第五十六話 〇〇肉
「..........っ」
ここ、どこだ?ってか、今何時―
「いでっ」
頭、手、足の各部位に痛みが走る。うっ、そういや、あの後........
「ご、うさい、は?」
「別の部屋で寝かせている。」
俺の独り言に反応する影が一匹。
「鎌風、さんか。」
「体調はどうだ?迅君。」
のそり、と顔をのぞき込む鎌風さんの顔が眼前に近づく。 狼の中でも端正な顔立ちで、人間だったらイケメンに部類されるんだろうな。あの、鼻息が凄いです。
「まぁ。また体は動かせなくなったけど、前ほど筋肉痛があるわけじゃないし。」
「今回は、出血量が少なかったのが功を奏した。2カ月とはいえボロボロだった体を更に酷使したのだ。出血多量でまた私の血を入れることになれば、どうなっていたか........」
おっと?怪しくなってきたぞ?
「すまなかった。」
.....ありゃ?お小言の一つや二つ浴びせられるのを覚悟したんだが、まさか謝罪されるとは。あ、でもそういや今回の戦いのきっかけの内の一つは鎌風さんか。
「いや、気にしなくていい。アイツの態度はどうかと思っていたし、ボロボロにはなったが、これでアイツも反省してくれたら―」
「その事についてなのだが、そうもいかなくなった。」
「え?」
「豪災の追放が決まった。」
は?追放?
「なんてったって、そんな....いくら暴れたからって、それはおかしくないか?まさか、本人が全く反省していないだとか?」
「いや、それは関係ない。これまで豪災が行ってきた事、講習での態度、そして今回の事を踏まえた結果、長が下した判断だ。流石の私もやり過ぎでは、と抗議したのだが、結果は変わらなかった。」
おいおい、マジか。コレが俗に言うザマァ追放なのか?いや、アイツの態度やらやった事やらを踏まえれば自業自得な訳で、これといって不満があるわけじゃないんだが、
「むぅ」
「やはり、違和感を感じるか?」
「.......笑っちまうよな。本来なら喜ぶなりなんなり、プラスの反応をするのに。」
「決め手は、豪災が化け物になったことを伝えたことのようだ。私が伝えた瞬間、長のまとう雰囲気が変わった。」
豪災があの阿修羅になったことが決め手?それで豪災が追放.........
「もしかして、感染するのか?」
「感染?」
「あぁ。隔離っていう処置があるだろ?あれって病気になった人から更に病気が広がらないようにするために感染源になる人を健康な人のところから遠ざけるんだ。んで、今の状況がそれと似てるなって。あながちあの時の鎌風さんが危惧してたことは間違ってなかったのかもしれない。」
「ふむ.....」
これは
「あの時は豪災の処遇が決定してすぐさま退室させられたからな。次は詳しく聞いてみよう。」
「よかったら、俺にも教えてほしい。」
「約束しよう。」
モッファモファが眼前から離れていく。少し鼻がムズムズしたが、あれ、触り心地良さそうだったな。
「あら?もう起きたのね。」
「水仙様。」
お?首回せないから分からんが、どうやら水仙さんが来たようだ。
「今日も目覚めないなら少し強めのヒールをしようと思ったのだけれど.......」
「私が来た時にちょうど。」
「そう、良かったわ。何か頭がフラフラするとか、視界がぼやけるだとか、体調に異変はない?」
「あの、全身がとても痛くて動かせないのですが......」
「それは筋肉痛だから、自分で治してちょうだい。」
ピシャリと断られた。無念。
「さて、筋肉痛以外本人の自覚症状がないようだし―」
体に何かが当たる。あ、これ鼻先だな。
「......臓器の異常も無いみたいだし、ご飯も食べれそうね。じゃあ、はい。口開けて?」
オレンジ色のぼんやりとしたオーラが視界に映る。その先にはなんか茶色の.......何?
「あ、スプーンか。」
「ちょっと血なまぐさいかもしれないけれど、我慢してちょうだい。」
血なまぐさい?それってどいう―ムグッ
「む、少しパサパサする。」
「安全を第一にしたから、どうしてもそうなってしまうのよ。」
うん、でも口の中に広がるレバーな風味、悪くないです。
「うん、しっとりさが欲しくなるけどうまい。タレも欲しくなる。」
「味付けに関してはどうしようもないわ。無いものを求めないで。」
「せめて、せめてお塩を........」
「海からとってくるのにどれだけかかると思っているの?」
デスヨネー。どう見ても内陸部における流通、それに追随する運搬道路の整備とか、移動手段とか、全然発達してなさそうだし。
「ちなみに、これなんの肉ですか?」
「ゴブリンよ。」
「え”」
「ゴブリンの肝臓。貧血になった患者によく使うの。造血作用とかがあるしね?でも、この風味が嫌いって言う狼が多くて.....在庫が有り余ってたし、食べてくれるようで助かるわ。」
ほら、と次の
「いや、え?ゴブリン?あの人型の内臓食べたの?いやいやいや、うっ........いや、これ以上は駄目ですって!カニバリズムで死んじゃいますよ!?」
「かにば、りずむ?何のことを言ってるのかさっぱりなのだけれど、心配することはないわ。人間の国でもよく食べられているそうよ。肝臓に関しては知らないけど。クセが強いし肉は硬いしで他の肉より不人気なのは言うまでもないけど、それでも他より遥かに安価で買えるからひもじい人間たちの味方だとか。」
嘘だろ
「だからほら、口を開けて?」
有無を言わせぬ笑みでオーラとスプーンを俺の口に寄せてくる鬼畜教官。あきません!奥さん、あきませんよ!!!
