第32話 ずっと一緒にいたいから

「……集落の、みんながどうなるかが決まった」

「っ! 上手くいきそう?」


 私は息をのんで顔を上げた。それだって心配だったのだけど、レオンは大丈夫だと頷く。


「エミリアが提案した通り、親父への補償金が今回の対応に充てられる。南部は山道や上流の堰に整備が必要な場所が多いらしく、希望者はその作業夫として雇ってもらえるそうだ。村としての認めも近々出ることになった」

「いやったあー!」


 私は思わず飛び跳ねて喜んでしまった。都合よくなかったことになど出来ないだろう。良く思わない人だっているけれど、それでもみんなに機会が貰えたということは嬉しい。腕を振り上げて喜んでいる私を見て、レオンは苦笑を浮かべている。私は動きを止めてレオンを眺めた。瞬きをしてその曖昧な表情を確かめる。


「どうしたの? やっぱりまだ心配なの?」

「そうじゃない、実はこれは俺以外への対応だ」

「それは一体どういうこと? レオンは別の処罰があるの?」


 確かにレオンは盗賊の中核で、元王子であるアレクさんの息子っていうちょっと難しい扱いだ。レオンの表情は曇って見える。私の胸には急速に不安が込み上げてきた。

 ことと次第によってはカイル王子のところに怒鳴り込んでやろう。そう思っている私の耳にも小さくなったレオンの声が聞こえて来た。


「そんなに悪い処罰なの? レオン」

「今日、国王陛下から直々に話があった。第三位を引き受けてほしいと」

「だいさんい?」

「この国の、第三王位継承者だ。名前が並ぶだけだからと、言われたが」

「えっ!」


 どういうこと? レオンが王位継承者? 確かに今現在、それっぽい人はカイル王子と国王陛下の従兄弟であるおじさんがいるだけだ。その次がレオンになる? つまり王子殿下になるっていうことよね。私も目を丸くしてレオンを見た。


「この国、ほんとうに大丈夫?」

「そうだろう、俺だって正気じゃないと思ったし、正直にそう伝えた」


 私がいうのもなんだけど、そういうのって単なる血統だけじゃない。ずっと育ってきた環境とか、受けた教育とか素養とかを重ねて作り出される国の統括者でしょう。これから学ぶにしたって、元盗賊のレオンには別世界じゃないのかな。それってとても大変なことだ。


「エミリアの」

「わたし?」

「エミリアの実家は、おそらく侯爵家に戻る。そうなったら、俺も釣り合う立場が欲しいだろうって、そう言われたんだ」


 レオンの声はもう報告というより愚痴だ。私は拳を握りしめて大きく振りかぶった。


「なんなのその脅し! 盗賊より悪だわ!」

「それで、まずはエミリアに話がしたいと思ったんだ」

「そうね! 私がしっかり国王陛下に怒鳴り込んであげるわ!」


 レオンを安心させるように、私は笑顔を浮かべた。実は王宮には行ったことがないけれど、道を聞かなくても行かれる。国王陛下だってこのあいだ顔を見てしっかり覚えた。

 やる気を出していると、レオンは大きく息を吐いた。首をゆっくり左右に振っている。


「よせエミリア、お前いまから行こうと思ったろう」


 レオンに言われてぎくりと肩を震わせる。そうだ、私ったら、つい決めたら動こうとしてしまう。ここはきちんと作戦を練って書状だって必要かもしれない。


「ただ俺は、悔しかったんだ」

「え?」

「エミリアは俺のものだと、胸を張って誰しもに言える。そんな俺が欲しくなった」


 あの日、私は後悔で泣きながらパン屋から帰ったのに。私のほうからきちんと伝えようと思った。一緒にいるのが楽しいから、もっと一緒にいたいって。


「時間が掛かるし、情けないところを見せるだろう。それでも俺と、一緒にいてくれないか。俺とエミリアのために、できる限りをしたい。これからは俺と一緒にいてくれ、エミリア」

