キミの元へ届かない唄

CHOPI

キミの元へ届かない唄

 「ボクのこの気持ち。なんと表現するのが正解なのか、わかる?」

 「は? なに、いきなり」

 銀縁の薄いメガネフレームを鼻先の位置を右手でかちゃり、と上に上げながら問うてくる、ガリ勉くそ真面目野郎もとい、幼馴染の学級委員長。小さい頃からみんなより少し大人びていて、ゲームをするより算数の計算式を解く方が楽しいのだと言っていた変わり者。そんな委員長との付き合いはかれこれもう十年程度になるけれど、高校生になった今も変わらず委員長の腕には常に計算式のたくさん書かれた参考書が抱えられている。

 「最近、参考書の問題を解いていても集中できないことがあって」

 ほーん……、こりゃ珍しい。委員長にもそんなことがあるのか。

 ちょっと興味を持ってしまったが最後、オレは委員長に話を聞いてみることにした。

 「実は最近……」

 委員長の話はこうだった。


 週に三日ほど、委員長は放課後図書室を利用して参考書の問題を解くのがルーティンなのだそうだが(オレはこの時点でちょっとげんなりした、遊びに誘っても来ない日があるのはこういうことだったのか)、前は図書室に長く居座るのは委員長くらいなもので一人静に参考書の問題を解くことが出来ていたそうだ。ところがここ最近、委員長と同じように図書室に一人、見知らぬ人物が出入りするようになったのだという。恐らく学年カラーからして一個下の後輩。その後輩は委員長と違ってどちらかと言えば、図書室にある小説なんかを読んでいることが多いのだという。


 「え、なに。気になるの、その後輩の事」

 「わからない。心の機微にかかわる文学系は、ボクにとって苦手分野だから」

 相変わらず言い回しが独特だな、と一人胸の中で思う。聞いた委員長の話を頭の中でまとめて整理すれば、どこぞの少女漫画のカップルの馴れ初めなんだか……、みたいな内容だったので、興味を持って首を突っ込んでしまった数十分前の自分を殴り飛ばしてやりたくなった。……だけどコイツ。すごく良いやつだけど、相手の感情はもちろんのこと、自分の感情にでさえ鈍いところがありすぎるくらいにある。その自覚があるだけまだマシなのかもしれないけど、そういうところが放っておけなくなるところでもあって。

 「……明日、図書室に行くルーティンの日じゃないんだな。放課後、久しぶりに遊び行かね?」

 委員長は腕を組み、右手で顎を触りながら視線を落として考えていた(委員長は何かを考えるときこの癖がよく出る)。そして視線をオレに戻すと『わかった。行こう』と答えたのだった。



 「よっしゃー!遊ぶぞー!」

 約束通り次の日の放課後、オレと委員長は学校帰りに遊びに行くことにした。普段だったらここに別のメンバー数名がいるのだが、今回はいきなりだったこともあってオレと委員長の二人だけ。

 「どこ行く? 何する? エイtoフォーッ!!」

 「相変わらずテンションが馬鹿だ……」

 「は? うるさ。で、マジどこ行く? あ、オレ久しぶりにカラオケ行きたい。あとどっかでクレープ食って行きたい。夜飯はラーメン食いたい。」

 「……一任する。全く……」

 オレのハイテンションについてこられなくなったのか、委員長は呆れた顔で先を歩き始めた。ちなみにこれがいつもの光景だったりするので、傷つくとかもう一切ない。むしろここまでテンプレ。

 「りょ。したらとりあえず、駅向こうのカラオケ行こうぜー」

 後ろから声をかけながらその背中を追って、横に並んで歩く。

 「あーあ。これで相手が彼女だったら、チャリで学校から二人乗りで遊びに行くのになー」

 「自転車の二人乗りは違反行為。そもそもお前、電車通学だろ」

 ……遊び心がねぇな、全く!!


