第16話 面影のある緑の瞳
寝室の中をぐるりと見回す。静かだけど片付いている。ガウデーセとマリサさんの会話からして、普段はマリサさんが手入れをしているのだろう。
今日のマリサさんは腰が痛くてここまで来られない。なので私に代わりにアレクさんの世話をしろ、そういうことだ。
「そんなの、きちんとそう言ってくれれば脅す必要ないじゃない。さて、一体なにからしようかな」
マリサさんはわからなければ聞きにおいでと言っていた。アレクさんのここといい情報が少なすぎる。
「寝ているみたいだけれど、まさか初対面で叩き起こすわけにもいかないし」
ガウデーセの言葉からして、私なりに考えて計らっていいということだろう。
かまどは少し見た感じ、ずっと使われていない。マリサさんは作ってここに運び込んでいたのかも。私の部屋にあるかまども、何度か火を入れて使えるようになるまで時間がかかった。
「アレクさんが普段からどれだけ寝ているのかはわからないけれど、かまどは使えるようにしておきたいな」
それからこの閉め切っている窓だ。
「窓が、開か、ないっ」
別に鍵を掛けたり打ち付けたりしているわけではないのに、押しても引いても開く気配がない。力任せにぐいぐい押したら、擦れる音がして少し動いた。つまり力が足りないのか。
「ハリスンさーん」
私はいったん格子の外に出て、ハリスンさんを呼んだ。ハリスンさんの力なら開けられるかもしれない。
「どうした、お嬢」
「ちょっと来て、窓を開けて欲しいんです」
そう言うと、ハリスンさんは少し迷ってから首を振った。
私は首を傾げて見上げる。私では開けられないし、頼れるのはハリスンさんしかいない。
「窓を開けるだけなのにどうしてですか?」
「俺は頭に、ここには入るなと厳しく言われている、逆らえねえよ」
「ハリスンさんお願い、窓を開けてくれるだけでいいの」
私の力では開けられないし、中で眠っているアレクさんのためにも、部屋の空気を入れ替えたい。しつこく頼むと、とうとう根負けしてくれたのか、ハリスンさんは部屋に来てくれた。
黙って部屋に入ると、ぐっと窓に力を入れる。
私では開くことが出来なかった窓が、がこんという音を立てて開いた。そのままハリスンさんは、開けられそうな窓を全て開けていく。
「これでいいかい?」
「ありがとうございます!」
窓を全て開けて回ると、ハリスンさんはまた部屋の外に出てしまった。入るなと言われているようだけど、アレクさんを心配そうに見たのはわかる。
窓を開けたおかげで、明るい光と心地よい風が流れ込む。澱んだ部屋の空気が入れ替わり始めた。これだけでも随分過ごしやすいはずだ。
風が通れば起きるかなと思ったけれど、アレクさんの目が覚める気配はない。ひょっとしてこんな調子でもうずっと起きていないのだろうか。
明るいところで見ると、掃除や洗濯などやれることが沢山見える。どうやらマリサさんも窓は開けなかったらしく、その辺は最低限しかされていない。
「よおし、折角任されたし、こうなったらやれるだけやろう!」
私は宣言すると、かまどの火をみながら掃除を始めた。アレクさんが起きないのをいいことに、徹底的に掃除をする。むしろ一度起きてくれれば、体の加減などを聞くこともできるから、敢えて音を立てているくらいだ。
「そういえば敷布があったはず、陽に干してくれたって」
アレクさんの家から出ると、またハリスンさんのところへ行く。勝手に行ったり来たりするとまたハリスンさんが怒られるかもしれないから、ひとこと伝える。
「ハリスンさん、私ちょっと自分の部屋まで、必要な物を取りに行ってきます」
「待ってくれお嬢、離れるなら鍵を掛けないと頭にどやされる」
こんな場所まで上がってきてなにかする人がいるのか、それともアレクさんが起きて逃げると思っているのか。わからないけれど言われた通り鍵は掛ける。それから坂道を駆けおり、自分の牢の部屋へと戻った。
「ええと、敷布とこの布も使えそう、それから食べられそうなものが……」
寝ていて起きないということは、食べやすいもののほうがいいはず。そうなるとパンじゃないほうがいいのだろうか。私の部屋にだって、物が豊富なわけじゃない。でもアレクさんの部屋の台所は空っぽだ。
もうすこし野菜が手に入らないかな。そう考えながら、持てるだけの物を抱えて、私はまたアレクさんの部屋へと戻った。
「まだ寝ている、起きないのかしら」
そっと覗き込んでみると、アレクさんはさっきより心地良さそうに微睡んでいるようにも見える。
私は鍋を火にかけて煮込み料理を作り始めた。なるべく柔らかく煮込んでスープにしたほうが食べやすい。いっそパンも入れて煮てしまおうかと思ったくらいだけれど、アレクさんの好みもわからないからやめた。
アレクさんが目を覚ましたのは、私が鼻歌混じりに、ベッドの布を無理矢理替えようとしている時だった。
「……ん、きみ、は?」
「おはようございます、お加減はどうですか?」
さすがにベッドの布を替えられれば、気がつかない筈はなかった。まあ確信犯だ。
うつろに開かれたアレクさんの瞳は、レオンと同じ綺麗な緑だった。確かにこうして目を開いた表情をみると、レオンに面影がある。
「君は誰だ」
アレクさんは、意識がはっきりしてくると、スッと眉を寄せた。
目が覚めて知らない女の子がベッドの布を剥いでいたら、そりゃ警戒もする。
「初めまして、エミリアといいます。今日はマリサさんの代わりにお掃除しています」
「マリサ……君はマリサの知り合いかい?」
「そうではなく、ここにいるのは事情があるのですが、まあ成り行きで任されました」
アレクさんの視線はレオンの鋭い視線とはまた違い、どこか聡明さを感じる。
レオンによって無理矢理ここに連れてこられましたとは、寝起きに聞かせるにはちょっと重い話だろう。そのうち知られるとは思ったけれど今は内緒にする。
「掃除?」
「目覚めたばかりにすみませんが、敷布を替えたいので起きられますか?」
「すまない、実は足がうまく動かなくてね。少し時間をもらえるかい」
そう言うとアレクさんはすごくゆっくりとした動きで、起き上がり始めた。手助けをしてあげたいけれど、こういったことは経験がない。もう一回ハリスンさんを呼ぼうかとも思ったけれど、窓を開けるだけでもあれだけ渋っていたのだから、きっと動いてくれない。
時間を掛け、なんとかベッドの敷布を変えられた。剥いだ布は全部洗濯してしまおう。
「どうもありがとうエミリア、心地がいいね」
「よかった、濡らした布を持ってきます。体も拭くともっと気持ちいいですよ」
アレクさんが笑いかけてくれたので、私も嬉しくなる。洗濯をしている間に、体を拭いてもらって。それから食事にしてもらおう。
アレクさんが起きた後も、私はそんな調子で問答無用にアレクさんの世話を強行した。
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