第1章 第1部 第7話

 そんなこんなで、焔との朝食もおわる。

 

 それから少し間を置いて、彼の新しい制服が、焔の部屋に届くことになる。始終どこかで決闘をしている彼らの制服は、割と時間を取らず届けられる。もちろん必要に応じて、アンダーシャツから、下着に至るまで発注が出来る。

 鋭児は、新しい制服を身につけたときに気がつく。大きく体を動かしても、体に痛みが走らない。少々傷口が突っ張るような感覚がある程度だ。

 「ほらよ。お前のカード。この前の鼬鼠戦は、双方放棄で、公式な記録にゃなってねぇが、お前の処女戦は間違いなく、負けだな」

 と、爽やかな顔をしながら、きつい一言を付け加える焔だった。

 「どうやって読み取るんだ?」

 「こうすんだよ」

 焔は、自分のカードを鋭児の額にぴたりと当てる。視界ギリギリにあるそのカードには、「Ⅲ―F1」と黄色い文字で、右下に刻まれている。

 「へぇ、この半年負けなしか。やたら雹堂吹雪って人と引き分けてるけど……ああ、あの人か……、一年前の三月末に、炎皇ってのになってんだな。皇座決定戦……不戦勝……?」

 奇妙な記録だ。彼女は自力で今の炎皇という立場を得たわけではないよな記録だ。

 「ああ、先代は、六皇戦で死んじまってよ。俺以外に炎皇戦に出場するやつが居なくて、そのまま繰り上がりなんだよ。この三月挑戦者、全部ぶっ飛ばしてやったから、俺も晴れて、仮免卒業って訳よ」

 そう言った焔の表情がすこし俯き加減になる。豪快に笑ったり、脳天気に点数をつけたりした彼女の表情とは、すこし違う。六皇という立ち位置がどれだけのものかはわからないが、彼女はすでに一年前から、そう言うポジションにいるということだ。それも彼女の一つの過去なのだろう。

 「お前、炎皇のカードの中身を見た意味って解るか?」

 「な……なんだよ……」

 今度はどんな現実離れした無茶な条件や要求が来るのだろうかと思う鋭児だった。

 「ま、触れるってことだよ」

 焔は明らかに何か大きな事を言おうとしたに違いないが、そう言って言葉を濁した。ただ何かを思い出したように、クールな笑みを浮かべている。

 「っし、男前になったところで、お前の部屋いこうぜ!」

 焔は好奇心旺盛に目を輝かせて期待感に心をふくらませた笑顔で、下からズイと至近距離で、見つめてくる。

 「え……」

 「んだよ!人のベッドで、一晩俺を抱いて、人の精気吸い上げて、挙げ句の果てに朝飯まで平らげたんだぞ?アンフェアだろ!」

 焔の言い分をまともに聞いていると、かなりの誤解を受けること間違いなしだ。焔は体温を感じるほどの至近距離で、鋭児を見つめ続ける。というよりも、明らかに命令的な口調だし、睨んでいる。

 「わ……解ったよ……」

 完全に気圧された。ある意味屈辱である。

 「おし。着替えるからそこで待ってろ、ああ、シャワー浴びてぇから、ベッドに腰掛けてろ」

 ご機嫌な焔だった。キャミソール姿でバタバタと走り回りながら、準備を始める。何とも無防備な女だ。いや、何度も言うが、彼女に手を出すと言うことは、間違いなく半殺しでは済まないだろう。男に対する挑戦状に等しい。

 やがて焔が着替えて出てくる。やたら丈が短く、体に密着した白いTシャツに、股上も裾も限りなくぎりぎりに等しいジーンズのショートパンツ。一体その下何センチ下に危険部位が有り、且つ彼女の下着が隠れるスペースなどあるのだろうか?というほどのギリギリさだ。

 キャミソール姿でも十分伺い知ることは出来たのだが、改めて着替えたTシャツも、バストラインをここまで浮き彫りにしてしまうとは、如何なものか。十分な実りと、ふくよかな丸みが伺える。Tシャツのバストトップがピン!と張り詰めており、ある意味Tシャツが不憫に思えなくもない。

