第1章 第2部 第15話

 鋭児は、焔が散々に広げてしまった荷物を整理している最中、焔は自分に見飽きない様子で、袖を持ったり、クルクルと回ってみたりして、常時ご機嫌な様子である。

 バトルをしているときの焔には、高い集中力があるのだが、それ以外の焔には、本当にそれがない。気まぐれだし、移り気だし、大雑把だし、無邪気だ。

 鋭児が今どうして、荷物整理よりも、片付けが中心担ってしまっているのか?などとは、お構いなしである。

 動もすると、吹雪と美箏が買い物から戻って来る。

 「ただいまー」

 良く通る美しい声で、帰宅を知らせたのは吹雪である。女性から見ても、銀髪で透き通るような美しさを持つ吹雪の口から、そんな声を出されてしまうと、ついつい見入らずには居られない。

 しかも彼女の表情には屈託がなく、非常に力が抜けていて柔らかい。まるでこの場所に何年も住んでいたのではないのか?と思えるほどだった。

 

 そんな吹雪とそれに見入っている美箏が帰宅すると、今まで自分ばかり楽しんでいた焔も、ワルガキのような笑みに、何かの閃きを浮かべる。

 そして、着慣れない浴衣姿で、トトトト……と、部屋から廊下に出て、玄関へと向かう。

 「へっへー、どうだ!吹雪!似合うだろー!」

 と、今度は吹雪に対して、自分の浴衣姿を見せびらかせる。

 「それ!伯母様の!どうしてアナタが!?」

 初めから焔に対して、あまり良い印象を持っていない美箏は、また図々しくも、勝手にそれを身につけたのではないか?と、疑って掛かる。しかし、冷静に考えれば、彼女のような性格の人間が、これほど綺麗に浴衣を着付けるなどあり得ないと、すぐに気がつくことが出来たはずだった。

 いわゆる先入観というやつである。

 その後から、鋭児がゆっくりとしたペースで、吹雪と美箏、そして焔の所までやってくる。

 狭い廊下でも、焔は相変わらずご機嫌にクルクルと回っており、自分の浴衣姿を披露している。

 「俺が着せた。焔さん、似合いそうだったから、それ持ってこうって思って」

 そういった鋭児の表情は、穏やかで、両親を亡くしてからささくれ立っていたものが、すっかりそげ落ちた様子で、相変わらず不良臭い表情ではあるが、目尻が明らかに下がり、優しさに満ちている。

 「で!でも!」

 焔だから気に入らない。それは、間違い無く美箏の固定観念だった。

 「鋭児くん……が?着せたの?」

 今まで、涼やかで透き通るような吹雪がムッとした表情を作り、少し睨み上げるように鋭児を見る。しかしそれは逆鱗に触れたというより、少々拗ねた子共のような視線である。軽く頬が膨らんでいるのが分かる。

 「んだよぉ。だったらオマエも、鋭児に着せてもらえよ、当然マッパになってよぉ!」

 焔は更にご機嫌にクルクルと回りながら、吹雪をからかい唆す。

 「ま……ダメダメ!鋭児くんだめ!」

 いくら彼らが懇意であったとしても、やはり男児が女子の完全な裸体を直視するのは、倫理上問題があると思った美箏は、まだ一言も声を発していない鋭児を押して、吹雪との距離を遠ざける。

 「そ……そんな、鋭児クンに……きゃ!」

 それに対して照れているだけで、全く抵抗していない吹雪が、想像と妄想ににやけながら、火照る頬を両手で多い、顔をぶんぶんと振っている。

 焔には、吹雪がどういうシチュエーションを想像しているのかが、だいたい目に浮かぶ。そして流石に鋭児としても、吹雪の真っ白で透き通るような背中を想像すると、少々赤面気味である。と、今度は焔が少々ヤキモチ気味な表情を浮かべるのだ。

