パン焼きに夢中な私は、ワケあり盗賊の溺愛に気付けない

芳原シホ

第1話 盗賊とパンとお嬢

「じゃあくれぐれもよろしくね。これはお昼のパンと干し肉」


 私は目の前に立つ二人に袋を渡した。さっき焼いたばかりのパンはまだ袋越しでも温かい。


「ありがとうよ、お嬢」

「お嬢もくれぐれも、頭と出会さないよう気を付けて」

「うん、わかったから」


 だからどうしてお嬢って呼ぶかな。いちおうエミリア・コンカートって名前があるんだけど。

 そう思いつつも私が笑って頷くと、一人は表情を奇妙に歪めた。これは最近身につけようとしている、彼なりの笑顔らしい。

 そんなことも分かってくるとなんだか面白い。二人は大きく手を振りながら出発して行った。あとは任せておけば大丈夫だ。

 二人は姿が見えなくなるあたりで、振り返ってもう一度手を振っている。そんな様子は、怖かったり厳ついはずなのになんだか可愛い。思わず二人が見えなくなるまで手を振っていると、隣から声が聞こえてきた。


「すっかり馴染んだな、お嬢」

「もう、なによレオン」


 声を辿って見上げると、髪に付けた飾りがシャラリと揺れた。髪は邪魔だから結っているが、今だけは髪飾りを付けてふわりと流している。そうしていると随分印象が違うのだと言ってもらった。

 いつも被っているフード越しに笑ったのがちらりと見えた。さっきの厳つい二人と違って自然な笑顔が浮かぶ。それどころか、実は深くフードを被っているその顔はとても整っていて、緑の瞳に射抜かれるとどきりとする。あまり見ていると顔が赤くなりそうだから、私は慌てて目を逸らした。


 だいたい、二人に仕事の話をして見送るのは本来レオンの役目なのに、すっかり怠慢が染み付いているじゃない。

 ここはひとこと言っておくべき。そう決めてまたレオンを見上げると、彼は深く被っていたフードを外し、大きく息をつくところだった。フードの影に隠されていた淡い金色の髪が、風に流され揺れる。ここが岩ばかりの山中じゃなくて王都なら、どこかの貴族令息だと思われる顔立ちだ。

 うっ、やっぱりかっこいい。こんなの無駄でしかないとか本人は言うけれど、カッコいいことは得だ。

 そんな姿をチラチラ見ていると、レオンはサッとフードを被ってしまう。するとすぐに慌ただしい足音が聞こえ、男が二人駆けてきた。私が見ているからと思ったけれど、そうではないらしい。彼らはさっき見送った人とは別の仕事をしていたはずだ。


「どうした?」

「王都の巡回が上がってきました。川向こうで睨み合いになっちまって」


 報告を聞いて、思わずレオンと顔を見合わせた。


「ここのところ、上がって来る回数が増えたね」

「パン屋の看板娘がそんなに大事か」


 しれっと言うレオンを私は半目で睨む。そのパン屋に勤める娘を帰さないのは、貴方でしょう。でも睨んだところで、フードの中に吸い込まれてしまうから大して効果はない。

 レオンへの抗議は一旦諦め、私は深呼吸をして考えをまとめ始めた。

 その王都の巡回がどのくらいの規模なのかはわからないけれど、出来ればお互いに刺激したくない。


「本格的に騎士に掃討をかけられたら、困るのはこっちだよね?」


 考えを小さく声に出してレオンのほうを向くと、彼も頷いた。


「適当にかわして、山裾のほうで撒きたいね」

「そうだな」

「わかりました、なんとかします」


 じゃあお願いねと笑顔を添えると、二人は揃って頷いた。こちらから仕掛けないように言い聞かせるのが大事だ。先に武器を抜けば兵士を刺激してしまう。たぶん今、ただでさえ王都の兵はピリピリしている。


「でも、報告しないと怒るかな、ガウデーセ」


 心配なのは彼らをまとめているガウデーセの存在だ。

 実は、彼らを率いているお頭は私ではないし、レオンでもない。今は不在にしているガウデーセという男だ。そのガウデーセがいない間の留守を見ているのがレオンで、私はそのレオンによって捕虜にされているだけだ。

 このところ、王都の兵士の巡回が徐々にこの集落に近付きつつあり、ガウデーセもなにかに付けて苛々している。今は別の用事で出掛けているが、報告せずに済ませたことを知れば、怒って彼らに当たるかもしれない。そうなればかわいそうなのは彼らだ。


「もう怒られ慣れているので、大丈夫です」

「俺達だって、もう盗賊なんてやめたいですし」


 うん、盗賊やめたいのなら、そのお嬢って呼びかたもやめないかな? 私は心の中で思ったけれど黙っておいた。不器用な男達は一度にたくさんのことを覚えられない。

 話がひと区切りしたところで、レオンが口を挟んだ。


「エミリア、そのガウデーセが戻る時間だ」

「わかった、じゃあ私は牢の部屋に戻るから」

「あとで敷布を持っていきますね。陽に干したから気持ちいいですよ」

「ありがとう」


 厳つい男たちが、せっせと布を洗濯して陽に干している姿だって微笑ましい。私は心の中でその調子と応援を送りながら、自分の部屋に戻ることにした。

 ガウデーセの中でまだ私は、捕虜のパン焼きの娘だ。あてがわれた部屋以外を出歩いているところを見られたら、面倒になる。

 牢でもある私の部屋の鍵を管理しているのはレオンだし、ガウデーセと顔を合わせそうなここより、牢に引き篭もっているほうが安全だ。


 私は別に昔から盗賊団にいるわけでも、進んで仲間になったわけでもない。ただ少しの不注意と偶然で盗賊に捕われてしまい、自衛としてパンを焼いては盗賊に配っているだけだ。


 私は元々、王都のパン屋で働く貧乏令嬢だった。

 あの日も、いつも沢山パンを買ってくれる馴染み客が来ていて、雑談をしながらパンを袋に詰めていたのだ。

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