 鋭児はすこし惚けてしまう。確かにそれが一晩中自分の側にあった事を考えると、彼女の誤解を受ける表現ですら、まんざら嘘では無いと錯覚をしてしまいそうなほど、見事なスタイルだ。

 「満点だろ?」

 焔は右の腰を強調させて、姿勢を斜めに崩して立って見る。自分で満点をつけるあたりが、相当自信過剰だが、確かに過剰が過剰で思えなくなるほど立派なスタイルだ。

 鋭児は言葉なく、言われるがままに、コクリと頷いてしまう。普通キャミソール姿の方が、ドキリとしてしまうのだろうが、活発さが伺える今の方が焔らしさがよく出ており、彼女の魅力はやはり、そう言う活発さなのだろうと思う。日向焔という女を垣間見た瞬間だったのかもしれない。

 「んじゃ、お前の部屋に探険だ!。何せ全寮制だろ?なかなか中にオモシロイことなんて、なくてよー」

 と、焔はずいぶんご機嫌なようだが、寮の部屋の作りなど、どこもかしこも同じものではないのか?と、鋭児は思う。寧ろ、炎皇である焔の部屋の豪華さのほうがよほど羨ましい。

 と、焔の後ろ姿を見るのだが、パンツは、ウエストギリギリだし、ヒップラインも殆どそのままに等しいほどギリギリだ。それがご機嫌に動いているのだ。目の毒過ぎる。

 焔と部屋を出る。どうやらこのフロアには彼女の部屋しかないらしい。やはり六皇という地位は、この学園において、相当なものであると思われる。鋭児は面食らってしまい、思わず右手で顔を覆ってしまうのだった。

 そんな彼女と一つ階段を降りると、本来の三年生の寮となるのだ。壁面は木造でダークブラウンの柱材と、白い塗り壁で固められた落ち着いた作りとなっているが、絨毯やカーテンに赤が多用されているため、全体的に赤が基調だと、錯覚してしまう。

 

 多数の三年生が見守る中、炎皇である焔と共に、彼女の部屋から現れ、その後に従えられるように歩いていると言うことは、それだけで嫉妬を含めて、鋭児は注目の的だった。

 

 「あれ、昨日運び込まれた奴じゃね?」

 「なんか二年の鼬鼠にやられたとか……」

 と、事実を捕らえた噂話もチラホラと聞こえてくる。

 「雑音気にすんな。三年でも二年の鼬鼠に負けた奴は多いんだ。性格は0点だが、力は本物だよ」

 焔は鋭児に聞こえる程度の声で、涼しい表情をしながら、そう言ってくれる。といっても、鋭児は勝ち負けにこだわるほど、この学園のことを理解している訳ではないし、そもそもこの学園が存在する意味すら、理解していない。ただ、こういう性質の人間達が集まっている場所なのだと言うことだけは、今辛うじて理解している。

 「夕べのお前はなかなか良かったぞ!俺のをいっぱい吸いやがって、コンニャロウ♪」

 焔は、鋭児の横に並ぶと、その柔らかな胸を押しつけながら、腕にしっかりと抱きつき、明らかに周りの誤解を与える発言を大声で口にする。そして、明らかにそれを面白がってニコニコとしている。

 「な!アンタ何言ってんだ!!!」

 「ほらほら、お前今、スゲェ注目されてんぞ!」

 焔はケタケタと笑い、面白半分に、狼狽える鋭児をからかって遊んでいる。

 「誤解だ!俺とコイツなんもねぇよ!」

 「ハハハ!炎皇の俺を、コイツ呼ばわりする一年とは、でっけぇタマだ!」

 何がしたいのか、焔の行動が読めなくなる。だが間違いなく鋭児をからかって面白がっている。炎皇である彼女に対して、こういう場面で直接彼女に言葉を掛けてくる者など居なかった。特にこの日は土曜日で、プライベートな時間が遵守される時でもある。炎皇のプライベートとなると、なかなか彼女に近づき声を掛けられる雰囲気ではないのだ。それだけ彼女がオーラを持っている人間だともいえる。

 そして、鋭児の部屋に到着するまで、その視線は続くのだった。

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