第五十五話 修羅④

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「迅君!?」


大規模な壁を創り上げた彼に驚いたが、それよりも先に私の頭に以前の惨状がよぎった。


すぐさま彼のいる方向に目を向ける。


「なんだ......?」


彼の右手に、純白の光が宿る。その光を大切に、或いは溢れ出さないように蹲っていた。


「大丈夫なのか!?迅―」


突如として、その光が強まった。


「guuuu!?」


後ろにいる豪災、なのかは分からないがそれらしきものの呻く声が上がる。


光は次第に溢れ、私達が目を開けられないほどにまで強くなっていく。


「くっ」


目を閉じても白い。なんという眩しさだ。もしや、コレが彼が他の魔法を使えなかった原因...?


思考に耽る間にも光の強さはまだまだ増していく。ついには目の裏でさえ焼け焦げる程に眩しくなり、



「転換っ!!」



そう叫ぶ声と共に、色が反転する。




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くぅぅぅぅぅ!


何だ何だ何だ何だ何だ何だ!?


勝手に右手が眩しくなって、かと思ったら消えやがった。右手が勝手に動く。強い力に四方八方から引っ張られる感触。強すぎて腕がもげそうだ。


「ぅ」


「迅!!」


どうする!?絶好のチャンスが無駄に―


「何だ?あれ。」


修羅に目を向けると、ぼんやりと、ヤツの体にぼんやりと光るところが出てきた。全体っていうよりかは体の一部......いや、点か。


作為的なものを感じる。まるで、このタイミングにこうなるように仕組まれているような、マンガとかである補正のようなもの。


まぁ、いいさ。


取り敢えずこの戦いを終わらせたい。もう体がボロボロなんだよ、分かれ。


「何にせよ、アレを潰せばいいのか。」


今にも引っ張られそうになるのを必死に堪えながら、立ち上がり前を見据える。


「っ」


ピリピリとした痛みは残っているけど、先ほどよりもマシになっていた。


「guuuu」


自分より屈強で、何倍もの大きさを持つ化け物を相手にビビっていないことに驚いた。


「ふぅぅぅぅ」


あれほどのダメージを受けて尚震えずに立ち上がろうとしていたが、もう遅い。


「ga―」


腕で体を防ごうと、もう遅い。



ゴウゴウと、音は鳴っていないけどそんな音がした気がした。右手に力が籠もる。握る拳にはもう痛みは残ってなくて、


「――――」


腕と胸、各部位に一個ずつあった光を同時に貫いた。


「うっ」


思わず顔を顰める。右手に感じる生温かさとぬるぬるした感触、そしてブチブチと鳴る筋繊維を千切るような音が生々しい。そして、その奥で俺はモフモフと毛に触れた。


「っ!?いたぁ!」


突っ込んだ腕を更に奥にやる。そこには確かにコイツとは別の温もりと感触があった。


「テメェにゃ色々聞くことがある。」


必死に離れそうになるそいつを片腕で引き寄せて、


「だから、戻ってこい馬鹿野郎豪災!」


体毛と柔らかい皮膚を同時に掴んで引き剥がす。明らかに俺が貫いた穴よりもデカい豪災の、黒に塗れながらも変わらない純白の体が引っこ抜かれる。しっとりと濡れていて、見た目はなんか、こう、センシティブだけど、赤ん坊が生まれた直後のような感じ。体の起伏からちゃんと呼吸も見受けられる。よかった、体内で溺れてた訳じゃないんだな。


「豪災!」


「マジカ!?」


急いで駆け寄ってくる二匹。やはり、あの時を実際に見てないから信じきれてない部分があったんだろうが、これで事実だと分かるだろうな。


さてと、


「........後は、お前だけだ。」


「apj@p99xpymp373g?Mxgm8」


獣の鳴き声すら出さなくなり、わけのわからない言語?いや、声か。とにかく音を喉から出していた。豪災という核に近いものを失ったことで形を保てなくなった、と考えるべきか、ヤツの身体は黒い液体と固体の入り混じった半スライム半筋肉質狼といったグロテスクの権化と化していた。


