サクラヤマ・ファイターズ
赤城ハル
第1話 交渉
夕食の時だ。会話の流れやリズムで母が私に何かを伝えようとタイミングを伺っているのがわかる。そしてそれがいつもと何かが違うというのも。
私がハヤシライスを食べ終え、サラダに手をつけようとした時だ。
「……それでなんだけど」
きた!
なんだろう。話と言えば、成績の話? 塾に行けとか?
でも、1学期はまだもう少し残っているし、成績の話をするなら通知表をもらってからのはず。いや、そういうのを関係なしに夏期講習に行けとか?
しかしだ。ここ最近のテストは満点こそ少ないが、80を切ってはいない。とやかく言われることはないはず。
「あんた、野球得意よね」
「は?」
予想外の言葉に私は止まった。
ん? 野球?
「ほら、この前、ストライクなんたらってのをやって、全パネルぶち抜いたじゃない?」
そう言って母はボールを投げる仕草をする。
「…………ストラックアウトね」
「そうそれ」
ストラックアウトとは3縦3横に並ばれた九つのパネルをボールで倒すというゲーム。
私はそれを4月に家族で大型娯楽施設に遊びに行った時にプレイして、全パネルを撃ち抜いたのだ。そして賞品としてお菓子を貰った。
「それが何?」
「すごかったじゃないの。あんた、野球やってみない?」
「やらない」
私はきっぱり否定した。
「なんでよ?」
「まぐれだよ。まぐれ。それにあれって、小さい子供用のだよ。しかも遊びの」
距離も10メートルだったし、ボールも軽くて柔らかいカラーボールだった。ある程度、ボール投げが得意な子なら、さして難しくない。
「でも、全パネルを倒せたんだよ。センスあるって」
「……そもそも何で急に野球を?」
ストラックアウトをやったのは4月で今は7月。当日ならまだ熱は冷めたなかったので、誘われたら野球してたかもしれない。それがどうして今さら。
「地元に小学生の軟式野球チームがあってね。実は今、ピッチャーが不在なのよ。一ヶ月後の試合はどうしようって話になって」
「へえー」
「それでお母さん、うちの子ならって言っちゃったのよ」
母が頬に手を当てて、困ったように言う。
いやいや、困ってるのはこっちだから。
「何でよ! 私はキャッチボールも出来ないよ。それにバッティングだって」
野球は打ったり、投げたり、走ったりするもの。運動が得意な子がやるべきだ。
バッティングの経験はバッティングセンターで遊んだことがあるくらい。
「大丈夫よ。ピッチャーにバッティングは求めてないから。それに軟式だから当たっても痛くないわよ」
「知らないよ」
「一回でいいから。ね?」
「無茶言わないでよ。いくらなんでも……」
「もしピッチャーしてくれたら中学からスマホを許可する」
「まじ!?」
「ええ。一回だけ試合に出るだけでいいから」
「キッズ用でなくて普通のスマホだよね?」
「ええ。で、どうする?」
「本当に投げるだけだよね?」
母は頷く。
「データ無制限だよね?」
「駄目。3ギガ」
「少ないー! せめて25ギガ!」
「多すぎ5ギガ」
「う〜ん、16!」
「7ギガ」
「12」
「7」
「じゃあ、7。ん? あれ?」
「7で決定ね。家にwifiがあるんだから問題ないでしょ」
「でも、外でスマホ出来なーい」
「歩きスマホNG!」
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