 「だったら、オメェ美箏に着付けてもらえよ」

 「え……」

 嬉し恥ずかしい吹雪の片面だけを引っ張り出して、二人の機会を不意にしてしまおうと、意地悪さを見せる焔に、吹雪はチャンスを逸した感じになり、冷静に戻りかける。

 「あ……私、その着付けとかなんというか……ゴメンナサイ」

 「んだよぉ。デキねぇのかよ……」

 何とも残念そうな焔である。

 「じゃ……鋭児君に……お願い……しよかな」

 そう言って照れる吹雪に対して、焔がまた、意地悪な笑みを浮かべる。本当に正直でないと、言いたげだった。

 「ダメダメ……むぐむぐ……」

 いい加減話を停滞させそうな美箏の口を焔が塞いでいる間に、これからの展開を想像した吹雪と鋭児が赤面しながら、並んで歩く。

 二人廊下に置かれたまま、部屋の中に入ってゆく鋭児と吹雪の姿を眺め終わると、焔は漸く美箏の口を解放する。

 「アナタ何考えてるんですか!まだ高校生の男女が肌を見せ合うなんて!!」

 「別に、鋭児は脱ぐわけじゃねぇだろ」

 「デモですよ!」

 「いいじゃねぇか、吹雪も満更じゃねぇし、鋭児も満更じゃねぇし、俺だって満更じゃねぇしよ」

 自分も鋭児に着付けをしてもらったことに、満足をしているし、自分の背中に感じる鋭児の視線が心地よかった。吹雪が同じ思いをして、彼女がどういうリアクションをとるのかを想像しただけで、十分面白いと焔は思っている。

 そういう焔の悪巧みじみたほくそえみは、本当にワルガキそのものである。ただ、内容は随分破廉恥ではあるが―――。

 

 そのとき、部屋に入った二人の会話が聞こえる。

 「ふ……吹雪さん別に、下着まで脱がなくても!」

 「え!?でも、ラインが……」

 構図としては、同じように襦袢を着ける時に、あからさまに下着を脱ぐ吹雪の背中が見えたといったものだった。

 着付け終わる頃には、二人の心拍数はすっかり上昇してしまっている。一度脱がれた下着は身につけられることもなく、その場に置かれたままになっている。

 そう、浴衣の内側の吹雪は、それこそ西洋的な下着は一切身につけていない状態なのだ。向かい合った鋭児と吹雪の身長差は焔よりもなく、より互いの吐息が聞こえそうな距離となっている、吹雪の胸元を整える鋭児と、身を任せている吹雪が、互いに呼吸音を聞き取りながら、冷静なふりをしている。

 「こんな……もんかな……」

 「え?」

 至近距離で、吹雪の胸元を見下ろすような鋭児と、顔をそらしながら耳元で鋭児の生暖かい吐息を感じる吹雪。互いの視線が、交わる度に、落ち着きなく逸れ、そしてもう一度視線を捉えあい、徐々にその時間が長くなりはじめる。

 浴衣姿の吹雪は、健康的な焔とはまたひと味違い、非常にシットリして涼しげで儚げだ。本当に美しい。本当に見惚れてしまう。

 次の瞬間吹雪が目を閉じて、柔らかく唇を差し出す。

 本当に長い睫だ。目を閉じると、その長さがよく分かる。綺麗に流れた目元のラインと睫、そして長い眉に、すっと通った鼻筋に、細くスッキリとした輪郭に、麗しく香しい上品な肌の香りと、防虫剤のにおいが染みつかぬように、添えられていた香の香りが入り交じり、不思議な気分にさせられ、鋭児の手は、浴衣を着て尚細い、吹雪の腰に手が回り、引き寄せて、思わず吹雪の求めに応じてしまう。

 「ん……」

 鋭児に抱かれてしまった吹雪は、体中の力が抜け、すっかり身を任せきりになってしまうのだった。

 キスは、吹雪より鋭児の方が若干慣れている。焔との衝突の後、着きっきりの看病中、それは何度も行われた仕草である。焔は、鋭児にとって色々な意味で師と言えるだろう。それと同時に相思相愛である。しかし吹雪ともまた、そうであるようだと言うことをこのときはっきりと認識する。

 「あ……」

 キスが解かれ、互いの心拍数が極限状態になった状態で、ぎゅっと抱き合う。

 部屋の襖一枚向こうには、焔と美箏が居るはずで、その背徳感が、二人の興奮をよりいっそう高めている。

 しかし、あまり長時間こうしていると、焔が乗り込んできそうなので、少し名残惜しくも、吹雪は鋭児の胸に手を添えて、二人の距離を空ける。

 「ゴメンね!なんか、気分盛り上がっちゃった」

 照れくさそうに、それでも悪びれずに、照れ笑いをしている吹雪だった。

 「いや……俺も。その……吹雪さん、メチャ綺麗だから……さ。ゴメン」

 鋭児もすっかり照れてしまう。重ねた唇の感触が、まだ生々しく残っている。鋭児はまだ少し、湿り気のある自分の唇を一度撫でながら襖を開けると、そこには聞き耳の姿勢を取っている焔と、これ以上ないほど赤面している美箏がいた。

 「な……なにしてんすか……」

 「さてっと……」

 鋭児の質問には全く答えない焔と赤面しつつも鋭児に何かを言いたそうな美箏は、キッチンへと向かう。

 「焔さん、ちょっと!」

 鋭児は追いかけるが、特に言い訳などするつもりはないのだ。二人を大事にすると言った言葉にも嘘は無いし、ただ一言くらい何か言わないと、気が済まなかっただけなのだ。

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