「dgdgt16g?pmtatwpwpap9.」


全く意味のない声を放ちながら此方ににじり寄ってくる。いや、液体が地面を侵食する方向的には豪災か。


核を取り戻そうとしてるんだ。


だが、そう安々とテメェに豪災を渡すわけねぇよな。


「豪災を切り離せたのだ。残っているのは化け物の皮のみ。ならば、加減する必要などあるまい。」


「まァ、そういうこッタ、バケモン。おとなしく消えるんだナ。」


恐らくこの村で一二を争う実力者が二匹、ここにいる。明らかにソイツは詰んでいた。


「dpjp'gmp.gdpwpg?mtJwp!!!」


「ナッ、コイツ!?“起・爆炎、承・拡散、転・烈風、結・拡散”、始まりから終わりの節点連結クウィーケン・コネクション展開!起爆ファイヤ!」


勢いよく燃える炎と烈風が抜け殻に迫るが、


「agmp'wpdw@.tpwmP.gjmp.gm」


それが当たっても、その液体の体が弾け飛ぶことも、燃えることも無かった。


「ナニィ?!効かねぇだト?!」


「“風よ、烈風となりて敵を貫け、烈風の刺突斬ウィンド・スティンガー”!」


風が収束し、ヤツの体を貫こうとするが、


「dgwgtmp.glp,pdp6'gtgp」


その体に穴を開けることすら出来なかった。


「なっ、外傷の一つもないだと?おかしい......魔法無効か?」


「ならこの爪デ!」


「駄目だ、藍華。アレに触れれば今度は私達が同様に化け物になる可能性がある。」


「でも!そんなことすりゃぁ、また豪災ガ!」


「大丈夫、俺がやる。」


「迅君!?駄目だ!流石の君でも、それ以上近付くのは!」


「そうダ!それに、迅まで同じ様に化け物になる可能性だってあるんだゾ!?」


「でも、誰かが終わらせなきゃいけないだろ?」


ゆっくりと俺は奴に迫る。呼吸が浅くなってる。そろそろ体の限界か。なら、最後に全力を振り絞って出すだけだ。


「テメェは十分暴れただろ?」


「dg6g.@lapwg'gop9jr.whwtg.g!!!?」


「未練なんてないだろ?」


「dgn@tmw4dgwpjw―」


目の前が真っ暗になった。後ろで焦る二人の声が聞こえたけど、耳に入ってこない。どうせ、コイツが体を広げて俺を呑み込もうとしてるだけだろ?




「大人しく引っ込んでろよ。」




右手に宿った黒いナニカが猛り爆ぜる。幻聴のはずだったその音は確かに聞こえた。やがて拳を包んだ黒は腕まで這い上がって、


「dgmgugw」


その拳を、目の前のソレに全力で振りかぶった。


「agw―」


爽快さを感じる破裂音と共に視界が一気に晴れた。直後に粘着質な音がいくつも地面でなった。体のあちこちにネチョネチョとしたものが付いていく。だが、すぐさまそれらは消えていった。


まるで、最初から無かったかのように。


「え........ア。」


「..........」


「あー、疲れた。あ、いっ、た........」


「あっ、迅!」


終わった事への安心感と、それによってまた引き起こった痛み。だが、それらを上回るかのように極度の眠気が俺を襲った。体を支える力なんてとっくのとうになくなっていて、気付けば仰向けに倒れていた。


やり切った。また、死にそうになったけど、なんとか生き延びた。


「っし、やった、ぞ.......」


清々しさを感じながら、俺は―



/////////////////////


「だ、大丈夫なのカ?」


藍華が心配しているが、多分大丈夫であろう。迅君の外傷はとんでもないが、命に関わるような大怪我では無さそうだ。しかし、ここまでの戦闘でどれだけの魔素を消費したかだけが心配だ。


「ちょっと、大丈夫!?」


「水仙様。」


漸く来てくれたか。思ったよりも避難指示に手こずったようだな。どうしてあの様な緊急事態にこの場に残り続けたのかが理解できなかったが、危機感だけでなく協力意識すらも弱かったとは。


「ちょっと、彼......迅君よね!?傷だらけじゃない!また無茶させたの!?」


「いや、水仙様。今回は....私が関係しているわけでは無いのです。私は後から駆けつけた形でして、気付いたら既に........」


「そう?わかったわ.....あら?豪災もいるのね?外傷は......?見たところ無さそうだけど、どうして寝てるの?」


「それは、今回の事件に関わってくるので、後ほど.......」


「水仙様、治るんだよナ?」


「藍華、貴女の心配は最もだけど、ここでは治療も満足に出来ないわ。何で二カ月しか経ってないのにまたこの子を病室に連れて行かないといけないのかしら?.......まぁ、いいわ。藍華、手伝ってちょうだい。貴女は豪災を連れてきて。一応その子も怪我人の様だし。私は迅君を担いで行くわ。」


「分かったヨ。」


「鎌風君も、後でどういう経緯でこうなったか、聞かせてね?」


「分かりました。」


そうして、二匹がこの場を去っていった。


「.................」


豪災がどうしてあの様な化け物となってしまったのか。


迅君のあの力は一体なんなのか。


考えることが増えてしまったが、今最も考えるべきは、


「豪災の方か。」


アレが我々が発症する未知の病である可能性がある以上、早急に長に伝えなければならない。


「長の元へ向かうか。」


私は、迅君の安否を気にしながら長の元へ向かうことにした。

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