第4話 西島伊吹

 2回目からのラボでの練習は母の付き添いはなしで一人で来ています。


 前のラボでの練習から1週間の間、私は家でトレーニングを欠かさずしていたので前よりか矢の付いたゴムボールを後ろの矢がブレないように上手く投げられるようにもなりました。それと飛距離もあります。板までもう少しです。


「おっ! ちゃんと練習してたんだね。あと少しだね。これなら頑張れば今日中に板に着くかもね」

 とミノさんが感心して言います。


  ◯


 そして今日やっと何十球目かの投球でやっと奥の板まで矢の付いたゴムボールを当てれるようなりました。


 ゴムボールの先には吸盤が付いていて板にボールがくっつきました。


 他の子の投球練習を見ていたミノさんがゴムボールの吸盤が板の引っ着く音を聞いて、こちらに顔を向けました。


「おっ! やったじゃないか! まさか、本当に今日で届くとは。その調子でどんどん投げていこう」


 ミノさんは爽やかスマイルでサムズアップします。


「はい」


 私も一歩前進で嬉しい。


 よし。次は速く投げてみよう。

 私は勢いよく矢の付いたゴムボールを投げます。


 タンッ!


「……」


 ゴムボールは板に当たる前に落下。


りきんじゃあ駄目だよー」

「……はい」


  ◯


 1学期終業式。


 今日は授業はなく、朝のホームルームの後、体育館で全校集会。校長の長い話の後は教室に戻り大掃除です。普段はない窓拭きやモップを使った掃除があります。


 掃除はいつもと違い、時間も長く、そして念入りに行われました。


「ねえ、夏休みは皆どこに行く?」

「私、お盆に祖父の家」

「確か鎌倉だっけ。いいなー」

「でも東京じゃないしー」

「海あるじゃん」


 クラスの皆は掃除しながら夏休みについてあれこれ話しています。


「玲は夏休みどっか行くの?」


 窓拭きしていた私に話が振られます。


「たぶんお盆に祖父ちゃんの家じゃないかな」


 軟式野球のことは伏せます。

 観戦とか応援に来られるのは恥ずかしい。


  ◯


 掃除の後のホームルームでプリントが配布されました。プリントには「夏休みのしおり」と書かれています。その後、ページ番号の付いたプリントが渡されていきます。

 そしてそれらを表紙からページ順に並べます。


「並べたらホッチキスで留めるから一列に並んでね」

 と先生が言います。


 私達はプリントを持って教壇まで一列に並びます。


「私、思うんだけど。最初から出来上がったものを配布すれば良くない?」

 と友人の紗栄子がひそひそと言います。


「そうだね」

 と返しておきます。本当はそれだと先生の負担になると知っています。


 そして生徒にプリントを渡し、表紙からページ順に並べさせて、ホッチキスで留めるのが楽だということも。


 そして教壇で先生にプリント束を渡し、大型ホッチキスで留めてもらいます。

 クラスメート全員のしおりが完成した後、先生は夏休みの宿題を配布します。


「ええ!? こんなにー!?」

 クラスの男子がぼやきました。それに続いて他の男子達も、

「多すぎ!」、「やだー!」、「めんどーい」、「死ぬー」


「コラ! 文句言わない!」

 先生が喝を入れます。


「いいですか皆さん、夏休みだからって、ぐうたらしててはいけませんからね。規則正しい生活を送るように」

『はーい』

「夏休みの宿題も早めに済ませておくように。貯めておくと後で大変な目にあいますからね」

『はーい』

「……返事だけはいいんだから」


 先生は呆れて、息を吐きます。


  ◯


「自分、園崎玲やな」


 校門を出てすぐ知らない関西弁の男の子に声をかけられた。いや、名乗られた? でも、園崎玲は私の名前だし。


 その男の子の後ろに可愛らしい女の子がいる。


「…………自分?」

「自分というのはお前という意味だよ」

 困っていると男の子の後ろにいる女の子が教えてくれる。


「はあ」

「で、自分……お前が園崎玲なんやな」

「違う」


 面倒なことになりそうなので嘘をついた。


「いや、園崎玲だ。だよな純?」

 と男の子は後ろの子に聞く。


「うん。この子だよ。写真通りだよ」

「写真?」


 男の子はポケットから写真を取り出して、私に向けます。


「!?」


 その写真は私が大食いしている時の写真。

 反射的に私は写真をひったくります。


「何よ、この写真!?」

「うちの親経由であんたの母親から受け取った」

「なんで?」

「お前がピッチャー役なんやって。それでや」


 私は溜め息を吐いた。


「えーと、つまり、君たちはメンバーの子?」

「おう。サクラヤマ・ファイターズのメンバーだ」


 男の子は親指で自身を指します。


「サクラヤマ・ファイターズ?」

「チーム名や」

「へえ。初めて聞いた」


  ◯


 私達は近くの公園に移動した。


「それであなたたちは?」

「うちは西島伊吹」

 男の子が堂々と名乗ります。


「私は……星野純」

 可愛らしい子がおずおずと伊吹の背に隠れて名乗ります。


「私は名乗る必要ないよね。で、私に何用で?」

「うちは認めへん」

「何を?」

「あんたがピッチャーやということがや」

 伊吹は私に人差し指を向けます。


「で?」

「で? って分かるやろ。降りろ!」

「あのね、あんたが認めなくても、私がピッチャー役を降りようとしても、大人たちは無理に私をピッチャーにさせるわよ」

「え?」

「だから大人たちを説得させないと。私に言われてもねー。私だって急に親からやれって言われてるんだから」


 私は両手のひらを上に向けます。


「…………」


 言葉が見つからないのか伊吹は目クジラを立てたまま黙っています。


「伊吹、やっぱおばさんたちを説得させるべきよ」

「……勝負だ!」

「……勝負?」


 私は面倒くさそうな声を出した。


「次の練習に大人たちも来る。そこで勝負や」


 なるほど、そこで私が負けたら、使えないってことになるわけね。


「で、勝負内容は?」

「一……いや、三打席勝負! うちらのうち1人でも打てへんかったら、お前の勝ち。どや?」

「まあ、いいけどね。で、その練習日っていつ?」

「次の土曜や」

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