 いつも遊びに来るカラオケについて、店員とのやり取りを済ませてマイクを二本受け取ると、適当にドリンクバーでジュースを選ぶ。そこからエレベーターで部屋に向かい、部屋に入ったら荷物を椅子の上にぶん投げて、早速テーブルの上にあったパッドをいじって曲目を眺めた。

 「久々だなー、カラオケ。なにから歌おう」

 オレは独り言をブツブツ言いつつ、パッドをいじっていた。委員長は、と言うと、そんな様子のオレを呆れた顔で見つつ、自分も荷物を置くとオレと反対側の席に腰を下ろしている。

 「んー……。やっぱり最初は斉唱から始めちゃう? 国歌いっちゃう?」

 「相変わらず好きだな、その流れ……」

 「参加者全員、半強制的に声出しに使えるからなー」

 言いながら、パッドで国歌を選んで入れる。マイクを委員長にも渡すと、自分ももう1本のマイクを持って立ち上がる。それに倣って委員長も立ち、二人して国家斉唱。

 「……よしっ!儀式も終わったし、早速歌うぜ!」

 そうして始まった、二人だけのカラオケ大会。



 ――カラオケ後の帰り道。

 昼間より幾分涼しくなった風を受けながら、二人で家路についていた。本当は腹もかなり減っているし、この後ラーメンに行きたかったところだ。だけどカラオケ自体行くのが本当に久しぶりで、歌い始めたら楽しくなりすぎて思いの外時間を使ってしまったせいで、今日は大人しく家路につくことにしたのだった。

 「……なぁ」

 委員長が不意に口を開く。

 「お前が今日歌っていた、あの曲はなんて言うんだ?」

 「え? どれ? ってかオレ、今日何曲歌ってると思ってんのよ……。声ガラガラなんですけど」

 「それは自業自得だろ。あれだ、えっと……」

 委員長がそう言って鼻歌を歌った。それは割と前からある有名な片思いの始まりをテーマにしている歌だった。

 「あー、それ。珍しいな、委員長がそういう恋愛系の曲に食いつくの」

 「……なんだか、今のボクにぴったりな心情だなと思ってしまった」

 夜風が二人の間を優しく吹いていった。珍しいことは続くものだ。オレが歌ったラブソングが今の委員長の心情にぴったりだったとは。

 「あの曲が図書室の後輩に対する心情、ってことか?」

 「……あぁ。好きだとか、一緒にいたいだとか、そういう感情のずっとずっと手前だけど、気にはなる。なるほど、こういうことか、と思ったよ」

 そう言いながらどこか遠くを見つめる委員長の横顔は、幼馴染で十年余り一緒にいたオレですら見たことが無い表情をしていた。



 「ただいまー」

 「ちょっと遅いわよ、高校生! 何時だと思ってるの!」

 「ごめんなさーい」

 「あんた、ごはんは? 食べたの?」

 「いや。でも今別に、腹減ってないから、いらね」

 『ちょっと、どうしたのよ?』という言葉を聞き流しつつ、自分の部屋に入って荷物を床に適当に投げると制服のままベッドにダイブした。うつ伏せで枕に顔をうずめる。カラオケからの帰り道で見た、委員長のあの横顔が瞼の裏をちらついて離れない。委員長はいつもオレの数歩先、大人びた表情をして歩いているのが常だったけど。あの時見えたあの表情、あれは年相応の。


 オレは顔も見たことが無い、図書室の一個下の後輩に嫉妬心を覚えた。幼馴染という関係性に加え、あの委員長の性格だと、胡坐をかきすぎていた。そのことを今になって後悔をするオレは本当に馬鹿だとつくづく思う。


 悔しいな、あの委員長にあんな表情をさせることが出来るのが羨ましい。

 本当は、できる事なら。委員長の、彼女のそういう表情は。

 オレが、させたかったんだ。


 オレの歌っていた曲は、委員長、全部キミに届けばいいと想いながら歌っていたんだと伝えたら、キミはオレの事も気になる存在として見てくれるのだろうか。そんな馬鹿な考えが一瞬脳裏をよぎった。だけど伊達に十年余りの月日を彼女と共に過ごしてきたわけじゃない。彼女の不器用さを嫌と言うほど知っているオレは、結局キミに対する想いを言葉にすることはできない。今の二人の関係性を変えるのが怖い、だけどそれ以上に。今更の告白はキミを困らせてしまう結果が見えているから、オレはこの想いに蓋をするしかないことを悟った。

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