「わぁたぁしぃは悪に屈しな―ムグゥ」
拝啓 風牙、結城、藍華さん。
私、時亜 迅は、いまカニバリズムさせられています。
この世界の法律を知らないから、果たしてゴブリン肉が大丈夫か知らないけど、一つだけ言えることがあります。
怪我人が動けないからって、とんでもないモノを口にさせるのは、やめてください。そして、やめてあげてください。
by 時亜 迅
/////////////////////
「クソッ!」
身体が重いし、そこら中が痛い。なんでこんなことになったんだよ!
「俺は、何も悪くねぇ.......!」
一匹でいるのが悪いんだ。長の息子なのに風が使えないのが悪いんだ!それを咎めることは悪くねぇし、寧ろ感謝すべきことだろ!?
「クソッ.........クソッ!全部、アイツのせいだ。」
二ヶ月くらい前からこの村に突然来て、魔法も使えないのに講習に参加したあのクソ人間。気に入らねぇし、そもそもここは俺達牙狼族の村なんだから、アイツがここにいていいわけなかった。だけど、長がここに住んでいいって認めちまったから、誰も文句を言えなかった。だから!俺がそんな奴らの為に代表してアイツを打ちのめしてやろうだしたのに!
「何でだよ!」
何も思い出せねぇ。目が覚めたら、お前が負けたって言われた。何のことか分からなかった。俺が万が一も負けることなんてなかったはずだ。それなのに、
「あ”あ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”!くそっ!」
イライラする!そこら辺に生えてる木を爪で引っ掻いた。木の半分ほどまで斬り裂いた跡が残る。しかし、倒れることはなかった。
「なんでだよ!」
『豪災、今日をもってお前をこの村から追放する。』
『はぁ?なんで、だよ?』
『連れて行け。』
『は?ちょっと、待てよ!何でだよ!俺何もしてねぇよ!は、離せっ!やめろ!なぁ!何でだよ、長ぁぁぁぁぁぁぁぁ!』
「長も長だ。何でアイツを庇うんだよ!」
叫び声は虚しく消えていく。
「俺は、間違っちゃいねぇ。」
「そうだねぇ。君の中では間違っちゃいないよねぇ?」
「っ!?誰だッ!」
「んー?あぁ、そうか。いやはや、慣れないことはやるものではないねぇ。色々と不具合が起こってしまうようだ。まぁ、その不具合がいい具合に働いてくれたから、助かってもいるんだけどねぇ?」
何だ、コイツ?全身が真っ白なのもそうだが、気味が悪ぃ。動きがまるで生き物じゃないような、何かニンゲンのとこの玩具に似たものを感じる。
「おやおや、見ず知らずの生き物。それも、人間を相手に呑気に思考に耽っていていいのかなぁ?」
「っ!?はっ、そうだ!テメェ、人間だな!アイツに続いて、何でこの森にいる!」
「何でもなにも、ここでやる事があるからに決まってるよねぇ?」
「そのやることってのは何だよ!」
「んー、君が知る必要は無いねぇ。」
クルクルと、回転しながら移動する白い女の動きはやっぱりおかしい。
「テメェ、本当に人間か?」
「ん?そうだよ。ボクは正真正銘、ニンゲンさ。」
動きを止めて俺に向けてきた顔は、
「君とおんなじ、真っ黒に染まった、ね?」
恐ろしい笑みが張り付いていて―
/////////////////////
「はぁ、面倒だねぇ。久しぶりに昂ってしまったよぉ。」
白い女性の足元には、力無く倒れる白い狼が一匹。
「それにしても、不安定とは言え2匹分のモノを取り込ませたはずなのだが、まさかまさか、戻すどころか消し飛ばしてしまうとはねぇ。」
華奢な身体から想像できないほどの怪力で、自身より二回り大きい狼の体を片手で掴み持ち上げる。
「あぁ、素晴らしいねぇ!やはり目を付けて正解だった。何か面白い事が起こると思ったボクの感は、あながち間違っちゃいなかったんだねぇ!」
嬉しそうに、狼を掴んだままクルクルと回るそよ姿は人形の様に綺麗で、かつ完璧なものだった。
「さて、コレを持って帰るのには時間が掛かりそうだ。残念だねぇ。しばらく彼等を観られないのは辛いねぇ。でも、今は我慢しよう。」
引きずることなく、音もなく、真っ白な女性は踵を返し、
「しばらくの休息を与えよう。ゆっくりと体を癒やして、準備しておくことだねぇ。次は、そんなに甘くないよ?」
気味の悪い笑みは邪悪な笑みへと変わり、
「面白いモノをまた見せてほしいねぇ。ねぇ?少年。」
元々何も無かったかのように、その姿が掻き消えた。
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