……本家とかなんとか!」

 「クソが、テメェにゃ……って言いてぇが……」

 それは自分の失態でもある。安易に関係者の名前を口にしてしまったのは鼬鼠のミスなのだ。しかしそのおかげで、糸のように細い線とはいえ、美逆との繋がりを絶たれずに済んでいる。

 「黒野……」

 「なんすか……鼬鼠先輩

 先輩という部分を嫌味たらしく強調した鋭児の返事。

 「テメェ将来あのホルスタインの後釜になるなら、予習してぇとおもわねぇか?」

 「あん?」

 「ダメよだめ!鋭児君まだ怪我が完治してないんだから、今朝だって!」

 吹雪は其所までいうと、モゴモゴと口籠もってしまうのだった。

 未遂とは言え、後数分で鋭児と睦み合うことになっていたのは確実だった。何よりその感覚が体中に反芻され、火照ってくる。

 それを焔はおもしろがって、声を潜めながら笑っているが、美箏は笑えない、懸命に他の想像をしながら、あの情景を忘れようとしている。

 実は鋭児の身体には、まだ随分と熱が残っているのだ。体中が炎症を起こしている状態だとも言える。それを肌で感じてのことなのだ。

 「吹雪。帰ろーぜ」

 「え!?」

 「鋭児、後で話せよ。美箏。こっからは男の話だってよ」

 焔はさばさばとした様子で、ミックスジュースをストローで吸い上げ、きびきびと立ち上がり、伝票を鋭児の前に軽く叩き着けて、無理矢理美箏の手を引いて、出て行くのだった。その様はまるで勝手なつむじ風のようだ。

 

 一瞬だけ、しん……と空気が静まり返り、今まで耳に届かなかった軽快で上品な、そして邪魔にならない、ジャズミュージックの音だけが、店内に流れる。

 

 「んで?」

 鋭児は溜息をつく。鼬鼠も溜息をつく。だがこれは安堵の溜息でもある。彼らしくもないが、正直焔に救われたのは事実であり、これ以上余計な事を部外者に聞かれるのも面倒だった。琢馬は美逆と直接関わっているし、能力者だというのは、気配で分かる。彼は寧ろ当事者側だ。

 鼬鼠が暴力に訴え出ないのは、やはりこれが何らかの依頼だからだろう。そして目的は美逆を救い出すこと……、いや当初の目的はボディガードだったのだろう。

 「まぁ、一応パンピー殺すなって言われててよ。そうなると、熟れた奴が一人欲しいが、ぶっちゃけ何奴も能力慣れしてやがって、リアルファイトとなればよ……」

 言うほど鼬鼠もリアルファイトというものには、それほど慣れていないのではないか?と思う鋭児だが、仮にも六皇を目指そうとする彼は、やはりそれなりに鍛えているのだろう。

 六皇を目指すとなれば、能力使いであろうとも、肉弾戦に長けている必要がある。

 「特に炎使いはよ」

 言いたい意味は分かる。炎使いは、どの属性よりも肉体に俊敏性と破壊力を与えられる。尤も自然に肉弾戦へと入る事が出来るのだ。次に向いているのは硬度を誇る大地系の術者である。

  特に鋭児は学園内の生活よりも、外の生活が長く、ある程度喧嘩にも慣れている。一般人に対して手加減を知っているため、死者を出す可能性も少ないのだ。

 一方鼬鼠は、実力こそあるが、その殆どを能力者との対戦に向けているために、手加減というものがきかない。特に風の能力は、非常に殺傷能力が高いのである。たった一振りの指先が、敵を両断しかねない。

 鼬鼠は狡猾な部分もあるが、そういう判断は誤らなかった。

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