「っ! いるよ一緒に、放っておけないし、好きだもの」


 その日私は、パン屋のカウンター前で泣き出してしまった。悲しいわけでも、後悔があったわけでもないのに、ぽろぽろと涙が出て止まらない。


 店の奥にいたおかみさんが出てきて、驚いてからレオンを睨んだ。しかもそのすぐ後に、あろうことかお母さんがパンを買いにやって来た。そんな偶然ってある? そう思いながら、私はレオンを紹介した。

 泣いている私は上手く考えられなくて、この人は私を拐った盗賊なの、と初めから喋ったから、事情は思った以上にややこしさを増してしまった。騎士が来て、お父さんが慌てて帰ってきて、それからカイではなくカイル王子が直々にパン屋にいらっしゃった。

 負担が減ったとはいえ、仕事続きで疲れているらしいカイル王子は、またお腹の中から低い声を出しながら、引き攣った笑顔でレオンを睨んだ。


「パンを買ってきてくれと頼んだだけなのに、どうしてだろうなあ? レオンハルト」


 忘れろとレオンが言ったその名前は、嫌味がてらカイル王子に持ち出され、私がお母さん達にした説明とともにひとつの噂と化した。噂は南街区画からすごい勢いで流れる。

 悪い知らせばかりで暗かった王都の人達は、突然降って湧いた不遇な王子の話題にすぐに飛びついた。盗賊だったとか、ずっと盗賊に幽閉されていたとか、真実はあっという間に埋もれてどんどんと尾鰭のようなものがつく。


 レオンハルト・セオ王子殿下。王室からの正式公布でもなかったのに、王都民は勝手にそう呼び始め、レオンは頭を抱えた。


 しばらく経ち、ようやく王室から知らせが出された。それはレオンに関することではなく、カイル王子の立太の日取りが正式に決まった知らせである。

 ようやく国の方向と次代への繋がりが定まり、パン屋に来るお客さんも良かったねえと喜んでいたし、祝いの声はあちこちから聞こえる。ちなみにカイル王子の妃はまだ誰も決まっていないらしい。ただカイル王子の素振りからして、選考しているのかも怪しい状態だ。


「アレクさんが来るの?」


 レオンから受け取った手紙によると、立太式に出席するために王都を訪れるそうだ。

 集落で療養しているアレクさんは、二十五年前に王都を出てから初めて戻る。迷子になったら困るな、そう書いてあるアレクさんの手紙は、綺麗な字でとても温かく綴られていた。

 立太式の招待状は、なんと私宛にも届けられていた。陛下も是非と言ってくれているらしいけれど、本当にいいのだろうか。


 新しくドレスを仕立てて貰い、参列した私は会場の末席に緊張して座っていた。女性もいることにはいるが、なにせ数人で私もちらちら見られている気がする。なにせ社交界だって無縁だから、令嬢として周知されてもいない。

 ざわめいていた会場が、突然しいんと静かになった。

 入口を見ると、アレクさんが杖をついてゆっくりと歩いてくる。医師がついて体調も良くなっているのか、顔色も良いし痩せていた体もだいぶしっかりして見えた。ただやはり片足は少し動かしづらそうに歩いてくる。

 アレクさんが通った通路近くに座っていた青年が、歩くアレクさんへ手を差し伸べた。


「どうもありがとう」


 アレクさんが丁寧に返したお礼の言葉が聞こえる。そのままこちらに歩いてくると、アレクさんは私の隣に座ってにこりと笑った。


「久しぶりだね、エミリア」

「こんにちは、迷子になりませんでしたか?」


 そう言って私もアレクさんに向かって笑いかける。


「色々と変わっていたけれど、この礼堂は変わらないね」


 そう言ってアレクさんは背を正して座り直した。あきらかに注目を浴びているのに、そんなことはまったく気にもせず、ぴんと背を正す。

 その佇まいは、やはり元王子殿下だけあって滲み出る迫力が違う。なにせ本来ならこの礼堂で、王太子や国王となるはずだった可能性もあった人だ。

 末席のアレクさんからびしびしと感じられる圧が凄いからか、私たちより前方に座っている貴族たちも背を正し始めた。

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